七
「それが、この子なんですね」
「うん。僕ははじめてみるんだけど……この子って、前に聞いた……」
「ええ。獣人です」
そういって、レイカは眉を顰める。
それは、僕の助けた彼女が獣人だったからに他ならない。
獣人。
それは、差別の象徴。
人が、人としての尊厳を守るために虐げられた種族、らしい。
全部レイカの受け売りだけど、街でも人としては扱われない。奴隷としてなら街にいることができる、そんな存在だ。
僕らが知っている獣人の生き方。
それは奴隷として死ぬまで働かせられること。
だが、人目を避けることができている彼らは森やへき地で集落を作って生きていることが多いという。
もしかしたら彼女はその一人かもしれない。
「こんなところでどうしたんだろう。外で遭遇するなんて、珍しいことなんだよね?」
「はい。そうですね。普通は獣人は人を避けるもの。人の気配がしたらすぐに遠ざかってしまうと言われています」
「なら、この子は何のために……」
僕とレイカは、とりあえず彼女を安全な場所に寝かせることにした。
そして、僕ら自身の世話もしなきゃならない。
とりあえず、野営や食事の準備を進めていく。
レイカは食事の準備をしてくれており、僕は剣の手入れをしながらぼんやりとそれを眺めていた。
ようやく食事が出来上がろうとしたその時、少女がむくりと起き上がった。
まんまるの目で周囲を窺っているが、僕と目があった瞬間に鋭く睨みつける。
「お前達!! ルルルをどうするつもりだ!」
「僕らに敵意はないよ。とりあえず――」
「うるさい! ただじゃ死んでやるもんか! 絶対にお前らを――」
どうにも話が通じない。
僕は、しょうがないとばかりに切っ先を少女にむけ、魔物と戦う時と同じように、心を冷たく、鋭く、敵意で満たしてみた。
すると、少女も何かを感じたのだろう。
びくりと体を震わせて固まってしまう。
うん。
それでいい。
「ちゃんと聞いてね。僕らに敵意はない。君をどうこうするつもりなら、気を失っている間にやると思う。そこが理解出来たら一緒にご飯を食べよう。レイカのご飯は絶品だよ?」
そういって僕は気を抜いて剣をしまった。
振り返るとレイカは目を見開いており茫然としている。えっと、何かあったかな?
「えっと……いいよね? この子もご飯食べさせてあげて」
「いいですが……」
「ならご飯にしようか。僕、お腹減っちゃったよ」
そう言ってほほ笑むと、ようやくレイカもいつも通り笑ってくれた。
僕は、レイカが作ってくれたスープとパンを少女のために取り分ける。そして、僕らから離れたところに置いておいた。
もちろん、僕らも同じものを食べている。
しばらくすると、よっぽどお腹が減っていたのだろう。がつがつと少女がスープを食べ始めた。
僕とレイカはあえて何も言わずにいつも通りに過ごしていた。
すると、ようやく食べ終わったのだろう。
彼女が、食器をその場に置き立ち上がると、小さな声をこぼす。
「……ありがと」
先ほどとは違い、険のない柔らかい声。
僕はそれを聞いてニコリをほほ笑んだ。
「うん。どういたしまして。もし動けるようになったらもう行っていいからね。気を付けるんだよ」
「え……」
なぜだか戸惑っているみたいだ。
けどどうしてだろう?
しばらく見つめていると、少女はおずおずと話し始める。
「ど、どうしてだ?」
「えっと、何がかな」
「人間は、ルルル達のことみつけると、捕まえるか殺すんじゃないのか?」
「そうなんだ。でも僕らは捕まえもしないし殺すこともしない。君が何をしようと自由だよ」
「それに、助けてくれた……」
それは僕とっては当然のことだ。
ずっと僕も同じようにされてきた。
いじめられ、虐げられ。それでもなんとか生きてきた。だが、苦しかった。
だから僕は、同じようにつらい立場にある人には親切でありたい。誠実でありたい。そう思ってる。そんな人がたった一人いたら、僕だって救われたのだから。
「気にしないでいいよ。僕が勝手にやったことだから」
「でも! ルルルの一族は恩を受けたら必ず返さなきゃならない。でも、ルルル探さなきゃならないものがある。だから、お前たちに何もしてやれない」
葛藤の理由が分かった。
やるべきことと恩を返すことの板挟みになっているわけだ。
だけど、そんなのどちらを選べばいいかなんて決まっている。
「気にしなくていいのに」
「……えっと、名前は?」
「え?」
「お前の名前はなんだ。ルルルはルルル」
「僕はエンド」
「そうか。また会えたら、必ず恩を返す。絶対に忘れない」
「うん。期待しておくね」
そういってルルルはその場から立ち去ろうとする。
だが、茂みに分け入っていく直前に、くるりと振り返りぼくらに問いかけてきた。
「……白い花」
どこかすがるようなその目からは、心細さがにじみ出ているように感じた。
「小さい白い花探してる。穴ぼこだらけの真ん中に咲く、白い花」
「探してるの?」
「うん……村の人達が病気なんだ。それがないと治せない。見なかった?」
えっと。
知ってるっていうか持っている。
レイカに視線をやると、眉を顰めるもののすぐに苦笑いに変わった。
「いいよね?」
「たくさん採ってきましたから」
「ありがと、レイカ」
僕は、自分の荷物からモグライラズの花を取り出すと、それをルルルに見せた。
すると、ルルルは耳とぴんと立てて目をまん丸にしている。
心底驚いているんだろう。
「それ!!」
「いいよ。僕らも必要な数があるから、余ってる分でいいなら持っていけばいい」
ルルルはすさまじい速さで僕の前にきてその花を奪う様に持っていくと、満面の笑みで振り返った。
「ありがと! エンドは優しいな! 人間じゃないみたいだ!」
「それで村の人が助かるといいね」
「うん! 本当にありがと!!」
そういうと、あっと今に見えなくなってしまった。
僕はそれを見ながら頭をかくと、隣にいるレイカの様子を窺った。
「えっと、ごめんね、レイカ。勝手に色々やっちゃって」
「いいんですよ。エンド様の思うようにしてもらって。それにしても、近くに集落があるなんて聞いたことがありませんが」
「ずっと、遠くから来たのかな……」
あの小さい体でこの帰らずの森を抜けてきたのだろうか。
人間社会から虐げられたその身で。
その頑張りを思うと、身につまされる想いを感じてしまう。
だが、僕にできることなんて何もない。
だから、もう忘れよう
「とりあえず、寝ようか、レイカ」
「はい、エンド様」
僕らは身を休め、そして街に帰っていく。
このあと、ある騒動が起こるなんて、まったく思ってもみなかったけれど。




