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みんな幸せになりました。  作者: さがら


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4/4

サイクル。

一


人が死ななくなったわけではない。


ただ、死んでも戻ってこられるようになっただけだった。


死者蘇生技術が確立されてから、世界は大きく変わった。


事故で死んだ子供も、病気で死んだ老人も、適切な手続きを踏めば再び目を覚ますことができる。


もっとも、それには一つだけ条件があった。


死者を一人蘇生させるためには、生きている人間が一人、命を差し出さなければならない。


命を生み出すことはできない。


ただ、誰かの命を、別の誰かに渡すことができるだけだった。


そのため、蘇生施設を利用する人間は決して多くなかった。


誰だって死ぬのは怖い。


誰だって生きていたい。


それでも、大切な誰かのためなら死んでも構わないと思う人間は、いつの時代にもいた。


二


娘が死んだのは、六歳の誕生日の翌日だった。


横断歩道を渡っていたところに、信号を無視した車が突っ込んだ。


病院に駆けつけたときには、もう手遅れだった。


妻は娘の身体に縋りついて泣いていた。


私はただ、その小さな手を握っていた。


昨日まで、あんなに元気だったのに。


誕生日のケーキを頬張りながら、来年はもっと大きなものがいいと笑っていたのに。


私は娘の手を離し、病院を出た。


向かった先は、蘇生施設だった。


「蘇生をご希望ですか」


受付の女性が尋ねた。


私は頷いた。


「ご存じかとは思いますが、蘇生には同意された方の命が必要になります」


「知っています」


「一度手続きを開始すると、取り消すことはできません」


「構いません」


女性は少しだけ目を伏せた。


「ご家族には相談されましたか」


私は答えなかった。


妻に相談すれば、きっと止められる。


あるいは、自分が代わりになると言い出すかもしれない。


それだけは嫌だった。


娘には、まだ未来がある。


妻には、娘を育てる未来がある。


ならば、私が死ぬのが一番いい。


私は書類に署名した。


最後に思い浮かべたのは、妻と娘の笑顔だった。


三


娘が目を覚ましたとき、妻は泣いて喜んだ。


何度も名前を呼び、何度も抱きしめた。


娘は不思議そうな顔をしていた。


「ママ、どうして泣いてるの?」


妻は答えなかった。


娘は少し考えてから、もう一度尋ねた。


「パパは?」


妻は答えられなかった。


蘇生された人間には、死んでいた間の記憶がない。


娘にとっては、昨日まで一緒にいた父親が、突然いなくなっただけだった。


妻は父親が仕事に行っていると説明した。


娘は素直に信じた。


しかし、三日が過ぎても父親は帰ってこなかった。


「パパ、まだお仕事?」


「そうよ」


「いつ帰ってくるの?」


「もう少ししたらね」


妻は笑って答えた。


その夜、娘が寝静まったあと、妻は一人で泣いた。


夫が死んだことは分かっていた。


夫が娘のために命を差し出したことも分かっていた。


けれど、蘇生できると知っていながら、夫のいない人生を受け入れることはできなかった。


翌朝、妻は蘇生施設を訪れた。


四


私が目を覚ましたとき、妻はいなかった。


代わりに、娘がいた。


「パパ!」


娘は私に飛びついた。


「おかえり!」


私は娘を抱きしめた。


そして、妻の姿を探した。


「ママは?」


娘は首を傾げた。


「お出かけ」


その言葉だけで、私はすべてを理解した。


*


私は再び蘇生施設を訪れた。


妻を生き返らせた。


そして、私が死んだ。


*


妻は私を生き返らせた。


そして、妻が死んだ。


*


私は妻を生き返らせた。


そして、私が死んだ。


*


母親が帰ってくると、父親がいなくなった。


父親が帰ってくると、母親がいなくなった。


娘は、そのたびに「おかえり」と言った。


そして、そのたびに「いってらっしゃい」を言えないまま、もう一人の親を失った。


娘が七歳になったときも。


八歳になったときも。


九歳になったときも。


家には、いつも親が一人しかいなかった。


誕生日のケーキを囲むのは、いつも二人だった。


学校の行事に来るのも、いつも一人だった。


娘はいつしか、帰ってきた親に、もう一人の親の居場所を尋ねなくなった。


聞かなくても分かるようになったからだ。


五


十一度目の蘇生を終えた私に、施設の職員が言った。


「これで、旦那様の蘇生は十一回目になります」


私は黙っていた。


「奥様は十回、蘇生されています」


「そうですか」


「失礼ですが、いつまで続けられるおつもりですか」


私は答えられなかった。


「奥様も、あなたと同じことをおっしゃるんです」


職員は困ったように笑った。


「自分がいなくなっても、あの人には生きていてほしい、と」


私は俯いた。


妻がそう考えていることは知っていた。


私も同じだった。


「娘さんのことも、少し考えてあげてください」


その言葉に、私は顔を上げた。


「娘は、元気ですか」


職員は何も答えなかった。


六


娘は十三歳になっていた。


私が家に帰ると、娘はいつものように玄関まで迎えに来た。


「おかえり、パパ」


「ああ、ただいま」


娘は笑っていた。


けれど、以前よりずっと静かな子供になっていた。


夕食のときも、学校の話をあまりしなくなった。


私は久しぶりに、娘とゆっくり話をした。


「学校は楽しいか」


「うん」


「友達はできたか」


「うん」


「何か欲しいものはあるか」


娘は少し考えた。


「あるよ」


「何だ?」


「パパとママが、二人とも帰ってくること」


私は箸を止めた。


娘は俯いたまま続けた。


「私ね、もう『おかえり』って言いたくない」


「どうして?」


「だって、どっちかが帰ってくると、どっちかがいなくなるんだもん」


娘の目から涙が落ちた。


「私、二人とも大好きなのに」


私は何も言えなかった。


「もう、だれも生き返らなくていいよ」


娘は泣きながら言った。


「もう、だれも死なないでよ」


私は娘を抱きしめた。


そして約束した。


もう施設には行かないと。


これからは、二人で生きていこうと。


娘は何度も頷いた。


その夜、娘は久しぶりに笑った。


私も笑った。


妻には申し訳なかった。


けれど、これが正しいのだと思った。


七


翌朝、娘は死んでいた。


自分の部屋で、首を吊っていた。


机の上には、一通の手紙があった。


『パパ、ママへ』


『今までありがとう』


『二人とも、私のことを大切にしてくれてありがとう』


『でも、もう私のために死なないでください』


『私が最初に事故に遭わなかったら、こんなことにはならなかったんだよね』


『私がいるから、二人はずっと苦しいんだと思います』


『だから、もう大丈夫だよ』


『これからは二人で幸せになってね』


『大好きだよ』


私は何度も手紙を読み返した。


娘は、何も分かっていなかった。


私たちが命を差し出したのは、娘がいたからではない。


娘と一緒に生きたかったからだ。


それなのに。


私は、娘に何をしてしまったのだろう。


八


娘の葬儀は行わなかった。


まだ、死んだと認めたくなかった。


私は娘の身体を蘇生施設に預けた。


そして、受付で申請書を受け取った。


職員は私の顔を見ると、静かに頭を下げた。


「娘さんのこと、お悔やみ申し上げます」


私は何も答えなかった。


「蘇生をご希望ですね」


「はい」


職員は申請書を差し出した。


私はペンを握った。


何度も見慣れた書類だった。


名前を書き、署名をする。


それだけでよかった。


今までは。


私は蘇生対象者の欄にペンを走らせた。


最初の一文字を書いたところで、手が止まった。


しばらく、その文字を見つめていた。


やがて私は、職員に新しい申請書を求めた。


「書き損じですか」


「ええ」


職員は何も言わず、新しい紙を差し出した。


私はそれを受け取り、またペンを握った。


しかし、今度は一文字も書けなかった。


待合室の時計が、午後五時を告げた。


私はまだ、そこに座っていた。


膝の上には、白紙の申請書があった。


娘が生まれた日のことを思い出した。


妻は小さな身体を抱きながら、何度も私に礼を言った。


私は何もしていないのに。


それから、娘が初めて歩いた日。


初めて私をパパと呼んだ日。


三人で出かけた、最後の誕生日。


思い出すのは、いつも三人だった。


けれど、申請書には一人分の名前を書く欄しかなかった。


閉館時間が近づき、職員が声をかけてきた。


「本日は、いかがなさいますか」


私は顔を上げた。


「もう少しだけ、時間をいただけますか」


職員は頷いた。


私は再び申請書を見つめた。


そして、ゆっくりとペンを取った。


九


数時間後。


蘇生施設の一室で、一人の人間が目を覚ました。


職員はいつものように微笑んだ。


「おかえりなさい」


目を覚ましたその人は、周囲を見渡した。


そして、家族の名前を呼んだ。


返事はなかった。


もう一度、呼んだ。


やはり、返事はなかった。


十


蘇生施設の入口には、創設当時から変わらない標語が掲げられている。


『大切な人に、もう一度会える世界へ。』


その下を、今日も多くの人が通り過ぎていく。


誰かを迎えに来た人。


誰かに別れを告げに来た人。


そして、もう二度と帰らない人。


施設の中では、今日も誰かが目を覚ます。


「おかえりなさい」


その言葉と引き換えに。

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