騎士 -oath of sword- 05
「ううっ……ぜったいきらわれた……」
腰まで伸びた銀髪に、紫水晶の瞳を持つ少女ーーティナは、部屋の隅にいわゆる体育座りで座り込んで、頭を抱えてうんうん言っていた。
泣き腫らしたのか目元は赤く、身嗜みに気を使うほど余裕がないのか、さらさらであるはずの髪は心なしかパサついている。
見事なまでに美少女台無しだった。
見事なまでに美少女形無しだった。
「おまえさん、ワシの部屋で何を遊んどるんじゃ?」
そんなティナを見て呆れたように言うのは、《プリュヴィオーズ》だ。そうは言いながらも、何かの作業をしているのか、キーボードを叩く手は止まることはない。
そう、ティナがいるのは、《プリュヴィオーズ》の研究室だった。大小幅広い機械のパーツや、設計図が放置されたそこは当然ながら、ティナのような少女が立ち入る場所ではない。というか、彼女はMCパイロットーー騎士である。
「遊んでないもん」
「暇にはしておるじゃろう。こう見えて、ワシも忙しくての。他所でやらんか」
「うー、いいでしょー、別に減るもんじゃないし」
「おまえさん、そんなナメクジでも寄ってきそうなじめじめした雰囲気で何を言っとるんじゃ?」
「うっ……」
ティナは痛いところを突かれたという風に、言葉の詰まった。確かに、テンションが絶賛低空飛行中のティナは、負のオーラを醸し出している。
実際、《プリュヴィオーズ》以外にもそう見えるらしく、たまたま、格納庫の掃除で一緒になったファレルとカエデには、おまえがいるとカビが生える、などと言われて追い出されている。
そんなわけで、仕事場から放逐されたティナは、《プリュヴィオーズ》の研究室に不法侵入していたのである。
もちろん、邪魔になっているという自覚はある。しかし、だからと言って、そんな言い方はないではないか。
というかーー
「わたし、これでも一応女の子なんだけど。みんなして、形容の仕方が酷いと思うんだけど」
「それくらい鬱陶しいということじゃよ」
「ぐっ……」
「そもそも、おまえさんの性別は忘れられとるんじゃないかのう」
「うっ……」
「表と関わっておらんメンバーからは特にの」
「ううっ……やっぱりわたし、女の子っぽくないんだ……」
容赦なく放たれた《プリュヴィオーズ》の連続口撃に、ティナは、さらにうじうじとへこみ始め、部屋の隅の湿度がさらに上がる。
しかし、しょんぼりしている姿が、男性に庇護欲ではなく、鬱陶しさを感じさせている時点で、彼女は、女として残念と言わざるを得なかった。残念ながら、フォローできる要素がない。
「どうせ女の子っぽくないもん……どうせスレンダー体型だもん……どうせ性格うざいもん……どうせ空気読めない貴族だもん……」
「なんじゃ、徹底して鬱陶しいの」
「ううっ……《プリュヴィオーズ》のばかぁ……ファレルのアホぉ……カエデの間抜けぇ……ジンの鈍感冷淡自己中人の話聞け!」
「最後だけ不自然に恨みこもっとるの」
「ジンは冷たいし……何も言ってくれないし……無視するし……みんなはみんなで扱い酷いし……邪魔とか言うし……人が悩んでるのにスルーするし……」
「悩みが個人的過ぎるからではないかのう。それに、おまえさんが不自然のへこんどるだけだと思われとるぞ。ジンがおまえさんを無視しとるのは今に始まったことではないからのう」
「だって……だってぇ……目が合ってもないのに避けられるんだもん。こんなの初めてだよ?」
「想像以上におまえさんのレベルが低いの……」
ぶつぶつ言って拗ねるティナに、適当な相槌を打ちながらも、《プリュヴィオーズ》は作業を止めない。
ティナは半泣きなのだが、《プリュヴィオーズ》の目はモニターに高速でスクロールするデータのみを映しており、まったく気にされていなかった。
というか、目が合うと避けられることがあったらしい。想像以上に関係性のレベルが低かった。もっとも、ジンはいちいち声をかけてくるティナが疎ましいから避けているのだろうが。
《プリュヴィオーズ》としては、そろそろ何とかして欲しいものだが、今のティナをなんとかできる唯一の存在であるジン・ルクスハイトは、何やら《メスィドール》から任務を与えれ、一昨日から姿を消している。もっとも、本人に頼んでも嫌がるだけだろうが。
もちろん、ジンでなくとも、ティナに気を遣うなり、慰めるなりすれば、少しは機嫌もマシになるのだろうが、普段から隠れ家に残っているメンバーにそんな優しさを持った人間はいなかった。
まあ、ジンではないが、革命の思想に共鳴して、ではなく、自分の目的のために革命団に所属している人間は多い。というか、普段からいるメンバーの方がその傾向が強い。他に行くあてがないのだから当然と言えば当然だが。
そんなメンバーにとって、ティナが機嫌が悪いとか、拗ねているとか、じめじめしているとかは、そこまで注視すべきことではないのである。
もちろん、共同生活をしている以上、プライベートで親しいメンバーもいるが、全員がティナが変なのは大体ジンのせいであると認識しているため、あえて、首を突っ込みたがる者はいなかった。
「うっさい。分かってるもん。相手にされてないことくらいは」
「ほう、自覚はあったんじゃの」
「ううっ……分かってる……もん……」
ティナの紫水晶の目が潤み始める。今にも涙が溢れそうであるが、幸と言うべきか、災いというべきか、それを気にする人間はこの部屋にはいない。
「わたしって、そんなにしつこいのかな……?」
「ワシに聞かれてものう。本人に聞いたらどうじゃ?」
「いや、本人いないからっ」
「帰って来てから聞けば良いじゃろう。今はどうせおらんからの。どうにもならんことじゃ、気楽にしておれ」
「むぅー、だって、避けられてたし……」
どうやら、そこは譲れないらしい。 とはいえ、解決策はない。ジンに言ったところで無駄であろうし、何より本人もいないのだ。手の打ちようがあるはずもない。
「それで、どこまで知られたのじゃ?」
「う?」
「重要な問題じゃろう?」
「いや、貴族ってことだけだけど?」
「なんじゃ。それなら問題あるまいて」
「ふぇっ!?」
《プリュヴィオーズ》の中で、ティナの状況が瑣末事の括りに入れられた瞬間だった。そこだけならば、ティナにとっても、ジンにとっても、重大事ではない。
途端にどうでも良さげに返した《プリュヴィオーズ》の態度に、ティナは驚いたように間抜けた声を漏らす。
しかし、すぐに思い直したのか、わーわーと騒ぎ出す。鳥の雛みたいに騒がしい少女である。これで貴族だというのだから呆れたものである。
「いやいやいや! 問題あるもん! ジンの貴族嫌いって酷いんだよ!?」
「知っておるが、それだけなら問題ないじゃろう。ジン・ルクスハイトにとって、一番の問題は、おまえさんの家じゃからの」
「うっ……それはそうだけど……むしろ、ばれたら殺されそうだけど……」
「ほっほっほっ、存外、見逃してくれるやもしれんぞ?」
「やっ、ないからっ」
ジン・ルクスハイトとはそういう少年だ。自分の目的のためならば、妥協したり、情をかけることはまずない。ティナはそうなった理由を知っているし、そうであることを実感している。
「いずれにせよ、時間が解決してくれることじゃろうて」
「そんなこと言ってもねー。うーん……」
「そもそも、話を聞く限り、ばれたのはおまえさんの過失じゃろう?」
「うぐっ……」
「あれの前で、動揺を見せるとはの。まだまだ未熟なようじゃ」
「ぐぐっ……」
「詰めが甘いのう。それともーー」
「むう……」
「ーーあえて、隙を作っておるのかの?」
「…………」
すーっ、とティナの雰囲気が変わった。いつもは感情豊かな紫水晶の瞳は、爬虫類を思わせる冷酷な無感情のみを宿し、無機質な陶器の如き鈍い輝きを放っていた。
《プリュヴィオーズ》は、心臓を押し潰されるような圧迫感に呆れたように苦笑した。たった十数年しか生きていない少女の覇気とは思えない。しかし、恐れる理由はなかった。
「…………」
「ほっほっほっ、冗談のつもりだったんじゃがの?」
《プリュヴィオーズ》は一度。言葉を切り、
「存外、外れてはおらんのかの?」
「余裕だね? 今の私は容赦しないよ?」
「心配はいらん。おまえさんの切れる手札は限られておるからの」
「ちっ……」
「ほう? なんじゃ、元から隙だらけじゃったか」
「…………」
ティナは乗せられたことに気付いた。この男は確かめたのだ。ティナが本当に『内通者』ではないかを。そのために、わざわざ、ティナを怒らせた。相変わらず食えないジジイである。
思わず舌打ちを漏らした時点で、ティナは《プリュヴィオーズ》に負けていた。みずから打てる手はないと認めたのだから。完全に自爆だった。
見透かされているのに苛立ったからといって、それを表に出せば、交渉のテーブルの上では確実に不利になる。ティナがやってしまったのはまさにそれだった。
「すまんのう。一応確認しておこうと思ったのじゃ。とはいえ、その素直さでは、はったりを打つのは難しそうじゃの」
「ううっ……わたしのバカぁ……」
すっかり普段の様子に戻ったティナは、紫水晶の瞳に涙を浮かべつつ、自分の頭をぽかぽかと叩き始める。どうやら心理戦で《プリュヴィオーズ》に負けたのが、よほど悔しいらしい。いや、どちらかというと、そっちを出した自分への自己嫌悪だろうか。
「ほっほっほっ、言っておるじゃろう? 年の功じゃと」
「なんかぶん殴りたい……」
「手を出せば負けじゃろう?」
「正論なのが果てしなく腹立つんだけど! 腹立つんだけど!」
「ほっほっほっ」
「ってか、なんでこんなにぼこぼこにされてるの、わたし……」
「詰めも読みも甘いからじゃろう?」
まったくの正論である。正論なのだがーー
「……ねえ」
「何かの?」
「わざとやってない?」
「さてのう?」
ーー絶対わざとだっ!
なんで、と理由を考えたところで、うじうじしていた自分が客観的に考えて、非常に鬱陶しいという事実を改めて思い出す。
まさかーー
「追い出すため?」
「どうかのう?」
「むう……」
空惚けているようで隙がない。このジジイいつか絶対倒す、とティナは心に誓った。負けっぱなしは性に合わないのである。
「むしろ、おまえさんがここのいるのが、おかしな話なんじゃがのう」
「だって、わたしの家のこと知ってるの、《プリュヴィオーズ》だけだもん」
「ワシだけとは限らんじゃろう」
「むう……ばれてないと思うけど?」
そこに関してはそこそこ自信を持っている。もっとも、革命団という組織においては、そんなに細かく身分を調査されたりはしないのだが。もちろん、表向きはなので裏ではどうかは分からないが、それを含めても身元が割れる可能性は排除してきたはずだ。
「ワシは知らぬよ」
「む? 今、からかった?」
「可能性の話じゃよ」
「……今更ながらに相談する相手を間違えた気がするんだけど……」
「今更気付いたのかの?」
「うぐぐっ……」
ジンには貴族と知られ、《プリュヴィオーズ》には散々ぼこぼこにされる。まったく、どうしてこんなことになったのか。
もちろん、誤魔化し損ねたティナも悪いが、一番悪いのは、ジンに余計な伝言を頼んだシェリンドン・ローゼンクロイツである。脳裏に蘇るのは、不敵な笑みと渇きを宿した灰色の瞳。
ーーうん、シェリンドンさんが悪い。
「うう……いつもいつも余計なことばっかり……シェリンドンさんのバカ! 今度戦場であったら絶対ブチ抜いてやるぅ……」
ティナは床にぺたりとへたり込んだまま、頭を抱えた。見事な責任転嫁である。いや、確かに、間違ってはいないのだが。
一方、《プリュヴィオーズ》は目を見開いた。珍しく、予想外と言った表情をしている。
「シェリンドン? シェリンドン・ローゼンクロイツかの?」
「そうです! あの人、なんでよりにもよって、貴族嫌いのジンに言うかな……」
さりげない調子で、自分が重要なことを言った自覚がないらしく、ティナは、そんなんだからこの歳になっても独身なんだから、とか、戦闘狂、とか、雰囲気だけインテリの脳筋、などと、本人が聞いたら、眉を潜めそうなことを言っている。いや、聞いても笑って受け流されるだけか。
「おまえさん、それがどれほど重要なことか分かっとるか?」
「ふぇっ?」
「それは、ジン・ルクスハイトが、シェリンドン・ローゼンクロイツと、外部で会ったということじゃぞ」
「あっ……」
そうだ。あの時、シェリンドンということに気が付き、動揺して、そのせいでジンに貴族だと気付かれ、済し崩しで殺されかかったせいで、経緯を聞いていなかった。ジンはカルティエ領に向かったと聞いているし、カエデがそこでジンを拾ったのも事実だ。
ならばなぜ、シェリンドンはそこにいた?
なぜ、ジンの登場と前後して都合良く、団長機とロベスピエール伯が動いた?
いや、でも……ティナを貴族だと知った時に見せたあの目ーー全てを失った者の深淵を覗き込むかのような虚無と、あらゆるものを蝕み、喰い尽くすかのような憎悪と真紅の憤怒を湛えた幽鬼のそれ。
あの目を見てなお、ティナは、ジンがシェリンドンに協力するとは思えるような人間ではなかった。
「でも、違うと思うよ? ジンは貴族に尻尾を振れるような出来た性格してないもん」
「おまえさん……相棒の信頼の仕方を間違えてはおらんか?」
「ふぇっ?」
「自覚はないようじゃの……」
「やっ、だって、事実だし」
「否定できんのが悲しいところじゃな」
《プリュヴィオーズ》がどこか遠い目をしながら、哀れむような声音で言う。
「まあ良い。おまえさんも暇にしておるのなら仕事を手伝ってもらうとしよう。こればっかりは本人がおらねば解決せんからの」
「え? ええっー、いや、わたし、MCは操縦と狙撃と最低限の治療と勉強くらいしかできないんだけど? 教えてもらってないし」
「結構できとるじゃろ。まあなに、それほど難しいことではない。簡単な仕事じゃよ」
そう言う《プリュヴィオーズ》に手渡されたには、携帯端末の一つだった。表示されているのは、よく分からないデータだった。
「いや、これが簡単に見えるような頭してないからっ」
「おや、思ったより大したことないのう?」
「うっさい! どうせ、そんなに賢くないもん!」
「ほっほっほっ……そのくらいは分かっておる。じゃから、頼むのは単純な作業だけじゃ」
「いちいち腹立つんだけど……!」
「事実じゃろ?」
「……否定できないのが悲しいです」
ティナは言い知れぬ敗北感に打ちのめされつつも、データを眺める。相変わらず意味が分からない。
「頼みたいのはそのデータの整理じゃ。暗号化しとるが、諜報員が集めた情報での」
「あれ? そういうのって《メスィドール》の仕事じゃないの?」
「奴はあれでアナログでの。自分の頭のに頼っとるから仕方ないんじゃが。データを管理するのはワシの仕事なんじゃよ」
「……てっきり仲悪いと思ってたのに」
《プリュヴィオーズ》は基本的にメンバーの前に顔を出さない。他が全員揃っている時も、集会や作戦会議の時ですら、この部屋か格納庫に籠っている。
ティナはそれが《プリュヴィオーズ》の革命から一歩引いた態度のせいで、他の『始まりの十二人』との折り合いが悪いからだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「ワシが表立って行動しておらんだけじゃよ」
「そうなの? でも、仲良く話してるのも見たことないかも」
「それは、彼が距離を取りたがっているからですよ。そうでしょう? 《プリュヴィオーズ》」
ティナは急にドアの方から聞こえた声に、びくっと身を震わせ、弾かれたように、そちらを見やった。
そこにいたのは、ティナにとっては見慣れた人物だった。《メスィドール》。革命団の参謀役で、始まりの十二人の一人だ。
「なんのことかのう? 頼まれたことならまだ終わっとらんぞ」
「まったく、つれないですねぇ」
「ほっほっほっ、ワシは元からこんなのじゃよ」
「本当に……あなたはいつもそうですね」
「ワシに期待し過ぎなのじゃよ、おまえさんも、《テルミドール》ものう」
「……そうかもしれませんね」
二人はお互いに愛想笑いを貼り付けたまま会話している。残念ながら仲良しには見えないのだが。ただ、お互いを慮っているのは、目や細かい仕草から理解はできた。ティナからすると、よく分からない距離感にあるようだった。
「それでどうしたのじゃ? まさか、世間話しに来たわけでもあるまい」
「たまにはそういうのも悪くないと思うんですけどねぇ」
「ほっほっほっ、酒ならば付き合うてやろう」
「苦手なんですけどねぇ」
「知っておるよ。それで、なんじゃ?」
「あなたの部屋にティナがいると聞いたもので、訪ねてきたのです」
「ふぇっ? わたし?」
蚊帳の外だったはずの自分の名前が突然あがったことに驚き、ティナは声を上げる。
「ええ。腐っているようでしたので、一つ依頼を遂行して頂こうかと」
それが分かってるなら仕事を押し付けるのはやめてもらいたい。
「それで、仕事って何ですか?」
「ジン・ルクスハイトの回収です」
「ふぇっ?」
「どうも、依頼主であるヴィクトール伯爵にきな臭い動きがありましてね。先方が本格的に動き出す前に、ジン・ルクスハイトを連れ戻してもらいたいんです」
続けて、《メスィドール》は、ジンに頼んだ任務の内容を語った。闘技大会に殴り込みをかけて、円卓の騎士を撃破する、など、相変わらずこの組織は綱渡りな作戦が多い。
もっとも、戦力の差が大き過ぎて、綱渡りな作戦を取らざるを得ないというのが現状なのだが。
「それで、きな臭い動きとは何かの?」
「詳しくは調査中ですが、オルレアン領との境界に騎士団を動かしているとの情報があります」
「なるほど、円卓の騎士と『レジスタンスの二刀使い』を潰し合わせて、漁夫の利を得る目論見かの?」
「ええ、おそらくは」
「え? あっ、え? いや、全然ついていけないんですけど……」
サクサクと話を進めていく二人に対し、ティナは完全に置いてかれる形になっていた。思わず口を挟んだティナに二人のやれやれといった様子の視線が突き刺さる。
馬鹿を見る目だ。
可哀想な子を見る目だ。
泣いてもいいだろうか。
なんだ、『始まりの十二人』に入る第一条件は頭と察しがいいことなのか。
「ティナ、あなたのすることは単純です。カエデ、ファレル、セレナの三人と共に、オルレアン領に向かい、ジン・ルクスハイトと合流し、ここに帰ってくることだけなのですから」
「え、あっ、はい」
言葉にすると単純だが、これはなかなか難しいのではないだろうか。というか、簡単に言ってのけるのは止めてもらいたい。前線は辛いのである。
「すでに他の三人には通達済みです。あなたも急いで向かってください。いいですね?」
「りょ、了解です」
ティナは、《メスィドール》の妙な迫力に押され、ティナは、手にしていた端末を机の上に置くと、慌てて部屋を飛び出していく。
そんなティナを見送った《メスィドール》は振り返り、
「余計な情報を与えるべきではありませんよ、《プリュヴィオーズ》」
「すまんのう。じゃが、知っておることじゃろうて」
「やはり彼女もあちら側ですか?」
「さての?」
「……まあ、いいでしょう。それより問題は、もう一つの方です」
「ほう、まだ何かあるのかの?」
「オルレアン領内に、革命団を名乗る集団が存在するという噂があります」
「このタイミングで、かの?」
「ええ」
「うむ……」
《プリュヴィオーズ》は考え込むように小さく唸った。しかし、すぐに納得したらしく、何度かか頷いた。
「なるほどの。あえて聞かせなかった意図はなんじゃ?」
「彼らにはジン・ルクスハイトを連れ帰ることだけを考えてもらわねばなりませんからね。《テルミドール》不在の今、我々がどう動くべきかは慎重を期するべきでしょう」
「なんじゃ、相変わらず肝の小さい男じゃの」
「あなたが大雑把過ぎるだけでしょう?」
「そうかもしれんの」
《メスィドール》の笑みはどこか寂しげだが、《プリュヴィオーズ》はそれに気付かなかったことにした。彼らの隔たりは切れるには近過ぎ、もう一度心を開くには遠過ぎた。
「では、会議を始めましょうか」
「そうじゃな」
二人が去った部屋には、ティナが置いていった文字の羅列を映し出す、携帯端末だけが残されている。
そこには、唯一意味のある事柄として、13年前の年を示す数字が記されていた。




