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エゴイスト・ヒーローズ  作者: 神楽 悠人
エゴイスト・ヒーローズ1
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 転校初日。

 時間は7時半。

 守は一人、通いなれない通学路を歩いていた。

 五月の半ばだというのに、未だに咲いている桜の花びらが風に吹かれて散り、守の顔包み込む。

 先月の頭、親の仕事の関係で急遽引っ越すことになった。

 前の学校に通っていた期間はひと月にも満たない。しかし、それでも友達――というよりは話のあう知人というべきか――はできた。悲しくないと言えば嘘になる。

 しかし、今の守に一人で生活するだけの経済力も、また生活力もない。料理もできないし、自分の部屋すらろくに片づけられない。そんな人間が一人暮らしなど、暴挙に等しい。

 そんな理由で今日から新しい高校に通うことになったのだ。

 自宅から学校までは徒歩で二十分。遠すぎず、近すぎずの微妙な距離。

「はあ……」

 守はため息をついた。

 どうせならもっと近くでいいのに。

 遠くから学校に通うメリットなど基本的にない。家は学校に近いにこしたことはないのだ。近ければ近いほど寝むれる時間は多くなるし、雨が降っても雨にさらされる時間がすくなくてすむ。学校が終わればすぐに家に帰って遊べるという利点もある。

 まあ、唯一のデメリットとあげるとすれば友達とおしゃべりしながら帰るとかできなることだが……。

 歩くこと十五分。

 目的地である高校、桜彩学園が見えてきた。

「やっぱり、でかいな……」

 立ち止まって、守は学園を見上げた。

 そこには六階建ての綺麗な校舎があった。

 編入試験の時にも来たが、規模が尋常ではない。

 桜彩学園は中高付属の一貫校で地元でも有名な私立高校だ。

 全校生徒は中学高校で千五百人。

 単純に考えれば、一学年二百五十人。

 守の通っていた小学校には一学年に九十人、中学に入っても一学年百二十人が限界だった。

 違いは明らかだ。

 それが今年からは更に倍になるというのだから、もはや想像もできない。

「…………」

 守は大きな深呼吸をした。

 今日から新しい生活が始まる。

 この規模だと学年が変わり、クラスが変わってしまったら話す機会などなくなってしまうだろう。それを防ぐには今年のうちに仲のいい人を一人でも多く作っておくべきだ。

「……よし!」

 気合を入れて校門に向かい、歩き出す。

 その時――。

「ねえ、少しだけだからさ」

 守の決意に水を差すように、聞き覚えのない声が俺の鼓膜を震わした。

 校門まで数メートルの位置にある店と店の間にできた薄暗いスペース。

 そこに悪ですよと言わんばかりの恰好をした男が三人、そして制服を着た女の子――俺と同じ高校の制服だ――がいた。

 男の髪色はそれぞれが金、銀、茶髪と、ド派手だ。そして、その間にいる女の子は黒髪の、おとなしそうな子だった。

 腰に届くのではないかというくらいに伸びた艶のある黒髪。

 雪のように白い肌。

 高校生とは思えないほどに成長した豊かな胸。

 それでいてお淑やかな雰囲気を醸し出している。

 三人が声を掛けたくなるのもうなずけるほどの美人だった。

 守は気づかれないように近づき、聞き耳を立てた。

「君、可愛いね。どう? これから俺たちと遊ばない?」

 金髪男はそう言いながらにやにやと笑う。

 絵に書いたようなナンパだ。

「こ、これから学校があるので……」

 女の子は気が弱いのか、小さい声でそう言うと路地が抜けだそうとした。しかし、男たちがそれを許すはずもなく――。

「待てって」

 そう言って金髪は彼女の手首をつかんだ。

「俺たちと遊んだほうが絶対に楽しいからさ」

「そうそう。一緒にカラオケとホテルとかいかない?」

 つられるように銀髪と茶髪の男たちも口を開く。

 開口一番にホテルという単語が出るあたり、そっち系の人なのだろう。

 それを聞いて女の子は、学校があるので、と言って慌てて振り払おうとする。しかし、男の腕力に細身の女の子が勝てるはずもなく、強引にまた薄暗い路地に連れ込まれてしまった。

 女の子の目にはうっすらと涙が溜まっていた。

 それを見て男たちはさらにテンションを上げる。

「みろよ、この子泣きそうになってんぞ」

 銀髪が下品な笑い声をあげた。

「もうさ、ホテルとか行かないでここでよくね?」

 茶髪がそう言った。

 流石の守も固まる。

 ここでいい? まさか昼間から?

「い、いや!」

 その言葉を聞いてか、女の子は小さな悲鳴を上げた。しかし、すぐさま男に口をふさがれてしまう。

「大丈夫だって。俺たち上手いから」

 そう言うと男たちの手が女の子のスカートに伸びる。

 流石に限界だった。

「はい、ストップ」

 女の子が自力で逃げ出せればそれでいいと思っていたが、ここまで行くと流石に止めざるを得ない。

 守は強引に男たちから女の子を引きはがして、背中に隠した。

 ああ、なんか懐かしいな、これ。

 そんなことを考えながら、三人と対峙する。

「誰だてめぇ!!」

 茶髪男が怒鳴った。

「うーん……転校生ですかね。あ、通りすがりの」

 生きているうちに言ってみたかったセリフを口にした。まさか、本当にこのセリフを言う機会が来るとは夢にも思わなかったが。

「はあ?」

 守の言葉を受けて、段々と顔色を変えていく三人。

「その子、俺たちの連れなんだけど」

 茶髪男がそう言った。

 他の二人もそれに便乗する。

「そうだぜ? それをいきなり出てきて邪魔しやがって」

「お前、どうやって落とし前つけんの?」

 やっぱりこの手の人種は馬鹿ばかりだ。

「さっきからずっと見ていたけど、強引にやろうとしていたじゃないか。まあ、仮にお前らの言葉を信じるとして、この子の名前言えるのか? まさか連れなのに名前を言えないとか言わないよな?」

 俺の言葉を聞いて、一人が渋い顔をする。

「俺さ、お前らみたいなやつ見てると吐き気がするんだよな。ナンパが悪いとは言わないけどさ、外見だけで女の子を薄暗い路地に連れ込んでさ。お前ら、猿?」

 この言葉を受けて三人の視線が守に集まる。

「……黙って聞いてりゃ、調子にのりやがって!」

 三人が守を取り囲むように移動した。

 逃げ場はない。

 本当ならいくらでもやりようはあったかもしれない。でも守にはこれしか思いつかなかった。

「はあ……」

 守は盛大なため息をついた。

「ほんと、相手の力も測れないような雑魚とやる気はないんだけどさ……」

 その声は自分でもわかるほど冷めたものだった。

「……いいよ? やろうか」

 守は笑みを浮かべ、腰を落とす。

 それをみて男の一人が一歩後ずさった。

 男三人に囲まれても笑みを浮かべる守が気味悪かったのだろう。

 俺は右手をポケットに手を入れてあるものを取り出した。

「……え?」

 その声の主は意外にも後ろの女の子だった。

 ――きっと信じられないものを見るような顏をしているんだろうなぁ。

 守はポケットから取り出したそれから出ている紐に指を掛ける。

「お前ら、俺に喧嘩売ったんだ。覚悟はいいな?」

 その言葉で呆然としていた男たちは我に返ったようだ。

「ちょ!」

 慌てた男たちを前に俺は容赦なくそれを引き抜いた。


「君たち……転校初日から何やってるの?」

「す、すみません」

「ご、ごめんなさい……」

 職員室にて、守と絡まれていた女の子は説教の最中だった。

 転校初日から問題を起こしたのは守たちが初めてらしく、周りの先生方も珍しい物を見るような目をしている。

「まあ、今回は不良に絡まれたのが原因だというし、暴力も振るわなかったらしいから、これ以上は言いませんが」

 そういうと先生は守をジトッとみた。

「暴力はいけませんからね」

 それに答えるように守も笑顔で見返す。

 それを見て一瞬、先生は顔をゆがめたが、すぐに元に戻る。

 そう、先生の言うとおり、今回は暴力を振るわなかった。

 小学生の頃の経験をいかし、模索した結果、守は一つの結論にたどり着いていた。

 法律を今から変えることはできない。

 今の法律では暴力は許されない。

 ならば、暴力を振るわずに相手を撃退すればいいのだ。

 そこで活躍するのがこれである。

 大音量の防犯ブザー。

 小学生や中学生を対象とした犯罪が増える昨今、防犯ブザーの需要は高まっていて、今では三ケタに届くのではないか、というくらい種類が増えている。

 守はその中でも一番人気の防犯ブザー、騒音君を所持している。その名の通り、馬鹿みたいに大きな音を出す防犯ブザーで、その騒音値は110デジベル――車の警笛に匹敵する――で、シリーズの中で最も音量が大きい。ただし、あまりに爆音のため、誤って鳴らしてしまわないようにロックがついていたり、また、十五歳以上が対象だったり、スピーカーが壊れるために使用は二度が限界だったりと、不便ではあるが。

 しかし、暴力を振るわずに相手を撃退できる。

 撃退できなかったとしても誰かが駆けつけてくれるのは確かだ。

 事実、このブザーで学校の警備員を呼び出すことに成功し、事なきを得た。

おそらく、これほど優れた武器はないだろう。

「でも、そのブザーはできたらやめてちょうだいね。先生たちもびっくりしていたから」

 職員室は校門からかなり離れているはずなのに。流石は騒音君。

「さて、お説教はこのくらいにして、さっそく教室に案内するわね」

 そういうと、先生――どうやら担任らしい――は守たちを連れて職員室を出た。

「なんか……」

 教室に向かっている途中、転校生の女の子が口を開いた。

「うん?」

「え? あ……」

 どうやら独り言だったらしい。頬を赤くする女の子。

「……なんか、この学校って大きいですよね」

 しかし、話を続けた。

 見かけによらず、めげないタイプらしい。

「だな。俺の通ってきた小学校よりも中学校よりもはるかにでかいから迷子になりそうだよ」

「で、ですよね」

 そう言って笑う女の子。

 桜彩学園は六階建ての本館、四階建ての別館からなっている。本館と別館を三階にある渡り廊下でつないでいるため、上から見るとHの形になっているが特徴だ。

本館の一階には職員室などの先生が利用するスペース、二階から順に中学一年、二年となっていて、最上階の六階が高校二年生の教室になっている。

 ちなみに高校三年生は完全に自由登校なため教室はない。その代り、専用の図書館を別館の最上階に設けている。

また別館には部室と運動部が使うトレーニングルームを完備している。

学校紹介のパンフレットに書いてあった通り、勉学だけでなくスポーツにも相当力を入れているようだ。

「あ、そういえばまだお礼を言っていませんでした! 先ほど助けていただきありがとうございました」

 女の子が思い出したように頭を下げる。

「いやいや、別にたいしたことしてないよ。俺は防犯ブザー鳴らしただけだし」

 そういうと女の子は苦笑した。

「それでも助かりました。助けてもらえなかったら今頃どうなっていたか……」

 たしかに、守があの時間にあの道を通らなかったら彼女はひとりで対応しなければならなかった。そうなっていたらきっと大変なことになっていただろう。

「だから、ありがとうございます」

 女の子は再び深々と頭を下げた。

「どういたしまして」

 そう言って笑うと、女の子も笑った。

「二人とも、仲がいいのはいいけど、教室ついたわよ」

 先生がガラガラっと扉を開けると、中からにぎやかな声が聞こえてきた。

 守たちも先生のあとをついていくように教室に入る。

 教室内の全生徒の視線が俺と、隣の女の子に集まる。

「ほら、自己紹介しちゃって」

 先生の指示に従い、教卓の中心に立つ。

 ……自己紹介って緊張するんだよな。

 人前に立つのは昔から苦手だった。しかし、守は転校生という立場だ。内部進学がほとんどのこの学校で転校生は馴染むのに苦労するに違いない。自己紹介くらいしっかりこなし、好印象を持ってもらわなければ、クラス替えのたびに友達を作り直さなければならないという事態にもなりかねない。

 守は深呼吸をすると

「初めまして。風見守です。父の仕事の関係でこの中途半端な時期に転校してきました。色々と不慣れでみなさんに頼ることが多くなると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 昨晩から考えていた自己紹介の文章を読み上げた。そして軽く頭を下げる。

 まばらな拍手。

 まあ、こんなもんだろう。漫画やアニメの世界では転校生=人気者だが、現実ではそうそうない。ひどいと無関心ということもあるらしいから、拍手をもらえただけいい方だ。

 自己紹介を終えると、隣にずれる。

 次は隣の女の子の自己紹介だ。

 「は、初めまして。山下恵です。え、えっと……よ、よろしくお願いします」

 緊張のせいか、あまりに短く、シンプルな自己紹介だった。しかし、

 拍手喝采。

 まるでオリンピック開催が決まったかのような拍手が巻き起こった。

 守の時には目もくれなかった生徒――というより、男子――がみんなそろって拍手している。

 なんだろう、この敗北感……。

 考えていたことが表情にでたのか、隣で担任の先生も苦笑していた。

「じゃあ、風見くん、山下さん、後ろの空いている席に座ってくれる? ホームルーム始めたいから」


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