連鎖 -butterfly effect- 05
廃墟の街並みの中、弾雨の中を一機の〈ファルシオン〉が駆け抜けた。
「はぁあああ!」
裂帛の気合いと共に繰り出された斬撃が、黒く染め上げられた〈エクエス〉の片腕を斬り飛ばす。
バランスを欠いた〈エクエス〉はふらふらと酔っ払いのように歩き回り、突如半回転してつんのめるようにして地面に倒れた。
おそらく、恐慌に陥った搭乗者のめちゃくちゃな操縦をオートバランサーが抑えきれなかったのだろう。
そこに素早く切り込んできた二本の剣を持った〈ファルシオン〉が、メインブースターに向けて、絶妙な力加減で剣を突き入れ、動力炉を破壊する。破壊による暴走を起こさせない鮮やかな手並み。実にエレガントである。
機能を停止し、倒れた〈エクエス〉の前に仁王立ちする〈ファルシオン〉のコックピットで、黄金に輝くブロンドをさっと払った青年はひとりごちるように尋ねる。
純白の騎士服に身を包んだ青年──ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは、同じく眩しいほどに白い手袋を外すと、額の汗を拭った。その高貴さを漂わせる仕草、実にエレガントである。
「ふむ、これで終わりかね?」
『ええ、おそらくは』
落ち着いた調子で答えたのはたおやかな女性の声だった。
シャルロット・フランソワ。オルレアン伯爵家の円卓の騎士、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンの親衛隊長を務める騎士にして、ジェラルド・カルティエの『双剣』の系譜を受け継ぐ剣技、『ニ剣』の使い手。
『増援も確認されてないらしいですよ。今のところ』
『一先ず、方が着いたと言ってもいいでしょうね。ただ、問題は山積みですが』
続けて追従するように二人の男が答える。
カルロス・シャントゥール。サミュエル・シルペストル。二人とも、昨日、コロッセウムで闘技大会に参加した騎士であり、ダルタニアンとも剣と友誼を交わした仲でもある。
これからを憂慮するように続けられた言葉に、柔らかな、だが有無を言わさぬ調子で、女性は返した。
『シルペストル卿、そちらは私達の領分ですので』
『おや、これは失礼しました。とはいえ、ここで黙って帰るというのも、納得し難いものがありますが』
『報告書は送らせていただきます。もちろん、皆さまのお家の方にも』
「ふむ……」
ヴィクトール伯爵が、オルレアン伯爵領で起こした叛乱事件から一夜明け、ダルタニアン達は、昨夜の取り零しを撃破すべく、再びMCを駆って戦場に出ていた。
敵の推定戦力の内、大半は昨夜中に撃破したものの、闇に紛れて姿を隠したMCの数は少なくなかった。
結果として、ダルタニアン達は、唯一の残留戦力である親衛隊と協力して、一晩中交代で警戒を続け、夜明けと共に散開し、黒いMCの撃破作戦を展開していた。
親衛隊には負傷者が数名出ており、親衛隊長であるシャルロット・フランソワの口添えもあって、ダルタニアン達は協力者として認められ、シャルロットを小隊長とする再編部隊の一翼を担っていた。
他にも大会に参加した騎士の内、幾人かが協力者として認められ、領都内の各所で警戒行動に当たっていた。
『どうかしましたか? レーヴェル卿』
「いや、こうも容易く終わることなのか、と思っただけさ」
そう、簡単過ぎる。ヴィクトール伯爵がこの戦力を用意したとして、追撃も夜襲もなく、ただの攻撃だけで終わるものだろうか。奇襲に成功し、機先を制したにも関わらず──もちろん、初期対応の遅れを取り戻した親衛隊の働きは目を瞠るものではあったが──何も手を打ってこないなど。
ヴィクトール伯爵が、そのような生温い手を打つとはダルタニアンにはどうしても思えなかった。
もし、ダルタニアンがヴィクトール伯爵の立場にいたならば、一気呵成に攻め立て、領都を落とすだろう。むしろ、ヴィクトール伯爵ならば、根が正直なダルタニアンには思いつかない計略を以って、オルレアン領を攻め落としていたはずである。
だというのに、この静けさはなんなのか。
『残念ながら、ヴィクトール伯爵領の情報は入ってきていませんから。現状、警戒を続けるしかない、というのが正直なところでしょう』
「しかし、このまま悪戯に警戒を続けていては──」
『レーヴェル卿。指揮を執るのは私、シャルロット・フランソワですよ? もちろん、貴方の懸念することも理解はしています』
「はっ……すまない。少々、気が昂ぶっていたようだ」
そうだ。ザビーナ・オルレアンが負傷で欠けた今、防衛戦力の全権を握るのは親衛隊長であるシャルロットだ。
協力者ではあっても、関係者ではないダルタニアンが口を挟むべき領域ではない。
『おお、レーヴェル卿に重ねてくるとはやりますね、フランソワ卿』
ダルタニアンの言葉を遮るように、有無を言わさぬ口調で言葉を被せたシャルロットに感嘆するようにカルロスが茶化した。
とはいえ、実際にダルタニアンの長口上を遮ることができた──この際、方法は問わない──のは、今まさにそれをやってのけた、シャルロット・フランソワと、円卓の騎士とも同等に立ち回る灼眼の騎士──アルカンシェルの二人だけなのだから、カルロスの感嘆もあながち間違いでもあるまい。
『カルロス卿、あなたも騎士ならば、そのような軽々しい振る舞いは控えられませんか?』
そんなカルロスに、サミュエルが苦言を呈すと、
『え? いやいや、サミュエル卿も思いません? 基本喋らせたら言いたいこと言い切るまで黙らないんですよ、アレは』
『いや、まあ、それには同意しますが……』
歯切れ悪くサミュエルが答える。無論、否定できないのだから当然ではあるのだが。
ちなみに、侯爵嫡子をアレ呼ばわりしていることについては誰も突っ込まなかった。
最初、若様と呼んでいた頃からは想像できないほどにぞんざいな扱いとなっているが、アルカンシェルとのやり取りを目の前で見ていたカルロスは、ダルタニアンの扱いは、ぞんざいなくらいでちょうどいい、という結論に達していた。
むしろ、ダルタニアンがそれを気に留めないので、その扱いは加速していると言えた。
もちろん、カルロスとて貴族であり騎士である。その態度は、騎士としての友誼とダルタニアンの性格への理解に因るものであり、引き際は心得ている。
それ故に、ダルタニアンだけではなく、サミュエルやシャルロットもカルロスの態度を強く責めることはなく、また、責めることができないのである。
『ですよねー、ほんと、素直に賞賛に値すると思いますよ』
『ふふっ、ありがとうございます』
『いやー、さすがにその歳で親衛隊長を任されるだけあって、技量だけじゃなく、隊長としても風格がありますねー』
『いえいえ、私など、まだまだ若輩の身ですよ』
口調から、憂い顔でそう言うシャルロットの様子が、カルロスにも容易く想像できた。
とはいえ、二剣という特殊な剣術を扱い、カルロスやダルタニアンと変わらない年頃でありながら、円卓の騎士の親衛隊長を務める者が、若輩者など、謙遜のし過ぎであるようにも思われる。もっとも、本人は本気でそう思っているのか、嫌味な感じはしなかったが。
『フランソワ卿で若輩なら俺、まだまだ新米ですかね』
「ふっ……騎士の道に終わりはない。故に、騎士は研鑽し続けなければならない。それが騎士の騎士たる所以にして宿命!」
『ふふっ、ジェラルド様もよくおっしゃっていましたね、『騎士に到達点はない。振り返れば、愚直に剣を振ってきた道があるだけだ』と』
「ふむ、『双剣』の使い手、ジェラルド・カルティエ卿か……私も一度会ってみたいものだ」
シャルロットは、昨日の試合と同じように、師であるジェラルド・カルティエの言葉を引用した。度々使うのは、それほど深くシャルロットの中に根付いているということなのだろう。
あのアルカンシェル──ジン・ルクスハイトの師匠でもあるというジェラルド・カルティエ。ジンも、シャルロットの引用に答えていたことから察するに、それは彼にも根付いている言葉。
ジンの『双剣』も、シャルロットの『二剣』も、同世代の騎士の中では抜きん出ている。その二人の共通の師である騎士に、今回の件で力不足を実感したダルタニアンが会ってみたいと思うのは当然の帰結とも言えた。
力なくしては騎士道は貫き通せない。己が騎士道を貫ぬかんとするのならば、強き力を正しき精神を以って振るわねばならない。
ダルタニアンに足りないのは間違いなく前者であった。
『ジェラルド様に私から頼んでみましょうか? もちろん、この件が終わってからになってしまいますが』
『あっ、それいいですね。俺も混ぜてくださいよ』
『厚かましいですが、正直、私も興味がありますね。あのシェリンドン様も認める騎士であると聞きますし』
『ふふっ、みなさんもいずれ招待させていただきます。その方が、ジェラルド様も喜びますから』
「しかし、迷惑にならないだろうか……?」
『いえ、あの方は訪ねて来るのが騎士なら喜び勇んで決闘を挑むような方ですから──すいません、少々お待ちを』
突然、会話を切り上げたシャルロットは、しばらく通信の向こうで何事かに相槌を打つと、雑談の時とは打って変わって、凛とした口調で告げた。
『状況が変わりました。搭乗者を回収し、撤退します』
『了解しました』
『了解です』
「ふむ、それで、状況は?」
ダルタニアンが状況を尋ねると、シャルロットは淀みなく、それを口にした。
『ヴィクトール伯爵の屋敷が全焼したとのことです。また、街道の途中で、殲滅されたMC部隊が確認されたようです』
「なんと!?」
『いやいや、いくらなんでも』
『屋敷の全焼に、殲滅ですか……情報は確かなのですか?』
『ええ、ヴィクトール伯爵の行方は不明ですが、屋敷が焼失したのは間違いない、と。MCは、一機残らずコックピットを潰され、生存者はゼロとのことです』
それはつまり、ヴィクトール伯爵が、何者かによって襲撃されたということだ。今回の件にヴィクトール伯爵が関わっているという確信を得ているのは、ザビーナ・オルレアンとシャルロットを筆頭とする親衛隊とダルタニアン達、そして、姿を消したジン・ルクスハイト──すなわち、革命団だけであるはずだ。
オルレアン領の防衛と警戒、事後処理に奔走する親衛隊に、ヴィクトール伯爵を襲撃するだけの余裕はなく、革命団が戦力を動かしたにしては、ジンが姿を消してから、事が起こるまでの時間が短すぎる。
何より着目すべきは、その徹底した手並みである。全滅ではなく、殲滅である。つまり、今回、騎士団を襲撃した者たちは、明確にヴィクトール伯爵家の騎士を誰一人生きて帰す気はなかったということ。
搭乗者全員を殺すなど、普通はありえない。基本的に決闘に限らず、騎士の戦いは、よほどの事が無ければ──昨夜のように自爆すら辞さない相手なら話は別であるが──相手の騎士を殺さないのが美徳とされる。
比較的容赦のない反体制勢力である革命団ですら、戦闘による死傷者は多いものの、全員が死亡したなどということはない。
だというのに、それは確かに起きた。何者かの手によって。襲撃したという事実は残しても、襲撃者が誰かという証拠は残さない。無慈悲なまでに徹底している。
となれば、考えられるのは、革命団でも、オルレアンでもない、もっと大きな権力の存在。
「ふむ……粛清、ということか」
ダルタニアンの言葉に、全員が息を呑む。
しばらくして、サミュエルが躊躇うように口を開いた。
『おそらくは……しかし、これ以上は……』
『ええ、踏み込むわけにはいかないでしょうね』
『あ、俺、聞かなかったことでお願いします。吹けば飛ぶような零細子爵家なんで』
「…………」
ダルタニアンは答えなかった。否、答えたくなかった。
心情的には、粛清に動いた貴族のやり方に反発を覚える。しかし、同時に貴族としてのしがらみは、その心情を圧し殺すべきであると告げていた。
だが、それはダルタニアンの望む騎士の、ひいては目指すべき英雄の在り方ではない。その一方で、ダルタニアンには貴族としての立場を投げ打つ覚悟も、己の在り方を、己の剣の誓いを貫き通すだけの力もなかった。
必然、ダルタニアンは言葉に窮した。否、沈黙が己の誇りにこれ以上傷を付けぬための最も正しい選択だった。
『襲撃はなかったのではなく、先んじて封じられていた、ということですか。後味は悪いですが、今回の件はこれで終息したことになりますね』
『ええ、これ以上はやぶ蛇になりかねませんから』
『あーあー、おっかないことを俺の前で言わないでください』
「ふむ……」
『それと、レーヴェル卿』
「……何かね?」
突然、改まって呼びかけてくるシャルロットに、思索の中にあったダルタニアンは、一拍遅れながらも答える。
『くれぐれもご実家の権力を使って調べようとは思わないでくださいね?』
ダルタニアンは今まさに考えていたことを見事に言い当てられ、内心では飛び上がりつつも、努めてエレガントに、平静を装って答えた。
「ふ、ふっ……ぼ、僕……いや、わ、私も引き際くらいは見極めているさ」
『レーヴェル卿ほどの騎士なら当然ですね』
「あ、ああ、もちろんだとも!」
『ふふっ……お分かりいただけたようで何よりです』
ダルタニアンからいいように言質を引き出したシャルロットのこぼす笑みが、妙に黒かったのはきっと気のせいだろう。
『あれ? 今、レーヴェル卿の声、震えてましたよね?』
『ええ、私にもそのように見受けられましたが』
『いやー、レーヴェル卿も無茶なこと考えますねー』
『まあ、確かに気にはなりますがね』
『俺を巻き込まないでくださいね? 戦場で散るどころか、処刑台にすら送られずに消されるなんて最低の最期ですから』
カルロスは、冗談めかして軽く言ってみせているが、親衛隊長や近衛騎士、侯爵家嫡男というそれぞれの立場を持つ他の三人と違い、この四人の中で最も立場のないカルロスは、この時点で既にひやひやものである。
正直、オルレアン領での叛乱がヴィクトール伯爵の差し金であるということと、件のヴィクトール伯爵が何者かによって粛清されたということ、この二つの事実を知ってしまっただけで、後ろ盾のないカルロスはかなりすれすれのところにいると言ってよかった。
もちろん、他の三人と情報を共有しているという点では、それが後ろ盾になっていたが。
『せっかくですから、近衛騎士に推薦しておきましょうか?』
『前向きに検討させてもらっていいですかね? 真剣に』
「ふっ……カルロス卿! 案ずることはない! 騎士としての友誼と我が名にかけて、君の名誉を貶めさせはしない!」
『ええー、地雷原で火遊びしそうなレーヴェル卿が言いますか、それ』
「ふっ………自ら険しき道を行くが騎士の本義! 己を貫き通すが騎士の誓い! 私は今更その流儀を変えるつもりはないさ」
堂々と宣言したダルタニアンだったが、
『ふふっ……レーヴェル卿?』
「あっ、はい。もちろん、自重します」
シャルロットの一言で素早く態度を翻す。驚くべき変わり身の早さである。
『侯爵嫡子って立場こんなに弱かったっけ……?』
カルロスの最もすぎる疑問文に答えられるものは誰一人としていなかった。否、誰も答えようと思わなかった。まあ、先日の昼間からずっと思っていたことではあるのだが。
『では、行きましょうか。改めて対策を立て直す必要がありそうです』
『了解です』
『ええ、パイロットはこちらで拘束しておきます』
カルロスと、いつの間にか倒れた漆黒のMCからパイロットを引きずり出して器用にMCの手で拘束していたサミュエルが答える。
「ふむ、了解した」
ダルタニアンは返答し、コロッセウムの方角へ機体を向けながらも、その思考はここから真っ直ぐ行った先にあるヴィクトール伯爵領に向いていた。
あそこにはいるはずだ。自分のやり方でヴィクトール伯爵を潰すと言った彼──ジン・ルクスハイトが。
ヴィクトール伯爵は生死不明だが、そこで止まるジンではないだろう。ダルタニアンにできることはもはやない。しかし、ヴィクトール伯爵領で何かが起こるのは想像できた。
(ふっ……何もできないのは歯痒いが……いずれ、戦場で会おう、ジン)
そして、蒼い空の彼方を見据えたダルタニアンは、ふっと笑みをこぼした。
ちらっとダルタニアンに視点を戻しました。
残念ながら、今回の出番はこれで終わりです。笑
そういえば、ちらっと口にしていたジンの偽名、アルカンシェルの由来について書いておきます。
アルカンシェル(arc-en-ciel)は、フランス語で虹を意味する単語です。
JIN→NIJIでアルカンシェル。ちょっとしたアナグラムでした。まあ、Iが一つ足りてませんけどね。笑
くだらなかったと思います。真剣に考えた方がいたら、すいません。
感想、誤字脱字報告等あれば、お願いします。
ついでにイラストも募集中なので手慰みに描いて頂けると作者が狂喜乱舞します。笑
9/2(金) 修正




