騎士 -oath of sword- 幕間-01
コロッセウムの最上階。貴族の中でも、特に高い身分を持つものだけが入ることが許される階層の端にある一室。
そこは闘技大会を主催するオルレアン伯爵家に与えられた部屋であった。
大きく取られた窓から、一回戦が終了し、片付けが進む階下の闘技場の様子を見ていたのは一人の女だった。
暗めの金髪を長く伸ばし、中分けにした凛々しい美女である。鋭く吊り上がった眦の奥の瞳は珪化木の複雑さを帯びた輝きを放ち、その眼光は空を睨み、直前まで行われていた試合を思い返し、騎士達を品定めしていた。
「アルカンシェル。そして、レーヴェル。この程度か。新人で多少は見所のある騎士は」
女ーーザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンは、一回戦の結果をそう評した。
数ヶ月に一度行われるこの大会に、目立って優れた騎士が参加することは少ない。
そういった騎士の大半は、高位貴族のお抱えの護衛や境界線の防衛など、別の任についている。
このため、いかな、このコロッセウムがあらゆる騎士に門戸を開いているとはいえ、実際に闘技大会に参加するのは、各領の騎士団に属する者か、騎士養成所を出たばかりで、まだ配属先が決まってない若手の騎士ばかりなのだ。
無論、その程度の騎士が、円卓の騎士の一角を任されるザビーナの足元に及ぶはずもない。
挑戦者を圧倒的な強さで破るという展開がお約束と化しているのも、こういう事情があった。
もちろん、元からそうだったわけではない。今ではそうなってしまっているものの、ザビーナが円卓の騎士となる前は、強豪の騎士達も良く参加していたのだ。
当時、騎士となったばかりだった若き日のシェリンドン・ローゼンクロイツとジェラルド・カルティエが参加し、並み居る強豪を打ち破って、決勝戦で一騎討ちの激戦を繰り広げた、というのは、今でも、かつてのコロッセウムを知るものの中では語り草となっているほどだ。
しかし、今代のオルレアン伯は先代までの経営方針を一新させ、純粋に戦技を披露する場であったコロッセウムは、商業ベースのスポーツとなり、オルレアン伯爵家の経済的重要拠点となった。
そこからだ。自身の戦技を好敵手とぶつけ合うことを望んでいた騎士達の心が離れたのは。今のコロッセウムは見世物でしかないのである。
ザビーナ自身はそのことに特に感慨はない。当主の決定に従うのは貴族として当然であるし、あえて優れた技量を持つ騎士達を集め、その戦技を競わせることに大きな意味はないと思っているからだ。
とはいえ、幼き日に騎士に憧れる要因となった、あの心踊る戦舞をここで目にすることはできないのだと思うと、多少残念な気持ちはあるのだが。
「シャントゥールも加えてもいいかもしれんが、後は特筆すべきものはない、か……」
ザビーナはつぶやく。やはり、若手の騎士達の技量の低下が目立つ。一回戦を勝ち抜いた騎士の大半は、過去に出場経験があるものばかりだ。初出場の騎士や養成所を卒業したばかりの若手の騎士の大半は、一回戦敗退に終わっている。
「ふんっ、これでは戦力の拡充は難しいか」
先日から世間を騒がせている反動勢力、革命団は推定される規模こそ小さいものの、その戦力は相当なものだと想像される。
恐るべきは、機体の性能差をものともしない、革命団の騎士達の技量だ。時に〈ミセリコルデ〉で、時に〈エクエス〉で性能差のある機体を相手にし、撃破してきた彼らの技量は素直に評価に値する。
貴族院の馬鹿共は、〈ガウェイン〉が彼らの手に落ちたことばかりを警戒しているが、本当に警戒すべきことはそれではない。
確かに、〈ガウェイン〉は、傑出した性能を持つ円卓の騎士機であるが、たった一機でできることなど限られている。
〈ガウェイン〉のパイロットーー『レジスタンスの二刀使い』などと関係者の間で呼ばれている騎士は、相当な技量の持ち主であることは間違いない。
かの円卓の騎士、シェリンドン・ローゼンクロイツの〈ガラハッド〉を中破、さらに、親衛隊機の撃墜、最近では、ロベスピエール伯爵旗下の騎士団二個中隊を単騎で壊滅させるなど、革命団の活動開始以後、二刀を操るMCがあげた戦果は目覚ましい。
しかし、こと一対一の立会いにおいて、この騎士と〈ガウェイン〉では、シェリンドン・ローゼンクロイツの〈ガラハッド〉に及ばないことは証明されている。
円卓の騎士一人で止められるのであれば、一機しかない革命団の方が不利だ。
つまり、全面戦争をすれば、革命団の勝利はあり得ない。
故に、ザビーナが注目しているのは、他のメンバーだ。
つい数日前、彼らは元老が一人、コルベール男爵の騎士団を襲撃している。油断こそあれ、万全の装備を整えていたはずの騎士団は、革命団のMC、たった6機によって壊滅した。
ただの壊滅ではない。優れた技量と豪放な性格から信を集めていた騎士団長、ダニエル・クレセント・ド・コルベール駆る〈レギオニス〉さえも撃破されている。
生存者の報告では、奇襲をかけてきた敵部隊に〈ガウェイン〉の姿は確認できなかったとのことだ。
つまり、団長機を含めてもなお、一個大隊程度の騎士団では、革命団のMC6機と同程度の戦力でしかないということだ。
他の貴族連中はどうかは知らないが、ザビーナはこの事実を非常に重く見ていた。ただの騎士団では革命団は止められない。ただのレジスタンスと侮るのは危険だと、ザビーナの騎士としての勘は告げている。
だというのに、元老院で決定された方針は、各々で個別に対応せよ、だ。これでは、みすみす反動勢力共を見逃し、貴族側の被害が拡大することになる。
自領を引いては、貴族の支配構造を守るためにも、一刻も早く、騎士団の戦力を拡充しなければならないのは自明の理だった。
故に、この闘技大会の中で、配属先が決まっていない若手の騎士の中から、新たな戦力を引き抜こうと模索してはいたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば、若手はほとんどが一回戦敗退を喫し、残っているのは、並の騎士団に所属する程度の騎士が大半。腕の立つ騎士はと言えば、知った顔ばかりで、親衛隊や近衛騎士団だ。これでは、誘いには応じるまい。
結局のところ、フリーで使えそうな騎士はといえば、レーヴェル侯爵家の嫡子に、シャントゥール子爵家の次男。
そして、フリーではないが、ヴィクトール伯爵のお抱えという、怪しい身元のアルカンシェルのみ。
「毎年あれだけ出資しているんだぞ。まったく……なんという体たらくだ」
オルレアン伯爵家として、騎士養成所への金銭的支援も行っているのだが、この程度の成果しか出せないのならば、出資を取りやめるよう当主の進言すべきかもしれない。
もちろん、そこまで期待していたわけではない。だが、それにしても格が低過ぎる。
騎士団の部隊長クラスの騎士が大半なのだから、それに届かないまでも、打ち合っては見せなければ。容易く敗れているようでは、部隊長クラスの騎士を複数機相手にしてなお、勝利を収める革命団の相手を務めるなど不可能だ。
「まあいい」
残念ながら、目的は達せられなかったが、今は大会をつつがなく終わらせることが先だ。そのためにも一つやっておくべきことがあった。
ザビーナは、机の上に置かれていた通信機を手に取り、会場の警備を行っている部下に繋げた。
「私だ。ヴィクトール伯に見張りを付けろ。常に動向を確認しておけ。異変があれば知らせろ。いいな? それと、あのアルカンシェルとやらの身元を洗え」
ヴィクトール伯爵家は、数ある伯爵家の中でも、非常に力ある貴族だ。青き血は旧く、その権力、経済力は相当なもので、振るう采配は確かな評価を得ている。
事実、今回の元老候補の一人であり、三公の一角、アマリリス公爵家を含む一部の貴族が強硬に反対しなければ、元老となっていたであろうと言われているほどだ。
しかし、その一方で、軍事、特にMCとその搭乗者たる騎士の質に関しては、力を入れてこなかったこともあって、そこまでのものではない。事実、その名義で誰かをコロッセウムに参加させたことはない。
そんなヴィクトール伯爵が、アルカンシェルなる騎士ほどの人材を見つけられるとは思えなかった。
それに、そもそも、ヴィクトール伯爵はコロッセウムで行われる闘技大会に興味を示したことはない。今まで一度もコロッセウムに来たことのなかった人物が突然参加したのだ。何かあると考えるのは自然なことだ。
それが、ヴィクトール伯爵という、三公の一角にすら警戒を抱かせる野心に満ちた人物であればなおのことだ。
もちろん、何もないならそれで構わないが、警戒しておくに越したことはない。何かあってからでは遅いのだから。
「いいな? 何を企んでいるか分からんぞ。奴らから目を切るな」
通話を終えたザビーナは、ゆったりとソファに腰掛けると、豪奢なブロンドをさっと払うと、
「何を企んでいるのかは知らないが、叩き潰させてもらうぞ、ヴィクトール」
そして、薄く笑みを浮かべた。それは間違いなく、生態系の頂点に立つ捕食者のそれだった。




