十四
サンタモスカの街の近くの森。
その奥には強い魔物がはびこり、人が住めるところではない。
だが、街にほど近い場所なら、森の恵みの恩恵をうけることができるのだ。
珍しい動植物。
薬草。
魔物の肉や素材。
人々はそれらを得るために森へと入る。
当然――ある程度の自衛の力をもって、という但し書きが着くのだが。
その日。
森に分け入っていったのは、まだ成人にならないくらいの少年が二人。
粗末な服を来て、あたりをきょろきょろと見回しながら何かを探しているようだった。
小さな葉がすれる音にも反応し、自ら踏んでしまった小枝の音に体を震わせている。
みるからに、この森にはふさわしくない二人。
そんな二人は、互いに言葉を交わしながら少しずつ進んでいた。
「ねぇ、テオドル……本当にやるの?」
「はぁ? まだいってんのかよ、エッカルト。ただ森の中で泣きわめいてりゃいいんだろ? それで銀貨がもらえるんだぜ! 銀貨! 最高の仕事じゃねぇか!」
「でも……森には魔物だっているし……。昔、院長先生もいってたじゃないか」
「……もう院長先生はいないんだよ。だから、いいんだ」
二人は、かつてエンドと一緒の孤児院に住んでいた少年達だ。
そして、エンドをいじめていた張本人でもある。
そんな彼らがどうしてこのようなところにいるかというと、それには理由があった。
そもそも。
あの孤児院の火事は、そこの管理者であった院長が原因だった。
彼が食事を作るために火を扱っていたところ、不幸にも体調を崩しその場に倒れてしまった
そのまま火はどんどんと薪を燃やし燃え盛り、孤児院さえも燃やし尽くしてしまったのだ。
孤児達はそのままスラムの住人となり、今に至る。
テオドルとエッカルトは二人でなんとか今日まで生き延びてきたのだ。
もう、既にこの世にはいない仲間もいるのだ。
二人はつい昔のことを思い出してしまったが、今は感傷的になっている暇はない。
とにかく仕事をこなさねば。
それだけを思い、恐怖と戦いんがら森を進んでいた。
「とにかく! まずは、妙な門を見つけること! それで、その場で泣きわめけばいいっていうんだ。なら、やるしかないだろ」
「そうだけど……」
エッカルトを引きずりながら、テオドルは程なくして門を見つけることができた。
あとは、泣き叫ぶ、という意味不明なことをやればいいらしいが、その時エッカルトが妙なことを口走った。
「ねぇ、テオドル。もしここで泣きわめいたらどうなるのかな?」
「あ?」
泣きわめいたらどうなるか。
そんなこと、ひとかけらも思わなかったテオドルは、たしかに、と心の中で唸る。
こんな森の中で泣きわめいて、一体全体何になるのだろうか。
そう思うと、誰にも何も言わずにこのまま帰ってもお金はもらえそうだ。だって、テオドル達を見ている人なんて誰もいないのだから。
「まあ……でも一応少しやってみて、それで帰ればいいんじゃね?」
「待ってよ、テオドル! よく考えてよ! こんな森で泣きわめいたら、きっとうるさいよ?」
「ああ、そうだな」
「なら、その声につられて魔物が――うわぁぁ!!」
風で茂みから音がして、エッカルトは思わず声を挙げていた。
だが、そこには何もおらず、二人はほっと息を吐く。
「馬鹿。お前の声のほうがうるせぇよ! ……でも確かにな。声を挙げたら魔物が寄ってくるなんて、普通に考えりゃわかる話だよな……」
テオドルは想像してみてぞっとした。
銀貨欲しさに泣き話わめいてみたら、魔物に囲まれてました。じゃ、すぐこの世とおさらばだ。
ごくりと唾をに見込みつつ、テオドルはエッカルトを神妙な面持ちで見つめた。
「たしかにお前の言うとおりだ。お前、頭いいな」
「そうかな? でも、銀貨はいいの?」
「まあ、ばれないだろ? ばれたらばれたで、金はあきらめりゃいいのさ。命あっての物種だからな」
「うん、そのほうがいいよ!」
「じゃあ、そうと決まれば、さっさと――」
――帰ろう。
テオドルの口からはその一言が出なかった。
彼は、エッカルトのほうを見つめながら固まってしまったからだ。
その様子をみたエッカルトは、いつもの調子でテオドルの方を小突く。
「やめてよ! そうやってやればびっくりすると思って」
軽くそう返すも、テオドルはいまだに固まったままだ。
なんだか妙な様子だと思ったのだろう。
エッカルトは、ぎこちない笑みを浮かべて、テオドルに話しかけた。
「え? もう冗談はいいんだよ? そんなこといっても、もうお、おお、驚かないんだから」
テオドルは一か所を見続けている。
エッカルトは、その視線が自分をみていないことに気づいた。そして、そのままゆっくりと後ろを振り返った。
テオドルの視線の先。つまり、エッカルトの背後には何がいた。
その何かは見えている。だが、二人の脳が理解を拒絶した。
どうしてここに。
そんな言葉を、二人の表情が物語っていた。
「ゴ」
「ゴ」
「「ゴブリンだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」」
二人の横にはゴブリンがいた。
そして、そのゴブリンは、涎を垂らしながらさびた剣を引っ提げている。
「やばい! 逃げろ! 逃げろって! 早くするんだよ! エッカルト!」
「まってよ! これでも一生懸命、走ってるんだから! お願いだよ! 僕を置いていかないでよ!」
「置いてくわけねぇだろうが! でも、捕まったら食われちまうんだぞ!? さっさと走れ!」
「こ、こんなことなら、あんな仕事受けなきゃよかったよ!!」
「いいから走れ!」
「うぅん!!!」
二人は励ますように言葉を交わす。
だが、普通の冒険者なら逃げおおせるだろう。ゴブリンの足はそれほど速くない。
しかし、二人はスラムに住む孤児だ。
硬いブーツも履いていなければ、森を走り慣れてもいない。
当然のことんがら、エッカルトは木の枝につまづき、転んでしまう。
「エッカルトっ!?」
「テオドル!」
テオドルが振り向くと、そこには転んでしまったエッカルトとたったいま追いついてきたゴブリンが重なって見えた。
慌ててテオドルはエッカルトの元に戻ろうとするも、ゴブリンのほうが近い。
ましてや武器もないから、何もできない。
それでも、友であるエッカルトをどうにかできないかと必死で走った。
「エッカルト!!!!」
しかし、現実は無常だ。
ゴブリンのさびた剣は、すぐさま振り上げられ、そして――。
エッカルトの脳天に振り下ろされる。
「やめろおおおぉぉぉぉぉ!!」
まさに斬られるとおもったその瞬間。テオドルは絶望から目を閉じ、足から力が抜けた。
小さいころから一緒だったエッカルト。
彼が今まさに殺されようとしているのだから。
心を折るには十分だった。
だが、エッカルトの悲鳴は聞こえてこない。
代わりに聞こえてきたのは、人の声ではないくぐもった悲鳴と、ひょうひょうとした少年の言葉だった。
「まさか……こんなところで会うなんてね」
その言葉に、テオドルはお恐る恐る目を開く。
すると、そこには見覚えのある少年が立っていた。
「…………エンド」
そこには、かつて虐めていた、孤児院仲間だったエンドが立っていたのだ。
彼は、エッカルトを抱きかかえて、ゴブリンを真っ二つに両断していたのだった。




