斎藤ーの憂鬱
天高い、秋の日。
沖田総司の手元に、一枚の紙が差し出された。
そこには、こう書かれていた。
**『沖田総司しもべ券 一回有効』**
先日、風邪を引いたとき、仕事を代わってもらったお礼に、沖田が永倉新八に発行した券である。
これを使われると、沖田はなんでも言うことをきかなければならない。
そして今日。
券を持ってきた永倉は、ひどい二日酔いらしい。
「ふーん。掃除と書類整理? 両方とも?」
沖田が券を眺める。
「……うっぷ。た、頼む……」
永倉は、もう一枚、しもべ券を差し出した。
「う、うん……。永倉さんには、いつもお世話になっているしねえ」
沖田は二枚の券を見比べた。
「いや、でも、これ……多くない?」
「頼む……」
永倉は青い顔でうめいた。
沖田は書類の山に目を留めた。
「あっ、これか!」
各隊で扱う提出書類は、どこも同じ。沖田も、仕事そのものにはすっかり慣れていた。
「ふふふーん」
「何だよ」
「おっけー!」
沖田はにっこり笑った。
「新八さん、この書類、やたら几帳面だねえ。ちょっと見、違う書類かと思ったよ。意外〜」
「うるせえ……」
「でもさ、ここまで細かいのは、僕には無理」
沖田はあっさり言った。
「僕のやり方でいい?」
「……いい。いいから、とにかく頼む。うっぷ……」
「はい、決まり!」
沖田は袖をまくった。
そして――仕事を始めた。
「これはこっち」
ぱらっ。
「これは日付順ね」
ぱらぱらっ。
「これはまとめておいたほうが、あとで楽だな」
さっ、さっ、さっ。
書類がみるみる片付いていく。
掃除も早い。
机を拭き、床を掃き、散らかった物を片付ける。
しかも、ただ片付けるだけではない。
「二番隊のみんな、ここ、ちょっと水拭きして!」
「え?」
「ほら、埃が残ってる」
「お、おう」
「その箱は、こっちに置いたほうがいいよ」
「おう……」
「それは奥ね」
「はい!」
いつの間にか、沖田は永倉の組下の隊士たちを指揮し、永倉の部屋をぴかぴかに磨き上げていた。
「……すごいな」
原田が呟く。
「なんだ、この安心感……」
永倉も感心しきりである。
沖田は鼻歌まじりに働き、最後の書類をきちんと揃えた。
「こっちは終わりっと。掃除も終わり!」
満足げに腰に手を当てる。
「あー、僕、有能すぎるよねー」
沖田は得意そうに笑った。
「僕さあ、子供の頃から井上さんに仕込まれてるから、掃除は得意なんだよねえ」
「ほう」
「段取りって大事だよ?」
「なるほどなあ」
永倉は感心した。
原田も頷く。
「沖田、お前、こういう仕事、得意だったんだな」
「もちろ〜ん!」
沖田は胸を張った。
「僕、やればできる子だから」
――ところが。
この男、自分の書類はいつも適当に積み上げている。
毎度、毎度。
見かねた同室の斎藤が、口うるさく注意していた。
書類の整理も、段取りの立て方も、斎藤が手取り足取り教えたものだった。
そもそも、面倒くさがる沖田に仕事をさせること自体、なかなかの難題なのである。
沖田は、やらせればできる。
ただし、やらせるまでが大変な男なのだ。
――なお。
この男が、自分の部屋を掃除しているところも、見た者はいない。
毎朝、布団を上げ下ろし。
散らかった物を片付け。
落ちているものを拾い、机の上を整えているのは――
斎藤一である。
その斎藤が、遠くから沖田を見つめていた。
「……」
沖田は隊士たちに指示を出しながら、楽しそうに笑っている。
「そこはこっち。そうそう」
実に手際がいい。
つい先日、自分が教えたとおりに。
斎藤は、深いため息をつき
静かに目を閉じた。




