十一
エンドに売り上げを渡した一週間前。
彼の言葉に私はただただ驚くばかりだった。
世間知らずのぼんぼんかと思ったけど、そんなことはなかった。
彼は、私のことを細かく調べ上げていたのだ。
あそこまで知られているのであれば、きっと私が契約をごまかしていたことはバレている。
だからこそ、あの言葉は私には脅しにしか見えなかった。
――これ以上は許さない。
という脅し。
そうとしか思えなかったのだ。
だから、私にはそのあとの言葉が理解できなかった。
「ここまで伝えれば僕が何を言いたいかわかると思うんだ。けど、誤解しないで欲しいのは、脅してるわけじゃないってこと。僕はもしオリアーナが困ってたら助けたいって思ってる。だから、お互いに隠し事はなしにして、協力してやっていきたい。それを伝えたいって思ったんだよ」
どういうこと?
困っていたら助けたいって?
困ってるって言われたら、そうに違いない。
でも、あのことはさすがに知られていないはず。誰かにしられるほど、奴らは間抜けじゃないはずだから。
だから、言えない。
これがバレたら、私の生きる目的がなくなっちゃう。それだけは、絶対言えない。
言えないのだ……。
それに、このままお金をだまし取ることだって、私を助けることにつながる。
だから許してほしい。
あと少しなのだ。
あと少しで……私は、あの子を――。
あと少し。
そう思って耐えてきた。
あと少しで、このしがらみからも、呪縛からも逃れられると信じて。
だからどんなことだって我慢できたんだ。
人を騙すつらさも、見ないふりして突っ走ってこれた。
けど、こんなのってない。
こんなのってないよ!!
「どこ!? どこにあるのよ! 私の! 私のお金がない!!!」
どこを探しても、私がずっとためてきたお金が無くなっている。
それこそ、普通じゃない場所に隠してきたのに。
だれにも見つかるはずがない場所だったのに。
何か所にも隠してたそれが、全部なくなっているのだ。
あと少しだったのに。
そんな希望が、目の前でがらがらと崩れていくのを感じた。
こんなことをするのって。
私をこんなにも調べてる人って……。
そうだ。
あいつしかいない。
騙してた私に復讐したんだ!
だからって、私が今までためてきたお金ぜんぶを持っていくなんて信じられない!!
幸いにも、今日は待ち合わせの日だ。
だから、取り換えす。
何をしてでも。
なんとしても。
だから刺した。
すべてをやり直すために。
非力な私だけど、これだけやればきっと取り戻せる。
そう思ったけれど――。
「な……」
言葉を失ってしまった。
私が突き刺したナイフは、エンドに突き刺さってはいなかった。
彼はそのナイフを素手で掴み、そしていつもと変わらない笑みを浮かべていた。
「あ、あぁ……」
失敗した。
これで終わりだ。
そう思った瞬間、立っていることさえできなくなってしまった。
力が抜けてしまい、膝をついてしまった。
そんな私の元に、エンドが近づいてくる。
手からは血が滴り、痛いはずなのに。
殺そうとした私が憎いはずなのに。
彼は、笑っていた。
「どうしてこんなことを?」
どうして?
なんであなたがそれを言うの?
私こそ聞きたい。
私の希望を奪ったあなたに。
「あなたこそ……どうして私のお金を奪ったのよ」
「え? お金を?」
しらばっくれたって無駄なんだから。
全部、私はわかってるんだから。
「だって! あなた以外考えられないじゃない! 私があなたを騙してたからその報復でしょ!? でも、それなら私がだまし取っただけにしなさいよ! 私の全部を奪わないで! それじゃあ――それじゃあ、あの子を取り戻せない!!」
「あの子?」
「そうよ! あのお金がなきゃ! 私の弟は帰ってこないのよ! 私にはあの子しかいないの! だから、あの子を取り戻すために、あのお金が必要なのよ! 返してよ! あの子を取り戻すお金を返してぇ!!! ――ぇ」
私が必死で叫んでいると、突然目の前から何かが迫ってきた。
いや、それは私の錯覚らしい。
迫ってきたように思えるくらい、エンドの雰囲気が一変したのだ。
その表情は既に笑っていない。
温和な表情は変わらないが、醸し出す雰囲気がまったく違う。
「弟さんを取り戻す?」
別にエンドにこのことを話す必要なんてない。
けれど、なぜだか今のエンドには逆らっちゃいけない気がする。
「だ、だまされたの……それで借金ができて、それで……」
「そのお金を返さないと弟さんが帰ってこないってこと?」
「うん……弟は病気で……私がどうにかしないと、あの子が……」
震えが止まらない。
近づいてくるエンドが怖くて仕方ない。
けど、彼が私に何かするとは思えない。
不思議な感覚に、頭の中がぼーっとする。
「オリアーナ。僕はお金が奪われたことは知らない。僕らじゃない。まず誤解だけ解いておきたい」
え?
そんなわけない。
エンド以外、誰がお金を取るっていうの?
私が騙していたから報復したんじゃないの?
「気になったのは、君が騙されて弟さんを人質に取られているっていうところだ。誰に、騙された?」
言えない。
それを言ってしまったら、弟の命が危ない。
だから、言えない。
エンドの横にはいつも通り、怖いくらい美人なメイドが立っている。
彼女は、淡々と思ってもみないことを告げてきた。
「オリアーナ様。エンド様の言う通り、私達はお金をとっていません。そのお金をとっても、私達にはなんの得もありませんから。さぁ……そこでオリアーナ様に質問です。あなたのお金が無くなって一番得をするのはだれですか?」
「得だなんて……お金を取ったやつが一番得するんじゃ……」
「違います」
私の言葉を一刀両断するメイド。
彼女は、妖艶でどこか恐ろしいくらいの笑みを浮かべると、その口角をあげた。
「一番得をするのは、そのお金を得るはずだったものたちでは? あなたが逃げ出さない理由さえあれば、その人たちはあなたからお金を無尽蔵に絞り出せるのですから」
「え、まさか……」
そんなこと。
思ってもみなかった。
でも、言われてみれば辻褄があう。彼らなら、それができるから。
「でも、それじゃあ……どうしようも」
彼らは裏の人間。
私ではどんなことをしても敵わない。
じゃあ、私は一生このままなの? 弟を取り戻すことはできないの?
「オリアーナ。僕は弱い人間だった。虐げられるだけの人間だった。だから……だから今の君は放っておけない。君を……助けたい」
助ける?
そんなの無理に決まってる。
「言っただろ? オリアーナが困ってたら助けるって。だから、頼んでほしい。そうしないと、僕は動けない」
頼むって?
何を頼むっていうの?
あなたに――。
「あなたに何ができるっていうの? 私を助けてくれるっていうの!? そんなの無理に決まってる! あいつらは普通じゃないんだから!」
「それでも、だよ。僕は君を助ける。どんな手を使っても」
「口だけじゃ何とでもいえるじゃない! いままで誰も助けてくれなかった!」
「なら、それは今だよ。僕は君を助ける。もう決めたんだ」
そういってほほ笑むエンドからは、普段とは比べ物にならなくらいの安心感を感じる。
彼ならどうにかしてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱くくらいには、エンドを信用してしまっている自分がいる。
だからだろうか……。
普段では絶対に言わないようなことを。
思ってしまったのだ。
「…………う、うそでしょ?」
自分でも信じられない。
いいはずがない。
そんなこと許されるはずがない。
「そんなことない」
「助けて……くれるの?」
ありえない。
詐欺師まがいの商人である私なんかを助けてくれる人なんていないはずなのに。
「世界が僕を助けてくれたように」
「でも、私、あなたを殺そうとしたのよ?」
「でも僕は生きている。だから、何度だってやり直せる」
「じゃあ……」
それ以上は、何も考えられなかった。
ただ、目の前にいる彼に、よりかかることしか今はできない。
なぜだか目からは涙が溢れ、視界すべてをぼやけさせていった。
「エンド……」
「うん」
「…………助けて」
「わかった」
エンドはそういうと、そっと立ち上がり、メイドと一緒に立ちさっていく。
私は、絶望と希望という両極端な感情を抱いたまま、しばらくその場から動くことができなかった。
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最近ちょっぴり心が折れそうですw




