十二
僕は、人込みを避けるように路地裏に入ると、すぐさま本の世界へと入り込む。
そして、蝙蝠族が集まっている場所に行くと、皆が驚いたように集まってきた。
「どうしたのですか!? わざわざこちらにまっすぐ来られるなんて」
蝙蝠族の長もすぐに出てきてくれた。
時間が惜しかったため、すぐさま用件を伝える。
「ドロフェイはいる?」
「はい。今は休んでいるかと思いますが」
「申し訳ないんだけど呼んできてくれないかな? 急いで頼みたいことがあるんだ」
「は、はい。ただいま」
長は慌てた様子ですぐに呼びに行ってくれた。
余談だが、ドロフェイにさんつけしていたところ、それはやめてほしいとレイカに言われた。
なんでも、各種族の上に立つのだから、言葉遣いも気を付けて欲しいとのことらしい。
慣れないけれど、馴染むときは来るんだろうか。
しばらくまっていると、ドロフェイが飛んできてくれた。
文字通り、空を飛んできたドロフェイは、すぐさま跪き、頭をさげる。
「エンド様。急ぎ御用とのこと。どうなされましたか?」
「調べてほしいことがあるんだ」
「調べてほしいこと……ですか?」
「うん。君がみかけた商人のことなんだけど――」
僕が詳細を話すと、彼は眉をひそめてしまう。
どうかしたのかな、と思っていると申し訳なさそうに彼が口をひらいた。
「エンド様。申し訳ないのですが、私だけでは難しいかもしれません」
思いもよらない言葉に、僕はびっくりした。
ここをつきとめたドロフェイのことだ。大概のことはなんとかなると思ってたけど、そうではないらしい。
「できないってこと?」
「そういうわけではありません。私一人では難しいと思われます」
「つまり協力者が必要だってことだよね」
「はい。できれば、犬人族と猫人族の助力も欲しいのです」
「わかった。今すぐ僕が頼んでくるよ」
「私も一緒に参りましょう」
理由は聞かない。
ここを突き止めた彼がそういうのだ。ならば、必要なのだろう。
犬人族と猫人族のところにいって頼むと、二つ返事で了承してくれた。
なんでも、本の世界の場所を突き止めるときも、この三種族が協力してくれていたらしい。
きっとそれならうまくやってくれるのだろう。
「エンド様の様子が普段と違いますな……」
「なんか、いい男の香りがするにゃ」
「エンド様……やば、かっこいい……」
なにやら、皆がつぶやいているけど聞こえない。
とにかく今は、早く情報が欲しい。
協力してくれる皆に後でお礼をしないと、などと思いつつ、僕は駆け出す彼らの後ろ姿を見つめていた。
どうか彼ら自身にも危険がなく、うまくやってくれることを信じて。
◆
「ははっ! こんなうまい儲け話があるかってんだ!? しこたま金をかき集めてくれて、それを奪い取っちまうだけでこっちは遊んでりゃあいいんだからよ! ふふっ、笑いが止まらねぇな、全く」
そこは富裕層が集まる地域。俗称として貴族街と呼ばれる場所の、ある屋敷の部屋の中。
下品な笑みを浮かべ、しきりに部屋の中を跳ねまわっている男のなりは汚らしい。
お世辞にも上品とは言えない男の前には、椅子に座っている男がいる。
「はしたないですよ。それに、あの少女のお金がなくなったのは私は存しません。不幸な事件だったのです。ですが、私は彼女にお金を貸しています。それは返してもらわねば」
「まあ、あの金はうちの活動資金にさせてもらってるからな! その代わり……」
「また、頼みごとをさせていただければかまいません。それで、あなた方の協力を得られるのならば何の問題もありません」
粗野な男と話している男。
その男の名は、ドメーノ・マクナリー。
大きな商会を興した商会長であり、その肩書に矛盾せず着ている服からは品の良さと高級感が伝わってくる。
この大きな港町で彼が持つ力はそれなりのものだ。
「ただ一つ気がかりなのは、あの少女が扱う果物なのですよ。あの果物はこの大陸中、どこからも聞いたことがないもの。彼女がもつあの品物の専売権を得られば借金など帳消しにしたっておつりがくるようなものなのですがね」
「へへっ、悪い男だよな。お前さんも。その話を偶然聞いていた俺が何をやっても、お前さんは何も知らねぇってことだよな」
「それは当然です。ですが、日々お世話になっているあなた方には、特別な便宜を図るつもりでおりますよ。ええ」
彼らの商談は、いつもこのような形で行われる。
形を残さない。
明確なことは言わない。
けれど伝わるように、暗黙の了解で動く。それは、後ろ暗い信頼があるからこそだ。
「まぁ、私としてもそれほど焦っているわけではないのですがね。もうすこしあの少女に泳がせ、お金を稼いでもらってからでもいいかも――」
その時、ドメーノは何かに気づいた。
カーテンで閉め切られた窓の外からの物音に。
普段なら特に聞き流すようなことなのに。
彼は、その時ばかりは奇妙に思い、片手をそっと粗野な男に向けた。
「静かに。ちょっと様子を見てみましょう」
そう言ってドメーノは窓を開けて外をみる。
すると、粗野な男は慌てた様子でドメーノに飛びかかり部屋の中に押し倒した。
「何を――」
瞬間。
開けていた窓ガラスが粉々になり飛び散った。
もしあのまま外を向いていたら。
ぞっとする想像をさせるくらいには、衝撃的な光景だったのだろう。
ドメーノは、奥底から這い上がってくる恐怖を経験と理性でなんとか飲み込む。
「敵襲か!」
「……そのようだ」
普通なら逃げの一手。
だというのに、ドメーノも粗野な男もじっと窓をみつめて動かない。
なぜなら、そこには見覚えのない一人の男が立っていたからだ。
どちらかというと華奢であり、その線の細さと顔立ちからまだ年若いことがわかる。
少年は、音もなく床におりると、張り付けたような笑顔で二人を見据える。
「だ……誰だ」
なんとか声を絞り出したドメーノ。
その胆力は称賛に値するだろう。
現に、隣にいる粗野な男は冷や汗をかいてじっとしている。それだけ、目の前の少年が恐ろしかったのだ。
「はじめまして。すこし頼まれごとをされて……。なんでも、僕の知り合いがお金を取られてしまったらしいのです。その場所をどこか聞きにきました」
ドメーノはごくりと唾を飲み込んだ。
窓を粉砕し、いつのまにか目の前にいた少年を見た目通りと断じることなどできない。
そして、話している内容からも、誰の差し金かはわかった。
「オ、オリアーナに依頼されたのか?」
「ええ。それで……お金の場所はご存知ですか?」
「な、何を言っているのか! 私は、彼女にお金を貸しているだけです! もし踏み倒そうとするのなら、悪いのは彼女でしょう!?」
上ずった声で叫ぶように吐き出す言葉。
それを聞いた少年は、眉をぴくりと動かすと温和な表情のまま口を開いた。
「……ドメーノ・マクナリー。行商から始めた商売はすぐに軌道にのり、このサンタモスカの街に商会をひらく。その商会は大きく既にサンタモスカで有数の力を持つに至った。だが、同時にこんなうわさも聞くらしいですね。裏社会の人間と取引をして邪魔なものを排除しているからこそだと……。そのあたりしっているのでしょうか? 暗殺者として名高いクラウンさん」
その言葉に一番驚いていたのはドメーノの横にいた粗野な男だ。
彼は、滅多なことでは名前を出さない。
ドメーノの前でも名前をだした覚えはなかった。
だが、その名前を簡単に言いあてた少年を目の前にして、思わず腰に差していたナイフを取り出す。
「別に争いたいわけじゃない。ただ、オリアーナに対して誠実であってほしいだけです。ですから、とったお金を返してください。それだけでこちらは引くと約束します」
「はっ、そんなの信用できるかっての! こちとら、散々修羅場くぐっちゃいるが、あんたほど得体のしれないやつはいねぇ」
「それはそのお方に対する罵倒でしょうか?」
部屋の入口。
声がしたほうに目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
いつの間にか立っていたメイド姿の女がそううそぶくのを聞き、二人はぞくりと寒気がした。
ドメーノもクラウンもその女に気づいていなかったのだ。
自分達が相当まずい立場に立っていることが分かった二人はすぐに行動に移る。
ドメーノは上着の胸元に手をいれる。同時に、屋敷中に大きな音が響き渡った。
クラウンはナイフを片手に少年に向かっていく。
「交渉決裂ですか……残念です」
少年はそういうと、温和な笑みを捨てる。
そして、腰に差していた黒い剣を抜いた。
「でも、ちょうどいいかもしれないね……僕だって、少し怒ってるんだから」
飛び出した少年と、クラウンは部屋の中央でぶつかり合った。




