34.神獣と帝国皇子⑤
例の元公爵が亡くなったのはどうやら事実である、と確認が取れた後、ロザリアは少々狼狽していた。皇子が宥めすかし、あれやこれやと言いくるめてやっと落ち着いて眠りについたほど。
自らを窮地に追いやった元公爵令嬢とその家のことなど、どうでもよいではないか。私にはさっぱり分からなかったが、皇子は多少理解があるらしい。夜半、皇子の部屋を訪ねると、まるで眠った気配のない部屋へと招き入れながら同情を示した。
「ロザリアは意外と汚い世界を見ずに生きているからね。現に殺した、殺された、と聞くと恐ろしくなったんだろう」
「しかし、元公爵家の謀反を防いだ時点で、その処刑は見えていたことではないか」
防ぐことができなければ、それはそれであの馬鹿王子が王共々殺されていたというだけだ。私は不思議だったが、皇子はやはり首を横に振った。
「そこまで見えていても、現実になると話は違う。ロザリアは、公爵家の処遇に関する続報を俺に聞いてきたことはないし、俺が話してもやはり知らない風だっただろう? ロザリアなりに怖かったんじゃないかな、自分のせいで元公爵家処刑の引き金を引いたことになるから」
そういうものか。分かるような、分からないような話だった。
ベッドに飛び乗ると、私の足もとから皺が広がっていく。くるりと回って座り込むと、皇子も端に腰掛けた。
「それでロザリアは、今回の件にショックを受けているというのか?」
「そうだね。その意味では、俺は公爵家が全く無関係に変死してよかったと思うけれど。ロザリアにとっては、処刑されるよりよっぽどいい」
「ロザリアが怖がりだとしたら、お前は怖いもの知らず通り越して残忍ではないか?」
「人が死ぬのは慣れてるからね」
ふむ、そうか。相槌を打ちながら、皇子が実母を殺されていることを思い出す。言い方を変えれば、この皇子は人の死に感情を動かす余力がもうないと、そういうことかもしれん。
「ただ、原因は知りたいね。ルヴァリエに使いは出しておこう」
「変死と聞こえたが、牢獄の罪人を殺害するのはそう困難であるものか?」
「もちろん。エーデンタール国の事情は知らないが、投獄というのは第一に脱獄されては困るんだ。だから少なくとも帝国では、罪の内容次第では身内さえ面会できないし、食事係と掃除係くらいしか中には入れない」
「ご丁寧に下男をつけてやるというのか」
「獄中死する者はどうしても出るし、食べ残しに排泄物もあるとなれば疫病のもとになる。それに、必ずしも処刑される者ばかりではない。牢獄の環境を整えることは回り回って治安維持のために必要なことだよ」
「そういうものか。だとして、原因を知ってどうするのだ」
どうやら殺害するのは容易ではないらしい、ということは理解した。しかし、エーデンタール国の元公爵家がどうなろうが、帝国には関係ないのではないか。
「例えば誰かに殺されたのだとして、その誰かとお前に何の関係がある?」
「エーデンタール国はお隣さんだよ。その情勢は常に把握できているに越したことはない」
「どこぞの貴族が元公爵を殺害したとする。それで? 情勢に変化があるのか」
「あるとも。もともと、エーデンタール王家はクラウヴァルト家を処刑せずにいたくらいだしね」
日頃はぺらぺらと余計なことを喋るくせに、こういった大事な話についてはだんまりを決め込むらしい。まあ、気にはなるが、ロザリアが知りたがっているわけでもない。ここでは聞かずにおいてやろう。
「……ロザリアの眠りは浅いかもしれない。傍にいてやってくれ」
「ふむ。まあよいが、お前はこういった場面でロザリアの好感度を上げてやろうとは企まないのか? もちろん、お前が一晩中隣にいるなどと言い出せば反対するが」
この帝国皇子は初心というか奥手というか。世話を焼く気はないが、こうものろのろしていると、口を挟みたくなるというものだ。
帝国皇子は、まるで恥ずかしいことでも言われたかのように顔をしかめた。そんなことを堂々と口に出してくれるな、と言いたげだ。
「……不安は取り除いてやりたいと思うが、俺にロザリアの心理を操作しろと促すような言い方はやめろ」
「それは失敬した。私も望むところではない。しかし、こうして思い返してみれば、それこそ元公爵令嬢は非常に手練れであったなあ」
あの馬鹿王子は、確かに馬鹿で、籠絡されるのも納得ではある。しかし、こうして帝国皇子がただ手をこまねているのを見ると、あの元公爵令嬢の技がよく分かる。
「異性が、ではないのだ。あの元公爵令嬢は、アラリック王子という者が女性に求めるものを熟知していた」
「……アラリック王子以外であれば、か弱い女性よりも強い女性を演じたと?」
「例えばお前が相手であれば知的に演じただろう。それでお前が籠絡されたかどうかは知らぬが……存外、今も馬鹿王子は牢獄に足繁く通っておるかもしれんな。そして元公爵令嬢は、馬鹿王子のその心を未だに掴まんとしているかもしれん」
ロザリアの話からは変わってしまったが、帝国皇子にとっては興味深い話題だったらしい。なるほど、と頷きながら、遠いエーデンタール国の獄中を想像するように、顎に手を当てた。
「牢獄にいるヴィオラ元公爵令嬢がどんな態度に出ているか、これは未知数だったんだ。彼女の本性は、おそらく元公爵家――クラウヴァルト家以外誰も知らないだろうからね。しかし……あそこまで綿密にクーデターを企てた者だ、投獄された瞬間に自暴自棄になるまではしないだろう」
「あの馬鹿王子が『逃がしてやる!』と言い始めるのを期待しているかもしれんな。となれば、いじらしく、縋りつくような言動をしているかもしれん」
「……アラリック王子にとって、ヴィオラ元公爵令嬢が自らを害そうとしたのは事実だ。これだけは誤魔化しようがない。ただ、父親の言いなりにならざるを得なかったと……そしてそれをわざとらしく主張するより、もっと効果的にアラリック王子を説得できる態度を彼女は理解しているかもしれないと……」
帝国皇子はぶつぶつとあれこれ呟いていた。何がそう気になったのかは分からないが、この皇子のすることだ。悪いことにはなるまい。
ロザリアの好感度を上げる、と真正面から功利的な手段に出ることは考え付かないようだが、ロザリアを守ってくれるのであれば、構わんぞ。その調子だ、と軽く顎を上げてみせた。
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