第二章 不覚の感銘
前回の「認知」の続きであるため短いですが、どうか御容赦ください
「「っ!?」」
貴己と望は振り向きざま臨戦体勢に入る。
どん、と限界まで開けた引き戸に寄りかかっていたのは、
「はぁっ、はぁっ……」
肩を上下させ、息も絶え絶えな状態の果琳だった。
「か、果琳!」
「はぁっ、はぁっ……! あぁぁっ! あぁぁぁぁっっ!!」
「どうした!? 大丈夫か、ってちょっまっ!」
「はぁぁぁぁぁ……!」
貴己が近づくと同時、果琳は思い切り貴己に正面から抱きつく様にして寄りかかる。
貴己は倒れそうになりながらも何とか堪え、果琳の肩を持ち、顔を見る。
それは、悔恨の意思が瞳を通じてありありと伝わる様な、肉体的では無く精神的にひどく憔悴した表情だった。
果琳は貴己の肩に顔を当て、ふごふごと何事か呻いた後、頭をずらし額のみを押し付けた状態で、苦々しく漏らす。
「……鬼に、逃げられた」
「は……? 鬼に遭ったのか?」
貴己が尋ねると、果琳は何も言わぬまま頷き、ううー、と唸る。
「……めっちゃ、すばしっこくて、姿が見えなかった。それでも気配を頼りに追いかけてたんだけど、嗄れたダミ声で、『汝の友、あないみじうことになるやも知れぬぞ?』とか言ってさ……」
「それでここに来てくれたのか。なるほどな」
果琳の頭を撫でながら、貴己は合点がいって心の中でポンと手を打った。
つまり、ということは、
「って、もしかして俺が部屋出てすぐに鬼がいるってわかったのか!? なんで何も言わなかったんだよ!」
「……一人でやれるって思って、何も言わなかった」
「っ…………」
通常なら貴己は果琳に小言の一つでも言っているのだが、状況が状況だ。
寧ろ、大事にならなくて運が良かったと思うべきだろう。
貴己は息を吐き、もう一度果琳を見据えて言う。
「取り敢えず、旅館に戻ろう。希は俺が運ぶよ」
「わ、わかりました! 僕は両親を呼んできます!」
「あぁ、頼む。果琳、行くぞ」
望の言葉に頷き、果琳へ動くよう促した。
そして意識を失ったままの希をお姫様抱っこの形で抱きかかえ、貴己は旅館へと戻る。
顔面蒼白の亭主と女将がすぐにやって来た。
貴己が事情を話す。
反応は予想通り、彼らにとっては夢にも思わない衝撃を受けたようだった。
「希が生成りに……!? それは……なるほど、事情はわかりました」
未だ仕事をしていたのであろう。
二人は色濃い疲労を顔に浮かべながら、今しがた増えた精神的苦痛に顔を歪ませながらも即座に事情を理解した。
「こんな時だというのに、子供達だけにした私に責任があります。貴己くん、果琳ちゃん。危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳なかった」
言って、亭主は貴己と果琳に深々と頭を下げる。
次いで女将も頭を下げた。
己の非を認め、真摯に謝罪ができる大人はそういない。
ましてや相手が年端もいかぬ子供であったなら尚更だろう。
だというのに、目の前でつむじが見えるほどに謝罪をするこの人達は掛け値無しに良い人なのだろう、とは今の貴己に判断出来るほどの人生経験がなかった。
だからせいぜい、予期せぬ対応にあたふたと慌てふためくことしか出来ない。
「か、顔上げてください! あなた達が謝ることじゃないです!」
それでもたっぷり三秒ほど頭を下げていた亭主達だが、ようやく顔を上げると、
「明日から、いや、今日から本格的に対策を講じる必要があるな……」
悔しげにそう呟いた。
そして貴己達を見据えると、一転、険しい表情を和らげる。
「朝になったら希も目覚めているだろうし、今日はもう休みなさい」
それは子を持つ親としての、子供への純粋な忠告。
その気遣いを無下にする訳にもいかず、貴己は未だ意気消沈としている果琳を連れ、自室へと戻った。
速やかに就寝の支度をして床に就いたが、暫くの間、貴己は眠ることが出来なかった。
……あれは、何だったんだろうか。
希と望の間に立った瞬間に訪れた、不可思議な感覚、いや、事象と言うべきだろう。
記憶があまりに鮮明で、脳が興奮していて眠れそうに無い。
が、そこはやはり年相応の睡眠力か。
貴己は思考を巡らせているうち、いつの間にか夢の世界に誘われている。
一度、貴己たちの部屋の窓枠がカタリと鳴ったが、気づく者はいなかった。