出立までの悶着③ 王宮の子供たち
「殿下、お帰りなさい」「殿下」「殿下」「今回は何故急に?」
オルランドゥとヴェイル以外にも次々と幼い頃から王宮で生活を共にしていた仲間達がマクシミリアンの部屋にやって来て彼を囲み再会を喜んだ。
「マリアを迎えに行く為に戻ってきた」
「姫を?ウルゴンヌやスパーニアで最近なにやら混乱があったとは聞きましたが、いったい何が」
マクシミリアンはオルランドゥとヴェイルには事情を聞かせてしまっていた為、他の少年少女達にも他言無用として教えてやった。
「そんなことが・・・」
「ギュイがなんといおうが私はマリアを助けにいく。今晩立ちたい。フーオン、馬を準備しておいてくれ。ヴェイルは西部の地図を、オルランドゥは旅費を調達しておいてくれ」
「了解」「わ、わかりました」「おう」
「ところでアルシーナ、アスパシアはどうした?」
マクシミリアンは最年長だったアスパシアの姿が見えない事に疑念を覚えた。彼女は既に大人だったが女官をしていたので王都には住んでいる。城の方かマクシミリアンや母が暮らす宮殿で仕事をしている筈だが、前に帰国した時もマクシミリアンは顔を見ていなかった。
今度戻った時は顔を見たいとアルシーナに言い含めておいたのにまた居ない。
「・・・姉は摂政殿に王宮を追われました」
「何故だ」
「その・・・城の侍女に産ませた娘風情が宮殿に居るのは相応しくない、と・・・」
「馬鹿な・・・父が屋根を与える、と保護を約束したのだぞ。イコイド伯は承諾したのか?」
マクシミリアンの父、先王フリードリヒは希望する貴族の子供達を集めて宮殿で養育した。
広い国土と大きく分けて三つの民族から構成される王国においては受けられる教育が地方によって差が出てしまう。貴族であっても教育は父が行うか、高給取りの学者が家庭教師として務める風習のフランデアン王国であった為、教育に差が出て民族がばらばらになるのを恐れたのだ。
喜んで子供を王都に送ったものもいれば、人質かと警戒したものもいる。
嫡子でないならば、と渋々送ったものもいるが、フリードリヒは強制するつもりはなかったので無理にとはいわなかった。
イコイド伯ヘンウェンも子供達を代わる代わる王宮に送り込んでいたが、伯自身はつい王の宮殿で働く侍女に手を出して孕ませてしまっていた。懲罰を覚悟していたヘンウェンを王は笑って許し、産まれた娘を宮殿で保護し、侍女は実家に帰してやった。父母双方とも自家にはおいておけない為、将来は不幸になるしかない娘だった。
先王フリードリヒは鍋底王と呼ばれるくらいけちで有名だったが、庶子にも優しくマクシミリアンと同じように育てた。マクシミリアンも年の近い子供達と帝都に留学するまで兄弟同然に彼らと過ごしていた。
男の子とは共に学び、川遊びをし、狩りをして獲物を分かち合う事もあった。
王は珍しく女性達にも教育を与えたので貴族の中には学者にでもする気かと笑う者もいた。マクシミリアンは帝都で実際に学者や作家、記者として自立し時には商会主として働く女性も目の当たりにしているので国内貴族の方が考えが遅れているのだろう。
だが、ギュイやヘンウェンらは古い考えの持ち主だった。
「はい、父は喜んで追放に同意しました」
アルシーナは申し訳なさそうに王子に答えたが、彼女は父に逆らえないだろう。マクシミリアンに彼女を咎める事は出来ず舌打ちした。
「増長したなギュイ!王の約束を反故にするとは!!・・・それで、アスパシアはどうした」
「その・・・平民の戸籍を与えられてリージン河の何処かの水車小屋に嫁がされたとか。神殿に閉じ込められるよりはましだろう、と父が申しておりました」
「くそ!」
「申し訳ありませんが、家の事なのでどうかお平らに」
マクシミリアンは昔四つ年上で大人びた彼女に少し憧れめいた感情を持っていた。
もちろん彼には婚約者がいるので幼い頃に身近な女性に抱いた淡い想いではあったが。
「もう今更どうしようもない。とにかく殿下を助けてマリア様をお迎えしよう。殿下の計画は?兵を動かせない以上、自分で連れて来るんでしょう?」
リージン河の東に住むジャール人の子フーオンが問う。
「む・・・馴染みの兵士に夜、小門を開けて通してくれるよう頼む。その後は・・・現地についてから考える」
そんな無謀な・・・と子供達が呆れかえる。ここにいる子供達は最年長でもマクシミリアンと同年齢のフーオンが14歳であり、連れていく気はないと断言されてしまった。年長の子供達はだいたい15歳くらいで王宮から出て行っている。
基本的に12歳ともなれば大人扱いで、それ以上の年齢になると仕事を得始める。
王宮に招聘された学者や魔術師は大人にも講義をしているので12歳以上でも学び続ける事は出来るが、フーオンも王室狩猟官の手伝いをして暮らしていた。
「殿下、僕だけでも連れていってください。ツヴァイリングの山門は許可無くして誰も通る事は出来ませんよ。ウルゴンヌへ行くにはどうしてもあそこを通る必要があります」
ヴェイルの祖父ギュイは摂政を務め他の大臣達を率いて国内を治め、外交も司っているが、西部総督であり要衝を守る大貴族で軍事力もある。
「う・・・む、だがヴェイル、9歳のお前を連れていくわけには・・・・・・」
「僕は先王陛下が亡くなる前にここに連れてこられましたが、祖父がもう王宮に居る必要はないから故郷へ帰れ、と。今までお帰りをここで待つつもりでしたが、殿下がそういうつもりであれば先にツヴァイリングの領地に戻っています」
「それがいいと思います、殿下。出立は少し先に延ばしたらどうかしら」
他の子供達も同意する。
ヴェイルを最後に新しい子供は王宮に招かれていない。
先王の権威が少しずつ失われているのだった。




