騎士 -oath of sword- 04
ダルタニアンは、純白のテーブルクロスを広げた。その動作に淀みはない。それだけでみすぼらしい安物のテーブルは、ティータイムのためにコーディネートされる。
続いて、さっと取り出した花瓶を机の上に置く。次に手に取ったのは紙に包まれた薔薇の造花。
ダルタニアンが、薔薇の造花を軽く振って活けると、同時に芳しい薔薇の香りがふんわりと広がった。
気取った仕草であるが、まさに貴公子然としたダルタニアンがやると様になっている。実にエレガントである。
普段から騎士達に使われているせいで漂っていたどこか酸っぱい臭いを、強めにされた薔薇の香りが優しく中和し、テーブルの周囲を薔薇の結界で覆った。
「ふむ」
満足気に笑んだダルタニアンは、白磁のポッドとカップをテーブルに置く。当然、同色に揃えられたカップソーサーとティースタンドも忘れない。
そして、ダルタニアンがパチンと指を鳴らすと、あらかじめ頼んであったのか、運ばれてきた軽食が、ティースタンドに並べられた。
「僕の無理な頼みを聞いてもらえたことの感謝するよ。ありがとう」
「いえ、滅相もありません」
ダルタニアンが礼を言うと、給仕は逃げるように別の仕事へ戻ってしまう。やはり、高位貴族であるダルタニアンに対しては話しかけるだけでも恐縮してしまうようだ。
しかし、ダルタニアンは一歩間違えば失礼なその態度を気にしなかった。無理を聞いてもらった給仕に対し、礼を尽くすべきは自分の方だと考えているからだ。
「さて、今日はどの茶葉にしたものか……」
そうつぶやいてダルタニアンが取り出したのは、幾つかの茶筒だ。それぞれにラベルが付けられ、産地や種類などが記されている。
顎に手を添え、茶筒を前に考え込む姿は、どこか彫像めいており、ダルタニアンのいる一画だけが、絵画の一場面を切り抜いたかのようなエレガントな光景になっていた。
ひとしきり悩んだダルタニアンは、幾つかの茶筒を開くと、それぞれに異なる量を摘み取り、ポッドに入れる。
「今日はこのブレンドにしよう」
そしてついに、ダルタニアンは魔法瓶を取り出した。その形状はまさに白磁のホットウォータージャグであり、ダルタニアンの並々ならぬティータイムへのこだわりが感じられる。
幾つかのスイッチを操作し、ダルタニアンは中の湯の温度を、ブレンドに最適な温度へと変える。
温度が一定のなった頃合いを見計らったダルタニアンの手によって、ポッドにお湯を注がれる。
ゆっくりと茶葉から抽出されていく紅茶が、芳醇な香りを漂わせる。
それを吸い込んだダルタニアンは、上出来だ、という風に笑みを浮かべると、一杯目をカップに注いだ。
口元にカップを当て、すうっと、立ち昇る湯気から紅茶の香りを楽しむ。鮮烈な強さを持ちながらも繊細な香りが、ダルタニアンの鼻腔を撫でる。
「ふっ……我ながら素晴らしい香りだ」
カップを傾け、お茶を口にする。味は薄めだが、一杯目は香りを楽しむもの。味が強すぎてはせっかくの芳香を存分に味わえない。控えめくらいがちょうどいいのだ。
ダルタニアン自身の整った顔立ちも相まって、その様子は、まさに休日のティータイムを楽しむ貴公子の姿そのもの。実にエレガントである。
「何してるんですか? レーヴェル卿」
「やあ、カルロス卿。君もどうだね? 今日のブレンドは実に香りが映えていてね。是非、誰かに御賞味願いたいと思っていたんだ」
「いや、そういうことを言っているんじゃなくてですね……」
カルロスは、先ほどの試合で剣と共に友誼を交わし合った騎士である、ダルタニアンのテーブルの前で、頭痛をこらえるように眉間を押さえた。
冷静に状況を見てみよう。今、彼らがいる場所は、コロッセウムの低層の一区画。騎士達のために設けられた食堂だ。
普段から、訓練するオルレアン伯爵領の騎士達が使っているそこは、お世辞にも綺麗とは言えない。
もちろん、掃除自体は行き届いているのだが、長い間使われてきたことで、染み付いた汚れや汗のすえた臭いは消えない。
参加している騎士達も当然承知しているし、騎士団に配属されている騎士にとっては日常の一風景でしかない。
だが、ダルタニアンの座るテーブルだけは違う。ぴっしりと整えられた純白のテーブルクロスとその色に溶け込むような、それでいて金の装飾が映える食器達。そして、仄かに香る薔薇の香り。実にエレガントである。
いや、訂正しよう。実に浮いていた。その一画だけが、汗臭い男職場という周りの雰囲気から切り離されている。最早、別世界と言っても過言ではないと言えよう。
有体に言えば、カルロスは戸惑っていた。この男は何がしたいのだろうか。もちろん、カルロスとて貴族の一人。ティータイムへの造詣はそれなりにあるつもりだ。
だが、ここは食堂である。断じてティータイムを始める場所ではない。
しかし、ダルタニアンにはそんなことは1セコンドですら意識に留まるようなことではないらしい。
カルロスの答えを聞くまでもなく、新たなティーカップを取り出し、エレガントな手付きで紅茶を注いでいた。
熱い湯気と共に立ち昇る紅茶の香り。確かに、ダルタニアンの言う通り、素晴らしい。
「さあ、座ってくれ。僕の紅茶をご馳走しよう」
「はあ……」
カルロスは突っ込みどころが多過ぎたためか、それとも香りに惹かれたためか、生返事をして席につき、素直にカップを受け取った。
そして、何気ない様子でカップに口を付けたカルロスは驚いたように目を見開いた。
一口口にするだけで、濃厚な、それでいて柔らかな香りが、鼻腔を撫でていく。風がそよぐ草原のただ中にいるかのような、安らぎを与える香りだった。
「これ、いいですね」
「だろう? 僕も自画自賛に値すると思っていてね」
「これ、趣味なんですか?」
「もちろんだとも。僕はアフタヌーンティーに限らず、ティータイムが好きでね。幼き日より侍女に教えを請い、腕を磨き続けてきたのだ!」
自慢げに語るダルタニアン。しかし、侍女に茶の技術を習ったなどということを自慢げに語る高位貴族は滅多に、いや、他にいないだろう。
身分が下の者に教えを請うなど、高位貴族のプライドが許すはずもないのだ。にも関わらず、ダルタニアンはそれさえも、自分の誇るべきことだと考えている。単に無頓着なだけではあるまい。ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは、常に誇り高き貴族である。
「……で、それでわざわざセッティングしたんですか?」
「む、何か問題があるのかい?」
「いや、そういうわけじゃありませんけど……」
ダルタニアンが自身で勝手に準備していたのは見ているので、特に問題がないといえばない。ないのだがーー
「もう少し、場所を選びませんか?」
ーーもう少し、空気を読むべきではなかろうか?
「僕は妥協しない主義でね。そう! いかなる時も僕の探求は続いているのだ!」
大仰な仕草で手を広げた。その時、ダルタニアンのすぐ後ろを、トレイを手にした少年が通りすがった。
カルロスがまずい、と思う間もなく、ダルタニアンの手は少年の持つトレイにぶつかるーー
直前、少年の右手がトレイから離れ、ダルタニアンの手首を掴み取り、捻り上げていた。
「だから僕は……痛い! 痛い!」
「……またおまえか」
呆れたように言う少年は真紅の瞳を持っていた。ちらりと向けられた視線が合う。その瞳の紅は煉獄の炎の如き輝きを放っており、カルロスは、冷たい死神の手で、心臓を撫でられているかのような感覚に、思わず身を震わせた。
少年は興味をなくしたようにカルロスから目を逸らし、痛みに悶絶するダルタニアンから手を離した。
「うぐあ……!」
手を離されたにも関わらず、捻られた体勢のまま、呻くダルタニアン。
うるさかったのか、顔を顰めた少年は容赦なく手刀をダルタニアンの後頭部に向けて振り下ろした。
「ごふぁっ!」
テーブルに顔面を叩きつけられる形になったダルタニアンは、高貴な貴族にあるまじき、尻尾を踏みつけられた猫のような悲鳴を上げる。しかし、紅茶が注がれたティーカップだけは、手元からずらして死守している。
紅茶へ捧ぐその情熱。実にエレガントである。もっとも、倒れ伏す見た目にはエレガントさの欠片もないが。むしろ、無様である。
ダルタニアンを瞬殺して黙らせた下手人であるところの少年は、何も言わず、彼らに背を向けて歩き去っていく。
ただ自分の邪魔をしたから排除しただけだ、と言わんばかりの態度に、カルロスは反発を感じるが、あの瞳を思い出すと、動き出すに動き出せなかった。あの目は、人を躊躇なく殺せる者のそれだった。
しかし、カルロスは一つ失念していた。世界一空気を読めない男が自分の前で伏していることに。
「待ちたまえ! アルカンシェル卿!」
「うるさい」
「あっ、すいません……」
煩わしげに言う少年ーーアルカンシェルの威圧感に、ダルタニアンは思わず謝罪する。だが、すぐに正気を取り戻すと、
「先ほどの謝罪も兼ねて、君にも僕のブレンドをご馳走したい。座ってくれるかい?」
「必要ない」
「そう言わずに座ってはもらえないか? 僕は君と話してみたいのだ」
「俺は興味がない」
「ふっ……遠慮することはない。騎士として、友誼を深めようではないか」
「興味ないな。おまえと友誼を深めることに価値を感じない」
返ってきたのは明確な拒絶。しかし、それでめげるようなダルタニアンではない。
「どうせ決勝でぶつかるというのに、冷たいものだな、アルカンシェル卿」
「大した自信だな?」
「当然! 僕は君と戦うといったはずだ! 僕は騎士として、約定を違えることはない!」
「……そうか」
アルカンシェルはやはり興味なさげな無表情のままだ。だが、周囲の注目が集まっていることに気が付いて表情を歪めた。
そして、無言のままダルタニアンとカルロスの双方と間を空けて席に着いた。
どうやら、これ以上無駄な注目を集めるのは得策ではないと判断したらしい。
「ふっ……」
なにやら満足げな笑みをこぼすダルタニアンだが、アルカンシェルが座った理由はおそらく理解していないに違いない。カルロスはひっそりとそう思った。
「僕の自信作だ。ぜひ楽しんで欲しい」
ダルタニアンは濃く出過ぎた紅茶に、ホットウォータージャグの魔法瓶から追加のお湯を注ぎ、アルカンシェルの前に差し出した。
アルカンシェルはなにも言わず、湯気を立てる紅茶を口にし、一息で全てを飲んでから口を開いた。
「香りが強すぎるな。味が負けている」
「ふむ……」
唸るダルタニアンに対して、アルカンシェルはそれ以上のことはなにも言わず、トレイの上の昼食を食べ始める。肉系が多いが、全体としてはバランスのとれたメニューだった。
ただ、彼は東洋から伝わったというハシを使っていた。フォークとナイフとスプーンが基本のこの楽園では珍しいが、趣味なのだろうか。
そういえば、ヴィクトール伯爵に仕える騎士であるとの話だが、貴族のお抱えのしては、妙に庶民的な食事を好んでいるように、カルロスの目には映った。いや、それ以前に、態度が悪過ぎるような気もするが。
「なるほど……」
確かに味が負けている。一杯目、すなわち、香りを嗜む茶としては最高の一杯として仕上がっているが、二杯目以降、すなわち、味を楽しむ茶としては、相応しくない。
味が弱過ぎて、香りに負けてしまっている。香りと同等の存在感を示さない味では、嗅覚と味覚に同時に訴える至極の一杯とは言えない。ダルタニアンの目指す到達点とは言えない。
「足すべきはアッサムか……いや、それではこの香りが崩れてしまう……」
ダルタニアンは様々な配合を考えてはみたが、今の香りを歪めず、味を主張させる方法はついぞ思いつかなかった。
そんな時、いつの間にか用意されていた軽食のスコーンを齧っていたカルロスがふと尋ねた。
「そういえば、レーヴェル卿の次の対戦相手誰でしたっけ?」
「ふっ……誰であろうと関係はない。僕の勝利は揺らがないのだから!」
「うるさい」
「そう、この僕、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルに敗北の二文字はあり得ない!」
「うるさい」
「カルロス卿、僕は君に勝利した騎士として、この刃を勝利の栄光に輝かせることを誓おう!」
ダルタニアンが胸を張り、騎士の礼を取る。しかし、礼を向けられたカルロスには礼を返す余裕はない。ダルタニアンの声は少々大き過ぎた。そのことに苛立つ人間がすぐそばにいることを彼は忘れてはいやしないか。
視界の隅に見える気配が恐ろしい。騎士とは、こうも凄まじい殺気を放つものだっただろうか。というか、アルカンシェルとかいうこの男は、本当に礼節を重んずる騎士なのだろうか。正直、暗殺者か何かと言われても納得できる。
その時、にゅっと伸びた手がダルタニアンの顎を掴み、頬をぐしゃっと押し潰した。もう一方の手はハシを動かすのをやめていない。両手で別のことが同時にできるらしい。なるほど、器用である。
「ぐみゅっ!」
栄えあるレーヴェル家嫡男にあるまじき、踏みつけられたカエルが潰れるような音が、カルロスの耳に聞こえた。
貴族とは、こうも容易く無様を晒す存在だっただろうか。試合中に見せた誇り高き騎士としての一面と、この普段の、貴族とは思えないほど腑抜けた一面が全く繋がってこない。
いずれにせよ、ダルタニアンは一般的な貴族ではないのはよくわかったが。
あまりに濃い面子に囲まれたカルロスはどうすればいいのか、まったくわからなかった。いや、むしろ、目の前で起こっている事象をなんとかできる人間がいるなら会ってみたい。
「声が大きい、うるさい。静かにできないなら黙れ。いいな?」
「ま、待ちたまえ、これは騎士として……」
「いいな?」
「あっ、はい。わ、わかりました。以後気をつけます」
なぜ侯爵家の嫡男が、平身低頭して謝っているのだろうか。先ほどからカルロスの疑問が尽きることはなかった。いや、確かに、アルカンシェルの殺気が怖いのは分かるのだが。
しかし、いくら世界広しといえども、侯爵家に名を連ねる高位貴族を腕一本で謝らせる騎士は稀だろう。しかも、身分的にはただの騎士でありながら。いや、逆か。謝る方が珍しいのかもしれない。
諦観気味になり、目が死んできたカルロスを余所に、アルカンシェルはダルタニアンから手を話、食事に戻る。いや、元から手を止めてはいなかったが。
「アルカンシェル卿の相手は誰ですか?」
「興味ないな。負ける要素がない」
「…………」
傲岸不遜。アルカンシェルの態度はそれに尽きた。対戦相手を気に留めてすらいない。詰まる所、相手にもならない、と言いたいのだろう。
実際、アルカンシェルの技量は他の騎士と比べても抜きん出ているのだろう。優勝候補の一人であったミハエル卿を一方的に沈める男が弱いはずがない。
しかし、二人して己の勝利を疑っていないとは、どういう神経をしているのだろうか。片方は特に根拠はない自信故に、片方は己が技量への絶対的自信故に、という理由の違いこそあれ、どちらにせよ図太過ぎる。
「はあ……」
「カルロス卿、そのような溜息は騎士には似合わない。そうは思わないか? 無論、悩みがあるなら、この僕が聞こう!」
当人に自覚はないようだが、カルロスの溜息の原因の一つ、というか元凶の大半はダルタニアンである。
残念ながら、カルロスはこの常識をぐしゃぐしゃに丸めて海に投げ捨てたような二人とは違って、十分に常識人であった。この二人を理解するには少々、役が不足していると言わざるを得ない。
「……いえ、いいです」
「そうかね?」
「ええ、むしろ清々しい気分になりましたね」
「ほう……? では、相談したくなったらいつでも連絡してくれたまえ! 僕は我が盟友たる君が心の内を語ってくれるのを心待ちにしている!」
「はあ、まあ、機会があれば」
「もちろんだとも! 僕はいつでも! どこにいようとも! 君の元に駆けつけると約束しよう!」
「はあ……」
もちろん、頭痛の種であるダルタニアンにわざわざ相談ごとを持ち込むことはないだろう。とはいえ、騎士として立会いたいという思いはある。どれだけダルタニアンをめんどくさい御仁だと思っていようとも、いずれ、騎士としての自分は彼を訪ねるであろう。
つまるところこういうことである。慣れればいいのだ。慣れれば。諦めればいいのだ。諦めれば。
その結論に達したカルロスはいっそ腹立たしいほどに清々しい笑みを浮かべる。しかし、その目は笑っていない。宿るは諦観であり、スルーしようという心意気である。
「まあ、俺はどうでもいいんですけど。学習しませんね、レーヴェル卿は」
「ふっ……何を言っているというのだね? 僕はいつでも、学びの門戸を開き! そして吸収し続けている! そんな僕にそれほど似合わない言葉は……いだっいだだだっ!」
もちろん、ダルタニアンの顔面にアイアンクローをかましたのは、もう一人の同席者、アルカンシェルである。まあ、カルロスにも気持ちはわからないでもない。というか、もはや共感できる。
「いい加減にしろ」
「いだっ、いだい! わかった! わかったから放してくれ!」
アルカンシェルは、ダルタニアンの頭を話す。彼はいつの間にか食事を終えていたらしく、ハシはその手を離れていた。
「ふう……アルカンシェル卿。少々、君は暴力に訴え過ぎではないかい? 騎士ならば、そう! エレガントに! エレガントでなければーーは、はい、すいませんでした」
持論を語り出したダルタニアンは、アルカンシェルの真紅の瞳の煉獄の溶岩の如き輝きを前に沈黙する。侯爵家嫡男の立場がどんどん下がっているように見えるのは気のせいではあるまい。
しかし、そんな彼にもただ一つ、譲れないことがあったようだ。
「待ちたまえ!」
「なんだ?」
ダルタニアンが、アルカンシェルの手を掴む。アルカンシェルの手は、紅茶のポットへと伸びていた。どうやら、紅茶を淹れようとしていたらしい。
「君は僕が、ティータイムに誘った客人だ。客人自ら茶を淹れさせるなど、ホストとしての名折れ! それだけはできないのだ!」
「そうか」
「僕にこれ以上恥を上塗りさせないでくれたまえ」
いや、現在進行形で恥の上塗りをしていると思うのだが。
輝くブロンドを、純白の手袋をつけたダルタニアンの手がさっと払った。相変わらず様になっている。実にエレガントである。
「…………」
「…………」
「アフタヌーンティーとはすなわち聖域! 紅茶を楽しみ、そのパフュームで心を紐解く……そして、穏やかな心持ちで語り合う……そんな、安息の場なのだ……」
「…………」
「…………」
「そう! その安息を与えることこそがホストの使命! 常にエレガントに! そして、細やかな気遣いを忘れることなく! ゲストをもてなさねばならない」
悩ましげな様子で額を抑える。どの角度から見ても、彫像のように美しさを欠くことのないその仕草。実にエレガントである。
「本来ならば、紅茶を注ぐということを意識させてはいけなかった! だというのに、君にその手を出させてしまった!これも僕の未熟故だ。許して欲しい」
「…………」
「…………」
「おっと、すまない。では、紅茶を淹れよう」
アルカンシェルの手を掴んだままだったことに気が付いたダルタニアンが手を離す。そして、ポットを手にすると、エレガントな動作でアルカンシェルのカップに紅茶を注いだ。続けてホットウォータージャグの魔法瓶からお湯を注ぎ、味を調える。
アルカンシェルは無言のまま受け取ると、それを口にし、あっさりと空にする。無言なのが逆にカルロスの恐怖を煽っていた。
「なるほどな。濃いめに淹れれば悪くない」
「そうかね?」
「ああ」
にこやかに笑みを浮かべるダルタニアンと、無言のまま立ち上がるアルカンシェル。
「…………」
「…………」
「……ごふっ!」
「…………」
ポットをテーブルの置いたダルタニアンの腹に容赦のない拳が突き刺さる。
カルロスはぼそりと、
「ですよねー」
「くっ……相変わらず鋭い……」
「じゃあな」
呻くダルタニアンには答えず、一言だけ残したアルカンシェルは背を向けて、去っていく。
「アルカンシェル卿! 決勝で会おう!」
ダルタニアンがその背に向かって叫ぶと、アルカンシェルは軽く片手を上げて答えた。珍しい。この短い付き合いでも彼がそういうタイプではないのは見たらわかることだった。
「ふっ……」
ダルタニアンは颯爽とした笑みを浮かべ、カルロスのカップに紅茶を注ぐ。先ほどと同じ割合で湯を加え、ソーサーに乗せてカルロスに差し出す。
「いいですね、これ。なんというか、鼻にも舌にも響いてくるっていうか」
自分の語彙力のなさがもどかしい。そう感じるほどに素晴らしい一杯だった。
しかし、ダルタニアンは答えなかった。彼は既に、己の世界にいた。
最後に、ダルタニアンは、先んじて湯を蓄えた自分のカップに紅茶を注いだ。そして、カップを満たすと同時に、最後の一滴が落ちた。
ゴールデンドロップ。
紅茶を愛するものなら誰もが知る、茶葉のエッセンスが詰まった最高の一滴ーー
ダルタニアンは、カップに残った紅茶をアルカンシェルと同じように、ぐいっと飲み干すと、心底楽しそうに笑った。
「なるほど、確かに我ながら素晴らしい……しかし、僕の目指す至極の一杯には、まだ遠い……」
颯爽と立ち上がったダルタニアンは天井を、いや、その先に広がる蒼穹を幻視した。
紅茶も騎士道も同じ。目指す地平は果てなく、臨む道の先に続いている。
アルカンシェルは、騎士としてダルタニアンより先を行っている。
なればこそ、彼と戦うことで、その地平線の彼方を見ることができる。
そう望むならば、まずは、彼の足元に届かねばならない。
「だからこそ、辿りついてみせるぞ、アルカンシェル卿! ふっふっふっ……はっはっはっ!」
ほとんどの騎士達が出て行った食堂に、ほんのりと薔薇香る高笑いが鳴り響いた。
ここ最近、3桁台のアクセス数が増えてきました。
ありがとうございます。
感想・誤字脱字等あれば。
待ってます。
追伸
三章は戦闘シーン多目で長くなります。
視点の変更も多いので、幕間も多いです。
というか、書いてたら字数が……




