85話 異世界の弱者。
「じゃあ最後のカットです」
俺は今大勢の大人達に囲まれている。
「どうして会社を設立しようと?」
「自分にしか出来ない事を自分の方法で試したかったからです。それが地域の人の、大きく言えば世の中の頑張っている人の為になればと思い、起業しました」
「ありがとうございました」
ふう。やっと終わった。カンペを覚えるのが大変だったぞ…
今日はローカルテレビの撮影の日だ。
もっと和やかな雰囲気の番組かと思っていたら意外にかたいヤツだった。
「聖くんお疲れ様!カッコよかったよ!」
「どこが…?まぁ、聖奈が選んでくれたスーツはカッコいいけど」
俺は最早聖奈さんの玩具第一号の座から降りる事は出来そうにないな。もちろん二号はミランで、三号はエリーだ。俺達は仲間だ!
悪の首領聖奈を倒す仲間なんだ!
返り討ち間違い無しだけど…
「うんうん。よく似合ってるよ!放送は一週間後みたいだから予約録画しておかなきゃね!」
「いや、それはやめてくれ…それよりお酒はどうなった?」
「酒類販売の認可状を取ろうかと思っていたけど、ネットでも安く買えるから必要ないかな。経費では落とせなくなるんだけどね」
正直言って俺は把握してないから何でもいい。
確かに年間通したら凄い額になるんだろうけど、その時はその時で改めて許可を取り、酒屋から仕入れをすればいい。
今はお試しの期間だということくらい俺でもわかるからな。
「とりあえずは頼めたから後は向こうでだね!まだパートさん達への説明はこれからだけど」
「やっと家に帰れるのか…」
「こっちのマンションも家だよ?」
いや、生活してないじゃん?俺にとっては家はリゴルドーのお家、次点で水都の屋敷だ。マンションは簡易宿泊施設のような認識。
「まぁ聖くんは2人が心配だもんね」
「忘れようとしてたのに…」
そう。敢えてこの3日ほど話題に出さなかったのだ。
バイトさん達への説明は聖奈さんに丸投げして、俺は窮屈なスーツを脱いだ。
最近は異世界でも地球でも聖奈さんにもらったジャケットを着ている。
これだと見た目より全然楽なんだよな。
そうこうしていると夜になり、ついに異世界へと転移することに。俺達2人が地球に行くときはミラン達は必ずリゴルドーの家に居させている。その方が安心だからだ。
「ただいま。2人ともお土産があるけど、明日だから今日は寝ような」
俺は忠犬のように満面の笑みで寄ってきた2人にそう言うと
「わかりました。明日の楽しみにします」
「はい…」
2人は死んだ表情で離れて行った。
俺が帰って嬉しくて寄ってきたんじゃないんだな…尻尾まで幻視したのに…
それに聞き分けが良いのは聖奈さんがいるからだな…
なんだよ・・・
翌朝目覚めると誰も居なかった。
「ふぁ。アイツら早くお土産を食べる為に俺を起こさずに朝飯を食べに降りたな」
下に降りると朝食を済ませた2人がデザートにありつけていると思ったが
「今日の朝食は凄いです!食事なのに甘いです!」
「びよーんです!ビヨーン!」
餅だからな。そうか。正月に買って帰った餅を出したんだな。食べさせようとしたけどすっかり忘れてたぞ。
「セイくんは小豆ときな粉どっちにする?」
「うーん。きな粉で」
甲乙つけられないが今日はきな粉の気分だ。
焼いた餅なら砂糖醤油一択なんだけどな。
「二人は喜んでくれたみたいだな」
「うん!忘れてたけど良かったよ。これならまた買ってきても良さそうだね!」
珍しく聖奈さんも忘れていたのか。それくらい他の事で手一杯だったんだな。
悪いな手のかかる社長で。
「また食べたいです!」
「はい!私もです!まだ4個は食べれます!」
エリーよ。そんなに食ったら後悔するぞ。餅は太りやすいんだ。
「ふふっ。良かった。でも4個は食べ過ぎだよ。また持ってきてあげるから楽しみにしててね」
エリーとミランはすでに四つ食べていたようだ。俺と聖奈さんは二個ずつ。
食べ過ぎでデザートは食べれないかと思ったが二人は嬉しそうにデザートも完食した。
与え甲斐があるけど、大丈夫か?
エリーは車の研究にミランはその助手に残して、俺と聖奈さんで商店を開けるテナントや空き家を探す事に。
従業員は最悪国王に頼めばいい。切り札の国王の安売りだ!
むしろ酒屋を開くと言えば何でもかんでも用意されそうだ。
頼んだら楽だけど店舗はここだけの予定ではない。俺達にも経験が必要だからいきなり頼む事は避けた。
「では、こちらの3件を案内致します」
勝手知ったる商人組合で店を開ける空き家を聞いた。
すぐにピックアップしてくれて案内してくれた。
俺には店の立地や外観などの良し悪しはわからんから聖奈さんに丸投げだ。
選んだのは家から一番近くの店だった。
この前まで老夫婦の商人が店をしていたが、ご主人が亡くなった為、妻は息子夫婦の元へ行き、店を畳んだらしい。
幽霊でないよな?
外観は可もなく不可もなくのセイレーンではよくある建物だった。俺たちの利便性を重視したのは店はほっといても繁盛するからとの事。
強気や…やっぱり聖奈さんが社長で良かったよね…?
「じゃあ後は店員さんの募集だね!」
「目処はついているのか?」
こういう時に相談された事ないからな。大方聖奈さんの中ではすでに決まっているんだろう。俺は聞き役に徹するのみ!
「うん。まずは心当たりを当たるよ」
そう言うと水都の道を先に歩いて行った。
このまま勝手に帰ったら怒るよな?
でも俺いらなくない?
「あっ!もし勝手に帰ったら王妃様に告げ口するからね!」
「そんな事するわけないだろ?」
危ねぇ。あの人苦手なんだよな。聖奈さんの次に。
聖奈さんに連れられて行ったのは…ここは何処だ?
「こんにちは。院長様はおられますか?」
院長?病院か?そうは見えないけど…なんかボロいし。
中から出てきた人が
「どちら様でしょうか?」
「私共は商人をしております。セーナとセイと申します。この度、院長様にお願いがあり、来させていただきました」
「商人の方でしたか。人手でしょうか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ。私は手伝いをしているターニャと言います」
ターニャさんは40歳くらいのおばちゃんだ。この世界で初めて泊まった宿のおばちゃんを思い出すようなタイプだ。元気にしているかな?
案内された俺達は一つの部屋の前で
コンコン
「商人の方が人手の件で来られました」
「お通ししてください」
ガチャ
「失礼します」「失礼します」
聖奈さんに習って挨拶をする。
「はじめまして。まぁ、お若い商人さんだこと。私はこの孤児院の院長をしているマチルダと言います。よろしくお願いしますね」
「セイです」「セーナです」
マチルダさんはきつい目をした60歳以上と見られる白髪の老人だ。何もかも見通すような視線は居心地が悪いな。
「本日はお忙しい中すみません。私共はこの度セイレーンに商店を開く事になりました。その為、従業員を募集しております。
この院の子で商店で働きたいという子はいませんか?」
「どのような物をお売りになるおつもりでしょうか?」
まぁ、商店と聞いていたのに娼館だったらビックリだもんな。ビックリじゃすまんか…
「こちらになります。この様なガラス製品からお酒まで、幅広く販売いたします」
「まぁ、立派な入れ物だこと」
聖奈さんは百均のガラスの入れ物やお酒を取り出して見せた。
「そちらの鞄はもしや?」
「はい。魔法の鞄です」
魔法の鞄は水都でも珍しいみたいだな。俺も他には見た事ないし。国王いわく、国の重要機関にあるくらいで、個人で持っている者は少数らしい。
「その様な貴重品をお持ちであればさぞや立派な商人様なのでしょうね」
「いえ。こちらは偶々知り合った方から譲って頂いた物です。私達はまだまだ駆け出しです」
このお婆さんは何を疑っているんだ?
「お嬢さん。この孤児院はね、沢山の人のご好意で成り立っているのです。しかし、沢山の悪意も向けられています。
出て行く孤児達を食い物にする大人が後を絶ちません」
「どの様な事でしょうか?」
グイグイいくねぇ。
お婆さんの説明では
騙して娼館で働かせる。
他国に奴隷として売り飛ばされる。
鉱山などに違法な契約を結び連れて行くなど。
「それであれば心配はいりません」
「みなさんそういうのですよ」
お互い譲らないな。もう諦めよ?このお婆さんはなんか怖いし…
「私どもの店舗はすぐそこにあります。そして契約書にこう書きましょう。『いかなる場合においても、院長、又は働いている本人の意思で辞めることが出来る』と。心配であれば他にもそちらの提案で内容を書き足します」
くっ…聖奈さんはなぜ意地になっているんだ?
「どうしてその様な事まで?働く方などすぐに探せるのではないでしょうか?」
当然の疑問だ。これじゃまるでどうにかして騙そうとしているように思える。
「勿体ないからです。親がいないだけで沢山の少年少女が路頭に迷うなんて間違っています。
みんなが勿体無い事をするのであれば私達はそれを活用したい。そう考えてきました」
カッコいい…アンタにそんな高尚な考えがあったなんて…おいちゃんお金なら出すから頑張ろうね。
「…わかりました。一先ず本人達に聞いてきます。また明日にでも来ていただければお返事できるはずです」
「ありがとうございます。失礼しますね」
「ありがとうございました」
俺と聖奈さんは孤児院を出た。出る時にターニャさんがよろしくお願いしますと頭を下げてきた。
この対応から見て、仕事は欲しいのだろうな。何でお婆さんはあんなに頑ななんだ?
まぁ人にはそれぞれ事情があるのだろうが。
「それにしても聖奈が孤児達のことをあんなに気にしているなんて知らなかったよ。教えてくれたら寄付の一つでもしたのに」
水臭いやつだ。
「寄付?もったいないからいいよ。上手くいけば聖くんの手がついていない美少女達が…」
あかん。お巡りさんこの人です。
そもそも俺は誰にも手を出していないぞ!
「まさかホントにそんな理由で…?」
「そんな理由とは何よ!私にとっては大事な事なの!
地球では仕方ないけど、こっちでは私の気に入った人ばかりで周りを固められるんだよ?それが私のしたい事の一つなんだから!」
クソみたいな夢を力説されてもな…
「だから年下しかいない孤児院?」
「そうだよ!それで美少女達を囲ってハーレムだよ!聖くんにも貸してあげるから心配しないでね!」
何がハーレムだ…このままでは商店が聖奈さんの玩具箱になってしまう…
よく言えば趣味と実益を兼ね備えた素晴らしい計画だけど、中身は最低だ。
「聖奈。落ち着け。とりあえず明日だな」
「うん!楽しみだね!」
よし!必ず少年多めで雇おう!…いや聖奈さんの事だから美少年でもいいとかありそうだな…
とにかく明日は子供達を守ろう…
翌日孤児院にて
「こちらが働いても良いと言ってくれた子達です」
すごい。まだ上からだ。ターニャさん曰く運営は大変みたいなのに…
「こんにちは!私が店長のセーナだよ!こっちは会頭のセイくん。よろしくね!」
並んでいたのは男の子1人に女の子3人だ。
「お名前と年齢を教えてくれるかな?」
聖奈さんが聞くとおずおずと少年が答えた。
「お、わたしは、ガイと言います。年は14です」
「私はシリーといいます。年は13です」
「ファラーです。15です」
「アンナです。14歳です」
みんな緊張してるな。仕方ない。怖いお姉さんの前だからな。わかるぞ。
ガイは短髪のヤンチャそうな見た目だ。
シリーは茶髪の大人しそうな感じの子だ。
ファラーは年長者らしく堂々と見せているが実は一番緊張しているっぽいな。服のボタン掛け違えているし。
アンナは快活そうな子だ。落ち着きなく大人達に視線を彷徨わしている。
「みんな足し算と引き算は出来るかな?」
聖奈さんは保母さんモードで楽しそうだ。あんた絶対子供好きだろ?
昨日はあんな風に言っていたけど、絶対子供達の為に動いていたのは間違いない。照れ隠しがヤバいやつ過ぎて分かりづらいんだよ!
本音も混ざっていたから尚更わからなかったぞ。
ほれみろ。お婆さんの顔が聖奈さんの子供達への対応を見て柔らかくなった。漸く俺も婆さんを直視できる。今まで怖かったからな。
どうやら簡単な計算は孤児院で習うらしい。後は掛け算割り算をちゃんと覚えてもらったら働けそうだな。
「それまでの間、通いで家に勉強に来てもらってもいいですか?もちろんその間もお給金はお支払いします」
「勉強の合間もお金が!?そちらの事は信用しましたのでそこまでされなくてもいいですよ?」
お婆さんは聖奈さんを信じてみる気になったが、こちらの条件にタジタジになっている。
まず、働き方が3日に一度休日を設けている。普通は10日に一度くらいらしいので普通の3倍だ。
働く時間も朝はゆっくり夜は暗くなる前に帰れる。
給料は同年代の倍だ。
「余りにも条件が良過ぎて…」
「不安ですか?でもその不安がその通りなら決まる前にこの条件を提案するのではないですか?
私は子供達の未来に投資したいのです」
聖奈さんの天職は保育士さんだったかもな。いや…保護者からクレーム来そうだな…子供と距離が近すぎるって…
暫くして話が纏まった。
そこでこの子たちの今の生活も聞けた。
男の子は日雇いの単発の仕事をしているらしい。主に荷運びや小間使いだ。
女の子は針子の手伝いや空き家の清掃などの仕事を後援の方から頂いているようだ。
この世界、少なくともエンガード王国と魔導王国では12歳が成人扱いだが、孤児院には特例で18歳まで暮らせる。
もちろん後援の篤志家達が雇ってくれる場合もあるが、数に限界がある。
残された者で18が近くなると鉱山や娼館などに行かなくてはならない。
男の子達は鉱山が嫌で冒険者になる者が殆どだが、ここを出て冒険者になった者で今も連絡をくれるのは1割程度らしい。
女の子も稀に娼館ではなく、冒険者を選ぶ者がいるようだ。
もはや死に場所を選んでいるに近いな。
普通の場所で働かないのではない。働けないのだ。殆どの飲食店や商店などでは需要もなく雇ってもらえない。
余程運が味方しないと無理な話だ。
聖奈さんはそれをどうやってか知っていた様だ。何で言ってくれないかな?まぁ言わなくても協力してくれると信頼されていると信じよう。
俺達は子供達と約束して孤児院を後にした。
聖「やっと撮影が終わった…あんな15分程の映像にこんなに時間を掛けるなんて…」
聖奈「聖くん。お疲れ様!カッコよかったよ!最後の言葉なんて涙が出そうだったし!」
聖(アンタが作ったセリフやんけ…絶対おもちゃにしてるよな?)
聖奈「この調子ならすぐに政治家になれそうだね!」
聖「目指してねーから!!」




