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5話

「ねぇ、輝君……もし私が輝君のことが好きって言ったら……どうしますか?」

「えっ……?」


あまりの内容に一瞬聞き間違えかと疑うが、桃々はそれが誤りだと訂正する素振りを見せない。

つまり、今聞こえた内容は全て事実。


「そ、それってどういう……?」

「どうも何も、そのままの意味ですよ」


どうしたのだろう。今何があっているのだろう。

ってか、これってつまり……告白?

今俺……桃々に告白されてんのか?


「答えてください、輝君……」

「あぅ、えっと……」


至近距離で、桃々が甘えるように見つめてくる。俺はその大きな瞳が視界に入るだけで気が狂いそうになる。狂おしいほどに胸が弾む。

その荒ぶりを必死に圧し殺し、努めて冷静を意識しながらなんとか口を開いた。


「……受け入れる、かな」

「本当に……?」

「……本当だよ」


心に素直に返答する。

そう返答することで、俺はやっと実感した。

ついに桃々と結ばれるのか、と。

あふれでる興奮に苛まれる。

どれ程いとおしく思ってきたかわからない。ついにそれが報われるかと思うと、高ぶりを押さえられるはずもなかった。


のだが……

それを聞いた桃々の反応は、俺の予想とはかけ離れたものだった。


「もう……ダメですよ、輝君」

「えっ……?」


一瞬耳を疑う。目も疑う。だがいくら桃々を見返しても、その様子は変わらない。

先ほどまでの空気はどこにいったのか。

知らぬ存ぜぬな顔で俺から離れると、桃々は子供をしかるような口調で続けた。


「輝君には悪いですけど、桜さんと過ごすにあたって、ちょっと試させてもらいました」

「試す……?」

「はい、輝君が同棲するのをいいことに、簡単に桜さんに手を出さないかどうかです。……なのに輝君、私がお願いしたらすぐほだされちゃうんですから」

「あっ、そういう……」


残念です、と頬を膨らませて首を振る桃々を見て、思わず衝動的に叫んでしまいそうになる。

“桃々だから、受け入れたに決まってるだろ“と。

そう高らかに訴えようとして……辞めた。

いや、出来なかったの方が正しいのかもしれない。


だって、桃々の思考にその可能性が、一切含まれていないことに気づいてしまったから。

それが意味することはつまり、俺が桃々を女の子として意識するはずがないと考えているということで。

それは、桃々も俺を恋愛と関連付けて考えていない、要するに、男として考慮にいれていないということで。


……まぁ、そうだよな。

小さい時からずっと一緒にいるんだ。

姉弟だと認識されていても仕方がないよな。

もし今俺の気持ちを伝えてしまったら、桃々が戸惑ってしまうかもしれないし。

これからの関係に、違和感が生じてしまうかもしれない。

そっちの方が、よほど怖い。

今これを言うのは……やめておこう。


「くそー、気をつけないとなぁ……」

「本当ですよ。もし了承なしに桜ちゃんに手を出したら、怒りますからね?」


これでいい。

これでいいんだ。

それよりも、この気持ちを悟られないようにしなければ。

この思いを伝えるのは、桃々に俺を異性として意識させてからでいい。

意識させてからでないといけない。

だから、それまでは、封印する。


「では、そろそろ私は帰りますね」

「あ、あぁ。今日もありがとな」

「いえいえ、当然です」


桃々を玄関先まで見送る。

それを、俺は心なしか早足で行った。

今は、とにかく早く桃々に家を出ていって欲しかったから。

じゃないと……涙が抑えきれなくなりそうだったから。


「また明日な」

「はい……あれ? 輝君、何か元気がないですか?」

「いやいや、普通に元気だよ。このあとどんなゲームをしようか迷ってるくらいだし」

「ふふっ、でも、あまり夜更かししちゃダメですよ?」

「わかってるよ……じゃあね」

「はい、桜ちゃんにもよろしくお願いしますね」


バイバイ、と小さく可愛らしく手を振って、彼女は扉の向こうに消えた。

それを見届けてからは、もう、限界だった。

涙が頬を撫でるのを自覚する。

自覚したが、止められなかった。

止められるわけがなかった。


告白はしていないが、実質フラれたようなものだったから。

いや、フラれるより酷い。

それ以前の問題なのだから。


背後で桜が風呂を上がる音が聞こえる。

桜に泣いているのを見られたくなくて、慌てて袖で顔を拭く。

が、拭いても拭いてもあとから湧き出てきた。


どうしようもなくなって、俺は急いでトイレに駆け込んだ。

そのまま壁に背中を寄りかからせて、ゆっくりずり落ちるようにしゃがみこむ。


「どうしよっかなぁ……」


明日から、桃々の顔をまともに見れそうにない。

彼女は早朝からご飯を作りに来る予定だと言うのに。

気持ちの整理が出来なくて。

どう扱ったらよいかがわからなくて。

どうしたら男として見てくれるようになるのかもわからなくて。


それから暫くして一先(ひとま)ず気持ちに余裕が出来た俺は、涙の引いた顔をバシャバシャ洗い、トイレから出た。

桜は未だ髪を乾かしている最中のようで、ソファーに腰掛けながら髪を梳いているところだった。


「あ、センパイ。風呂のお湯って流してよかった?」

「うん、大丈夫」

「ってか考えたら私着替えを持ってなくてさ、センパイのがあったから借りちゃった」


じゃん、と跳び跳ねるように立ち上がると、両手を大の字に広げた。

上半身は俺の白いTシャツ一枚、下半身はブカブカの長いジャージ姿。

ゆったりとしたその首袖はその真っ白な鎖骨を直に表に現し、程好く盛り上がる胸元は大分危ないことになっていた。


「やっぱりセンパイ、男の子なんだね。ちょっと大きくてびっくりしちゃった」

「あー、そうだな……今度の休日、金渡すから必要なもの買ってこいよ」

「私は、ブラがセンパイのおさがりでも気にしないよ?」

「そんなん持ってねーよ!」

「ふふっ、本当かなぁ……?」


桜はそのままこちらに向かって歩いてくると、珍しく一歩分の距離を空けるようにゆっくりと立ち止まる。


「冗談だよ。なんだかセンパイ……元気ないような気がしたから」


桃々にも言われた言葉を投げ掛けられる。

そして、桜にすら気を使われたという事実にハッとした。

桜はあの時は風呂だったからあの会話を聞かれていたはずもないし、単純に俺が平静を保ててないだけなのだろう。

俺は今度こそ努めて笑顔を浮かべた。


「気のせいだよ。至って平気だ」

「そう?」

「あぁ、それと……桃々がお前によろしくだってよ」

「へぇ……桃々ちゃんが」


これはちゃんといつも通り声を出せたはずだ。

違和感などなかったはずだ。


桜は笑みを浮かべる俺をじっと見つめると、ふいにニヤッと笑ってから、空いていた一歩を踏み込んできた。


「ねぇ、センパイ。私、着替えを持ってないって言ったじゃん?」

「そうだな。それが?」

「つまりさ……今私、何を身に付けてると思う……?」


桜は間近で体を傾けると、俺を見上げるように覗き込んだ。

何って……


「俺のTシャツとジャージと……」

「うん、他には?」


他に……?

あっ……


俺がそれに気づいたのを確認してから、桜は艶やかに笑った。


「センパイ……私ね、今下着着てないんだ」


彼女は先ほどの体勢のまま右手を首袖にかける。

その手を、ゆっくりと焦らすように、広げるように、その縁を指でなぞりながら引っ張った。

でもそこには、本来見えるはずの紐はなく……


「ねぇ……見たい?」


風呂上がりの仄かな香りを漂わせながら、甘ったるい声とともに上目遣いで尋ねてくる。目線をそこから離せなくなる。

俺はあまりの官能さに一瞬頷きかけるも、なんとか思考を巡らして慌てて彼女の右手を押さえた。


「おい、やめろ」

「えー……なんで? センパイ、まんざらでも無さそうに見えたけど?」

「うぐっ……」


ぐうの音も出ないほど指摘に言い淀み、言い返そうと開いた口は、でも何も言葉を(つむ)げずそのまま閉じられた。

そんな俺の反応に、桜はイタズラ顔で笑った。


「桃々ちゃんのこと好きなんじゃなかったの? ……ヘンタイ」

「うるせぇ」

「でもセンパイなら……見てもいいんだよ?」

「やめろって言っただろ? ってか自分ら見せにいく方がヘンタイじゃねぇ?」

「むぅ……そんなこと言うんだ」


桜は不満気に頬を膨らませると、傾けていた体を元に戻して少し離れた。そのまま顔を刹那見合わせて、でもなんだか恥ずかしくなって横にそらす。

俺はそこで初めて自分が笑っていることを自覚した。

自覚して、苦笑した。


だって……

桃々に泣かされて、自分ではそれを抑えきれなくて、

でも簡単に桜に笑わされて。

俺はその事実をどうしても認めたくなくて、仕切り直すように桜を見た。


「とりあえず、布団どうすっかなぁ……」

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