連鎖 -butterfly effect- 06
『おっけい、こっちは準備終わったよ』
ジンは耳元から響いた涼やかな声に、短く返した。狙撃ポイントを確保していたティナだ。
「《フリズスヴェルク》、了解」
『《グルファクシ》、了解』
『むー、反応が淡白すぎない?』
「…………」
『…………』
なにやら不満げなティナに対し、当然、ジンもファレルも言葉を返さなかった。
彼らがいるのは、街の中央部、広場となっている場所だ。黒いMCが数機配置され、人々が興奮した様子で集まっている。
ティナではないが、余計なことをすればここにいる全員が敵になる。ジンもファレルも、敵になった時点で、元がただの領民であろうと、殺すことに一切の躊躇いはないが、問題は数である。この人混みに飲まれれば、まあ無傷ではいられないだろう。
端的に、そんな危険を冒してまでティナとの雑談に答えてやるほどに、ジンもファレルもお人好しではなかった。
『無視ってどうなの? ん? あっ、ちょっと待って。広場に誰かが向かってるみたいなんだけど』
「待機だ」
『動くなよ』
『ん、りょーかい。随時状況を伝えるね』
ティナもさすがに、それ以上余計なことは口にしなかった。そもそも、作戦中に雑談している方がおかしいのだが。
騒めきが広がり、人混みが二つに割れる。ちょうどその真ん中にいたジンは、さりげなく移動する群衆に紛れ込み、海を割ったモーセの如く、割れてできた道の先にいる人影を見据えた。
『なんか、護衛付き? みたいなんだけど……どう?』
『おれは見えてねーな』
「確認した」
ジンが捉えたのは、ライフルで武装した黒服の男三人と、それに守られるようにして、ゆったりと歩く男の姿だった。
特段、特徴のある顔立ちではないが、その表情には、所作から感じられるほどの余裕は感じられない。むしろ、焦っているようにさえ見えた。
「おそらく標的だ」
『おっけい、で、その……撃つの?』
「いや、必要ない」
『せめて相手がなんなのかくらい確かめてからにしねーとな』
『りょーかい』
過ぎ去っていく男を見送りつつも、ジンは人混みの中心へと近付いていく。無秩序な人混みの中を容易くすり抜けるジンの身のこなしはさすがに鍛え上げられた兵士のそれだった。もちろん、目的は標的を間近に確認するためである。
壇上に立った男は、周囲を見渡し、
「お集まりの諸君、まず初めに、急な要請に応じてくれたことへの感謝を述べたいと思う。ありがとう」
そう、切り出した。
ジンはその口調に違和感を覚えた。どこかで聞いたことがあるような気がする。
「無論、諸君の中には、我らに対して疑念を抱く者も多くいることだろう。故に、この場を借りて、改めて宣言させてもらおう。諸君を苦しめていた領主、ヴィクトール伯爵は死んだ。そう、我らの手によって粛清されたのだ!」
ジンはその大仰なセリフを聞いて速やかに決断した。これ以上喋らせるのは、革命団にとって不利益になる。革命団以外の反動勢力が動き出すのは想定済み。だが、それに先手を取って領主の殺害ーーすなわち、実質的貴族領の制圧を成し遂げたなどと標榜されては、革命団の立場が危うくなる。
その上、この男の裏に、貴族、しかも三公クラスの高位貴族の影がちらついているとなればなおさらだ。
「《フェンリル》、撃て」
『え……?』
「殺す必要はない。だが、これ以上喋らせるな」
『おいおい、ちょっと性急すぎやしねーか?』
「余計に喋らせれば、革命団に不利になる」
『まっ、それは違いねーな』
しかし、ジン達が話す間にも、男の滑りの良い口は、言葉を紡いでいた。
「諸君らに苦渋を舐めさせ、諸君らの富を搾取し、諸君らの悲鳴から耳を背け、諸君らを抑圧し続けたのは誰か! まさしく、そのヴィクトールである! そして、諸悪の根源たるヴィクトールは死んだ! そう、死んだのだ!」
煽動者にして先導者の語り口。やはり似ている。あの男にーー
「諸君らを縛るものは何もない! 諸君らは自由である! 諸君らは解放されたのだ! 今この瞬間から、諸君らは自由の名の下に集い、既存の社会構造を打破し、新たな社会構造を作り出す同士である!」
周囲の群衆から上がる歓声に、ジンは舌打ちを零した。
『こちら、《フェンリル》。目標捕捉ーー』
『こちら、《グルファクシ》。いつでもいいぜ』
「《フリズスヴェルク》、了解」
そして、ジンが決定的な一言を告げる寸前、男はジン達にとって致命的な一言を放った。
「そして、私の名は《テルミドール》、諸君らを導くものである!」
それは、ここにはいない男の名だった。
それは、彼らの首魁たる男の名だった。
それは、ある意味で革命の象徴たる男の名だった。
『おいおいおいおい……こいつは……』
「《フェンリル》! 撃つな!」
『ふぇっ?』
「アレは《テルミドール》だ」
『え……? そ、それじゃ、撃てない……!』
さすがと言うべきか、ティナもファレルも即座に意味を理解したらしい。
確かに、目の前で滔々と語る男は、《テルミドール》ではない。しかし、それは革命団のメンバーであるジン達にとってであって、不特定多数の民衆にとってではない。
「ここに、我ら、革命団は、諸君ら人民による人民のための革命政府の樹立を宣言する!」
ジン達にとって虚言であっても、それは民衆には真実である。
《テルミドール》の演説は楽園全土へと放送されている。それこそが最初の作戦だったのだから。
しかし、その一方で、民衆は《テルミドール》が誰かを知らない。どんな顔をしているのか、どんな人間なのか、普段はどこにいるのか。
そんな情報は誰一人として持っていないのだ。そうであれば、名を騙ることはできる。
そして、その名を騙る人物が死亡すればそれはすなわち、本物の《テルミドール》の死と同義である。
それは、革命団の組織それ自体が揺らぐことにつながりかねない。
まったく、手柄を先取りされるよりも、遥かにタチが悪い。
結論、ジン達が、革命団として取れる手は一つしかない。
すなわちーー
『作戦変更だ。あのあと先考えてねー馬鹿野郎を殺させんな!』
「《フェンリル》、他のスナイパーはいないか?」
『えっと……って、一気に言わないでよね! っていうか、私ばっかに頼らないで欲しいんだけど!』
「黙れ」
『うるせーよ』
『扱いが酷いっ!?』
文句を言いながらも、ティナは速やかに仕事はこなしたらしい。すぐに、新手の存在を捕捉した。
『見つけた! 時計塔の上! カウンタースナイプ! ファイア!』
『いきなり撃つなよ……』
ファレルが呆れたようにぼやくが、ティナの狙撃技術を持ってすれば、射線が開けている状態での狙撃など、児戯にも等しい。
そんな彼らを尻目に、《テルミドール》を名乗る男の演説は続く。
「これは辛酸を舐め続けた我らの勝利宣言だ! 我らこそが、革命の篝火となるのだ! 我らの革命は真にここからは始まる!」
民衆のボルテージは最高潮に達していた。しかし、その中でジンはあくまで冷静に状況を分析していた。
短時間にスナイパーを発見し、カウンタースナイプをかけるという離れ技を披露したティナの落ち着いた声が通信から漏れる。
『……命中確認。とりあえず、ライフルはぶっ壊したよ』
「了解した」
ジンは、人混みの中から、狙撃を仕掛けたという時計塔の方をちらりとうかがう。距離的には、ここからより、向こう側からの方が近い。
「《グルファクシ》」
『もう向かってるっつーの。おれが張り付いてからにしろよな、まったく』
『ごめんごめん。でも撃ちそうだったんだもん』
『状況は?』
『えっと……あっ、やばっ! 一回切るから!』
『って、おい!』
ティナは通信を自ら切断したらしく、ティナの回線からはノイズが聞こえるだけだった。
「《グルファクシ》、迂回して時計塔を目指せ。直進すれば撃たれる」
『了解! おまえはどうする?』
「俺はこっちだ」
『しくじんなよ!』
「おまえがな」
ジンは通信を常時接続から、自動応答に切り替え、《テルミドール》を騙る男は一先ず置いて、目を付けていた人物の元に向かう。
それは、一人の青年だった。一見して、演説に煽られている群衆の一人にしか見えないが、その目は群衆の動向に意識を向けている。懐に入れられた手と、膨らみから察するに銃を所持している。
おそらくは群衆を煽るサクラの役割と、行き過ぎた群衆の暴走を抑えるストッパーの役割を果たしているのだろう。まあ、ジンには関係ない話だが。
「自由と理想を追う者達よ、我ら革命団の元に集え! 諸君らこそが、革命政府の主役なのだ!」
熱狂した民衆に押された体で何気無さを装い、ジンは新たに目をつけた標的の元に向かう。
「さて、始めるか」
小さく溢すと同時、ジンは素早く身を翻し、青年と正面から向き合う。どうやら警戒されていたのか、正面から目が合ってしまう。
だが、接近を許した時点で勝負は決まっている。
「諸君らの尽力に期待する」
続いていた演説をそう締めくくった男を尻目に、ジンの手は咄嗟に拳銃を取り出そうとした青年の腕を捻り上げ、同時に肘を入れて口を無理やり閉じさせる。
暴れて抵抗する青年の腹に、ジンの拳が突き刺さる。
「もがっ!」
前のめりになった青年から小さく呻きが漏れたが、ジンは気にも留めず、青年が取り落とした銃を拾い上げ、首を締め上げながら引きずって、広場から路地へと青年を押し込む。
「今から言う質問に答えろ。質問の答え以外を言えば殺す。大声を出しても殺す。抵抗した場合も殺す。立場は分かったか?」
腕を後ろ手に捻り上げ、顔面を壁に押し付け、後頭部に銃を突きつけた状態で、ジンは冷たくそう言った。
青年は震えながら頭を振って肯定を返した。
「さて、まずは一つ目だーー」
ジンの口元が悪魔めいて吊り上がった。




