八
僕とレイカは、予定通り次の日の夜には街にたどり着いた。
その足でギルドに行くと、オルカさんが満面の笑みで迎えてくれる。
「エンド君! よかった、ちゃんと予定通り帰ってきてくれて!」
「こんばんは。思ったよりも大丈夫でした。ちゃんと依頼の品もばっちりです」
「さすがはエンド君ね! じゃあ、モグライラズの花、みせてもらっていいですか?」
「はい」
僕が出した花をみると、オルカさんは大きくうなづいてくれた。
「それにしても本当にきれいに採取してくれますよね。ギルドとしても本当に助かります」
「エンド様なのだから当然です。むしろ、ちゃんとやらないほかの冒険者への指導が足りないのではないですか?」
「あら? 誰かと思えばレイカさんじゃないですか。どうしたんですか? もうレイカさんは帰ってもらっていいですよ? あ、エンド君はもう少し私とお話してましょうか」
「何を言っているのやら。あなたのほうこそ、ほかに仕事があるのでしょう? さっさとすっこんでいればいいんです」
「残念でした。私はもう勤務時間終わってるのよ。だから、誰と話そうが勝手なの」
いつも通りのやり取りを始めたレイカとオルカさん。
年が同じくらいだから仲がいいのかな? そういう気の置けない関係って少しうらやましい。
「二人はいっつも仲がいいよね」
「「よくないです!!」」
声が重なるくらい気があるってことじゃないのかなぁ。
いまだ言い争っている二人を後目に、僕はぼんやりと外を見ていた。
「そういえば、エンド君。最初に登録したッきり、ステータスの更新してないですよね。もうずいぶん依頼を重ねてきたんだから一度更新したらどうですか?」
「更新ですか?」
「ええ。ステータスを更新すればこちらとしても、頼める依頼が増えますから。ご自身の成長を感じることもできますし」
「そうなんだ。ならやってもら――」
会話をしながらも、僕の視線は外にむいていた。
どうしてか、気になったのだ。
目が離せないというか、なんというか。
すると、会話の途中、見覚えのある横顔が飛び込んできた。僕は、その顔をみた瞬間、思わず走り出していた。
「ごめん、レイカ、オルカさん!」
「へ? ちょっと――」
「エンド様、何が――」
ギルドの窓を横切った横顔。
おそらくこっちのほうに来てたはずなんだけど。
そう思って僕はギルドを飛び出して走っていく。やはり見覚えのある外套が目に入る。
僕は全速力でそこまで走ると、その腕をつかんだ
「ひっ――」
「大丈夫。僕だよ、ルルル」
怯えが混じった顔を向けてきたルルルだったが、僕の顔を見るや否や、そのまんまるな目からこれでもかと涙があふれ出た。
「エンド! 村のみんなが! 村がぁ!!」
飛び込んでくるルルルを抱きしめていると、うしろからレイカが追いついてくる。
「一体何を――その子は!?」
「うん。レイカ。とりあえず、宿に向かおう。話はそれからだね」
何かが始まるかもしれないという予感。
そんな胸騒ぎを感じつつ、僕は泣きじゃくるルルルをなだめながら宿に急いだ。
◆
「村が襲われていた?」
ルルルの途切れ途切れの言葉を聞く限り、彼女の村はひどいことになっていたらしい。
僕からモグライラズの花をもらってまっすぐ村に帰った彼女を待っていたのは、ぼろぼろに壊された住居と傷だらけの村人達だったそうだ。
戦った男達は殺され、女は攫われていったらしい。
利用価値のない老人と隠していた子供達だけが、村に取り残されていた。
「あいつらだ! あいつらがきっとやったんだ!」
「あいつらって」
「オークだよ! いっつも、ルルルの村にちょっかいだしてきてたんだ! いつもなら大人たちがおっぱらうけど……今は病気が広まってたから」
「弱ってるその隙にってことだね」
胸糞の悪い思いがした。
人間からも虐げられ、魔物であるオークからも敵視されている。
いくら自然界が弱肉強食といえども、その扱いはあまりに悲惨だ。
冷静になればオーク側の行為も理解はできるのだが、目の前にはルルルがいる。どうしてもそちらよりんいなってしまうのは仕方がないだろう。
「ルルルがもっと早く花、見つけられたら、きっと大人たちの病気も治って、あいつらおっぱらえたのに……うぅ、うえぇぇぇん!!!」
ルルルは自分を責めながら再度泣き出してしまう。
僕はもたれかかってくる彼女の頭を撫でながら、レイカに話しかけた。
「オークって頭がいいの?」
「ある程度の社会生活ができるくらいには。ですが、森にすむ村の者たちをいいようにするなど、それほど力のある魔物ではないはずですが」
「ぐすっ、ひくっ――、すごい強いオークがいる」
「すごい強いオーク?」
「すっごい強いやつ。ルルルじゃ敵わない」
聞く限り、オークの上位種と考えてよさそうだけど。
レイカを見ると、その表情は引きつっていた。
「もしかして……オークキングですか」
「知ってるの?」
「知識だけですが……。なんでも、オークが進化した姿であり、オークを統率するものと言われています。かつて、オークキングがある国に現れた時は、手ひどい被害がでたとか。たしか……討伐のランクはAです」
「ランクAか……」
僕が戦ったことのある魔物はCが最高だ。
苦戦こそしなかったものの、油断していて勝てる相手ではなかった。
そこから二つもランクが上なのだ。どれほど危険なんだろうか。
「それでね……どうにかしなきゃって思ったけど、どうしようもなくて……気づいたら、エンドの匂い、辿ってた……」
「そうだったんだね」
僕は、ルルルの言葉を聞きながら考える。
ランクAの魔物。
いくらスキルの恩恵を得ている僕だって、そんな魔物に勝てる保証などどこにもない。
でも。
彼女はたったひとり、ここまでやってきたのだ。
世界に虐げられて、見つかれば殺されるかもしれない恐怖の街に。
たった一人で。
僕が、スキルのレベルが上がる前にこんなことできただろうか?
いや、無理だ。
いじめられていたあの状況に甘んじて、ただ無為に生きることを望んだだろう。
だからこそ、孤児院が燃えるまで何もできずにいたのだから。
ルルルを見ると、必死でこらえているけど涙があふれ出てきている。
悔しいのだろう。
悲しいのだろう。
そんな思いを想像すると、胸が張り裂けそうになってしまう。
だけど、そんなルルルは僕を頼ってきてくれた。
森の中で出会っただけの僕に。恐怖の対象である人間に。
絶望の中の救いの手。
それが、僕にとってはレイカと本の世界だったように、彼女にとっては僕だったのだ。
そうならば。
僕ができることは――。
「レイカ」
僕がレイカに話しかけると、彼女は焦った様子で声を荒らげる。
「い、いけません! ダメですよ、エンド様!」
「僕は、ルルルを助けたい」
「無理です! いくらエンド様が強くなってるっていっても、ランクAの魔物は軍隊を率いて戦うもの。たった一人で挑むなんて、そんな――」
レイカが言うことは正論だ。
だが、僕は知っている。頼るすべがないあの心細さを。孤独を。
「なら、ギルドに依頼をするの? 獣人の村を助けてくれって?」
「そ、それは……」
「なら他に方法はないよ、レイカ。わがままだと思うけど、僕は僕と同じような人を見捨ててはいけないんだ。なぜだか、そんな気がするんだよ」
「エンド様……」
レイカは俯き、しばらくすると顔をあげた。
「なら約束してください。最優先はあなたの命。それだけは守ってください」
「わかってる。うん、ありがとう、レイカ」
僕とレイカのやりとりを、ぽかんとした顔で見つめているルルル。僕は彼女の頭に手を置いて、できるかぎり優しく語り掛けた。
「僕が行くよ、ルルル。助けられるかわからないけど、助けられるように努力をするよ」
「……いいの?」
「ああ。君も、そう思って僕のところに来てくれたんだろ?」
「……そ、だけど」
そうと決まったら、そうもたもたしている暇はない。
疲れも取れていないけれど、すぐに出発をしないとね。
「レイカ、ルルル。今からしっかりと休んで、朝には出発をしよう。それでいいね?」
「……はい」
「うん!!」
渋々頷くレイカと、無邪気に笑みを浮かべるルルル。
そんな二人を見ながら明日を思うと、自然と両手に力が入っているのを自覚した。




