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【書籍化&コミカライズ】神獣連れの契約妃~加護を疑われ婚約破棄されたので、帝国皇子の右腕に再就職しました【角川ビーンズ文庫】  作者: 潮海璃月/神楽圭
第二章

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40.エーデンタール国とその王子④

 ラウレンツ帝国皇子と直接会ったことはない。


 馬車に揺られ、ドゥルンヴァルト城へ到着する。エーデンタール国が長く欲しているナハト辺境伯領の別邸だ。古城でありながら、外壁は白く、尖塔は深い藍色に塗られ、遠目にも丁寧に手入れされていることは見てとれた。


 帝国皇子が、会談の場としてあえてこの城を指定したことに、臣下の一部は難色を示した。モンドブルク宮殿へ招かないとはこちらを愚弄しているのではないか、というそう単純なものではない。会談内容によっては、エーデンタール国が欲する領地の城へ招き入れることは皮肉の裏返しではないか、とそういう意味だ。


 その意見を聞いていて、うんざりした。皇子、そして王子というのは、こうも一つ一つの決断が外交そのものになるのか、と。


 跳ね橋を越え、鉄扉の前で馬車を降りる。馬車の中で薄々感じていたとおり、少々肌寒かった。帝国皇子の出迎えはなく、代わりに壮年の男が立っていた。赤毛に、髭を蓄えた妙な出で立ちの男だった。礼はされなかった。


「お目にかかるのは初めてでしたな。ヴィルヘルム・モン・ナハトと申します」


 ――辺境伯か。その上等な毛皮からして上流貴族に違いないとは思ったが、辺境伯領の領主とは。王家から使いを出したことは何度もあるとはいえ、本人の顔を見るのは初めてだった。いや、見た年齢からすれば、我々が接触を図っていたのは前当主か。


 エーデンタール国王家と帝国貴族との関係は、無論対等ではない。しかし明確な上下関係があるわけでもない。互いに敬意を払い、礼を尽くすべき相手だ。


「……アラリック・フォン・エーデンタールと申す。ラウレンツ殿下との会談に参った」

「ええ、伺っております。こちらへどうぞ」


 城内はどことなく閑散としていた。客人が来れば下男まで揃って出迎えるものだし、現にそうされているのは理解したが、数は少なかった。家政の数を含めたところで、私と共にやってきた者の数に満たないだろう。


 こういった場では、少しでも多くの使用人を見せるものだが。帝国皇子の真意が分からぬまま、最奥の部屋に通された。


 机は、紅茶を載せればそれでいっぱいの小さな丸テーブルしかなく、椅子もその両脇に二脚あるのみだった。


 帝国皇子は既に座っていた。ひじ掛けに悠然と肘をつき、その目は虚空を見つめていた。それがこちらへ向くと、鮮やかに輝く。


「ああ、アラリック殿下。お初御目にかかります、モンドハイン帝国の皇子、ラウレンツです」


 よく響く声だった。立ち上がってもそう背丈はなく、私とさして変わらないだろう。一方でその立ち姿は従兄上に近いものがあった。体格がいいわけではないが、おそらく剣を取ればそれなりの腕だ。一方で、柔和な笑みは、噂の帝国皇子とは随分と違って見えた。


「……エーデンタール国、第一王子のアラリックだ」


 もっと、眼光鋭く、歴戦の猛将がただ若いだけのような男だと思っていた。安堵しながら、促されて椅子を引く。見た目でも分かっていたが、手で触れると滑らかな金の手触りがした。そこには細かい装飾が掘られ、腰掛けると、そのまま体が沈み込んだ。クッションの柔らかさが、馬車で疲れた体に染み渡る。状況も忘れて、緊張のほどけた息を吐きそうになった。


 互いに腰掛けると、その距離は思ったよりも近かった。立ち上がって踏み込めばそこで相手の首に剣が届きそうな、そんな距離だった。もちろん、帝国皇子の後ろにはさきほどの辺境伯が立っている。まるで巨岩が鎮座しているかのようで、私の後ろに立つ者達が畏縮してしまいそうな存在感があった。


 なるほど、護衛は辺境伯一人で充分ということか。納得する私に、さて、と帝国皇子から口火を切った。


「アラリック殿下、この度は我々のもとへ足を運んでいただき、感謝する。貴国の現況に鑑みれば、王子がわざわざ帝国へ行脚するのは非常にご負担だっただろう」


 ただ、この皇子、目は笑っていない。緑葉色の目は、角度によっては光も差さないように見え、こうして間近で見ると、ゾッと背筋に震えが走る。


 現に、その挨拶は、小麦の高騰による情勢悪化を認識していると示唆しているに他ならない。王子が移動するだけでも国民の不満が募るのではないかと言いたいのだ。


 負けてなるものか。この皇子からロザリアと神獣を連れ戻し、国を元の状態に戻さねば。そして、ヴィオラを助ける手立てを考えねば。


「お気遣い痛み入る。しかしご心配は無用、既に施策は講じた後だ」

「それなら安心ですね。我々にとっても他人事ではありませんから」


 帝国はエーデンタール国を親身になって案じている、あるいは隣国の騒ぎなど迷惑極まりない、そのどちらともとれる返事だった。


「他人事ではないついでに、施策は功を奏しそうですかね」


 奏しているものか。歯痒い気持ちになりながら、口先では「ああ、長い目で見守っていただきたい」と返事をする。小麦の際限ない高騰はもちろん止まった。しかしそれだけだ。それどころか、小麦を扱う者は皆、足並みを揃えたように同じ価格で流通させるばかり。これでは収穫期が来ても価格は下がらない。


 皇子は微笑んだ。


「そうですか。我が国からはベルシュラム商会が貴国と取引をしているでしょう。微力ながら、帝国からも適正価格にて援助をと考えておりましたが」

「お気持ちだけで結構」

「気持ちついでに、商会について、我が国の定めを紹介させていただきましょうか」


 何の話をするというのだ? 帝国の定めはエーデンタール国には関係のないことだが。


「我が国では、商会同士の情報交換は禁じておりません。ただし、同調はするなと定めております」

「同調とは?」

「平たく言えば、同一の物品を流通させる際に、その価格を他商会と共に決めることはするなということです」


 なんだ、そんなことか。エーデンタール国の現況を示すようなたとえで、頭にはすんなりと入ってきた。


 そのようなことをされては物品の価格が不当に吊り上げられてしまうからだ。一部の商会のみであれば高値で卸すことはできずとも、複数の商会が全く同じ高値をつければ、その物品を手に入れるためには高値を払うしかなくなる。商会のみが儲け、国民が貧困に喘ぐことになる。


 理解はするが、しかし定めとして置いているというのは、帝国の発展を見せつけられているかのようで、少々不愉快だった。余裕を見せるように、こちらも微笑んでおく。


「情報の流通が盛んな、貴国らしい策だ」

「もっとも、帝国の隅々まで目を光らせることは困難ですけどね。それに案外、この手の話はそう単純でない。ある臣下が、自領において扱いに困ったそうで」

「同調するなというだけの話で、扱いに困るも何もなかろう」

「領民がある果物を嗜好しておりましてね。なんでも、その地の伝統的な祭りで必要なものだったとか」


 帝国皇子の話は、とりとめのない、家政間の噂話のようなものだった。要は豊作を祈願して供える果物が足りず、外部の商会から仕入れるとなったという。しかし、その需要に目をつけたある商会は、不当な高値で売り始めたという。それが一大商会だったために他の商会も追従し、やがてその高値は当初の二、三倍近くまで跳ね上がった。しかし明確に法に反しないために、領主は対策に窮した。商会との関係を崩したくないという建前もあり、仕方なく、当初の高値以上の設定を禁じた……。


 現在のエーデンタール国と似ていた。その違和感に気付く私の前で、帝国皇子は続けた。


「どうなったと思います」

「……高騰が止まったのではないのか」

「高騰は止まりました。その代わり、今まで取引のなかった商会に掛け合ったところ、全く同じ高値で売り込んできたそうです」


 私があまり理解しなかったと、気付かれたのだろう。帝国皇子は続けた。


「価格の同調を禁ずるのは、商会同士に競ってほしいからです。商会として利益を上げることを第一にするのではなく、経済の好循環を起こしてほしい。……商人というのは、細やかに物品の流通を見極めています。小麦一束売るのにも一苦労ですよ、少しでも足元を見ようものなら取引を切られるのですから」


 しかしね、と帝国皇子はわざとらしく明るい声になった。


「領主が触れを出してくれるのであれば、これほど簡単な話はない。高騰しているところに、5アストラを越えて売るなと言うのであれば、それはすなわち5アストラであれば売ってよいということ。あまりに明確な指標です。何も考えずに5アストラで売ればいい。その領内で商売をする限り、領主の触れには、全ての商会が従わねばならないから」


 そこで、やっと気づいた。


 つまり、皇子はこう言いたいのだ。


 小麦の高騰を抑えるためにエーデンタール国で行った施策は知っている。しかしそれは下の下に等しい。王家が上限価格の触れを出したのであれば、全ての商会はそれに従わなければならない。全ての商会が従うのだから、取引において価格の見極めなど必要ない。王家の命令に従って、上限価格に合わせればよいだけだ。


 小麦の価格が高止まりすることは見えている。小麦の値段は決して下がらない。


『微力ながら、帝国からも適正価格にて援助をと考えておりましたが』


 ――帝国側から、適正価格での流入がなければ。


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