番外編 ある冒険者の温泉紀行③
作者です。
今回の注目ワードは以下になります。
「それ言うな。なんも言うな。よけいじゃろウェイ(それやめろぅ)」
「質流れ」
※質屋に借りた金の返済をしないまま期限が切れて、質物の所有権が質屋に移ること。
俺の名は『アーブナー・イバーメンダガー・フンバルド』という。冒険者をしている。
暇に任せて頼りない情報を元にたどり着いたそこは、温泉テント村『ダンジョン』だった。
俺たちは取りあえずここで羽根を伸ばすことにした。
そしてここの経営者は『貴族の鏡』みたいな御仁だった。
俺たちはまず温泉を利用してみようということになった。
荷物についてはテント内に保管箱が用意してあり、これに充分なスペースがあったためココに入れた。
保管箱はそんなに高価なものでも無いが、多分『山の奥方様』のコネで用意された物なのだろう。ダンマスも金に困っていそうに無かったから、おそらく全てのテントにあるはずだ。
生活系の理力の技で簡単に施錠が出来た。
念のためシマーが周辺に罠をはった。
俺たちは武器と少額の金だけ持って、バスローブに着替えると地下2階に向かった。
途中で第2厩舎の入り口を見ると看板があって「なるほど」と思う文言が書いてあった。
【 厩舎内では「チョットイイデスカ」と言わないで下さい 】
俺はシマーとヤッコーの方を見て、警戒体勢に入った。
こいつらはバカだったから、ガキのようなイタズラを平気でやった。
「おい、シマー。頼むから絶対にやめろ。何も言うなよ」
俺が言った瞬間にはシマーではなくヤッコーの奴が素早く動いていた。
よりにもよって奴は厩舎に駆け込んで叫びやがったのだ。
「チョット イイデスカ!?」
トコトコ、ワラワラと寄ってきた山ヨッコラは30頭はいたのではないだろうか。
ヨッコラたちはその眠そうな半眼でヤッコーを見つめながら奴を取り囲んだ。
そして「で、どうしたの?」と言わんばかりの態度で、ヤッコーに鼻をこすりつけるとそのまま座り込んだ。
「ワハハハー、山ヨッコラですよ。良いなこれ。はじめまして、ヤッコー・シラン・ノンデネーと申します。くー、カワイイ!」
俺は目眩を覚えた。
山ヨッコラにまで心配されたのでは、人間として問題があり過ぎはしないだろうか?
途中で問題はあったが、大したことも無く俺たちは地下2階についた。
ヤッコーを山ヨッコラの群れから引き剥がし、魔族の従業員に謝罪してここまで来るのは非常に恥ずかしかった。
他に商人や遍歴詩人らしい奴らまで居たのだ。変な噂が立ったらどうしてくれる!
問題はあったが一応切り抜けたとしておこう。そうしておきたい。
地下2階への通路は斜面になっており、足が滑りにくい工夫もあって下りやすかった。
温泉カウンターには『ヨクミーロ・オッサンダロ』という男が居て、客の荷物を預かったり案内をしたりしていた。
「初めての方ですかい? お荷物はこちらでお預かりいたしやす。これは中で使う道具です。石鹸は初めてのお客様に無料でお渡ししてます」
「そうか、すまんな。金と武器を預かってくれ。それから、いろいろあるようだがドコがお勧めかな?」
「番号札をどうぞ。大浴場辺りからがお勧めでござんすよ。今は軍人さんが出掛けてて空いてますからね」
俺はこの若作りのぶっきらぼうな男が一辺に好きになった。
ちゃんとした気遣いがあって裏が無い。
ダボっとした制服にエプロンが不思議と似合っていた。
鋭い精悍な顔は、泣かせてきた女も多いだろうと思われた。
俺たちは預けた荷物を受け出すための番号札をもらうと、早速おすすめの大浴場に足を運んだ。
俺たちは温泉を堪能しきって湯だっていたかもしれない。
今はちょうど17ザイト(≒17時)ぐらいだろう。あと1ザイトもすれば食事の時間だった。
俺たちは地上の入り口の横にある広い『屋根付きテラス』で良く冷えた麦酒を飲んでいた。
干し肉と炒り豆のツマミが付いて、デカいジョッキで10デネイ(≒200円)だったから、2杯おかわりをしてしまった。
ここは周辺より低い渓谷の一部だったが、取り囲む雄大な山々を見ながらの一杯は最高だったと言って良かった。
「俺はもうちょっとここに泊まっていきたいな、アーブナー」
「私もですね。ここの湯は皮膚病に効くそうですよ、アーブナー」
「俺は今良いところなんだ、アーブナー」
俺はシマーとヤッコーと本を読んでいるフレンドゥリーファの台詞を聞いたが譲らなかった。
「また来ればいいだろう。お前らそう言うけどな、第2軍団が帰って来たらここは込み合う。俺は嫌だからな、そういうの」
因みにフレンドゥリーファが読んでいたのはヨノゴート翁の内政エッセイである【陳情を聞いているより趣味に生きたい】であった。
内容としては陳情を聞き流しながら趣味について思い巡らせるヨノゴート翁が、後で奥方から叱責された挙げ句に陳情内容を暗唱させられるという猟奇的なものになっていた。
当時の領内の悩み事と流行が描かれており、風俗史的な価値がある為に人間の国家でも良書の誉れ高い。
実は奥方の『ソレィユーナ・ナンモユーナ・ヨケイジャロウェイ』様も人間の国家では有名な『良妻の鏡』だった。
元は侯爵家である『ソレヤメロゥ家』のご出身である。
この御方はご結婚後も、その統治者としての慈悲深い姿勢が揺るがなかった……。
結局今回は、俺たちは2泊して『温泉テント村』を去ることにした。
とても有意義な休暇だった。
俺たちは得難い御方が経営する温泉宿に泊まり、その『国を豊かにせんとする心情』の真髄を見た。
「何かお役に立ちそうな事があれば、是非お声をかけてもらいたい」
俺はそう言って、近くに住まうヨケイジャロウェイに別れを告げた。
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あれからもう何ヵ月も経つ。
俺たちはアナダラーケンとムリスジーを往復する際は、必ず『ダンジョン』に泊まった。と言ってもまだ4回ぐらいだ。
それでもその4回は貴重な体験の連続で、俺は他の皆と別れることを止めた。
シマーは行商人や旅芸人と温泉で親しくなり『ぼっちレンジャー』から脱皮して『一流のレンジャー』になれそうだった。
失敗も減った。
ヤッコーは『ヨーク・ワッカラン・モンマニア』という魔族と親しくなり、最近は石鹸作りを始めようとしていた。
知識の抜けも減った。
フレンドゥの奴はなんとあの『山の奥方様』である『クーデレ・ジャネイツッテンダロワ・ヒッデーナ』様に理力の技の指導を受けることが出来た。
技の狙いの甘さが無くなった。
俺は相変わらずだったが、騎士になる夢は忘れた。
だがダンマスの要請には答えようと思っている。
今度はアナダラーケンのさらに南側にあるシチーナ・ガレ領の領都『シチーナ・ガレ』に行こうと思っている。
あそこは悪徳の都で名高い。
年内には『盗品市』が開かれる可能性が高いという情報を得ている。
おそらくだが種族を問わぬ悪党が一同に会するだろう。
正体不明の国境破りである『ダニの王』や世界中の悪党の情報網の中心に居る『黒い貴婦人』も参加するかもしれない。
『ダニの王』は非常に巧妙な手口の持ち主で、いつ物品が領境を越えたか、手段は何かすら不明だった。
国境に張り付いて血を吸う様に仕事をすることから付いた『あだ名』だ。
『黒い貴婦人』については某国の女伯爵であるという噂はあったが、追跡者は全員が手がかりを失うか消された。
今年の冬は一波乱ありそうだというのが、俺たちの共通した意見だった。




