出立までの悶着➃ 王の片鱗
マクシミリアンはいったん今すぐ出立するのを諦めて、王家の本来の出身地であるディリエージュに使いを出した。
ヴェイルは一族の者に守られて先に出発し、その間に王子も手はずを整えていた。
一度、日中普通に王宮を出て行こうとしてみたが、門の警備責任者はツヴァイリング家の者にとって代わられており彼は命令に厳格で通しては貰えなかった。
ちょっと王都を散策してくるだけだ、と言ってみたが太后からも摂政からも帝都に戻る様指示されている筈です、と頑として拒否された。
マクシミリアンは幼い頃から付き合いのある王宮警備兵が門の警備責任者を務める当番となる日を待った。王の証でもある剣は昼間の間に玉座から回収していた。この剣は以前に母からもう使ってよいといわれていたので誰も咎める事は出来ない。建国王と共に戦った獅子の神獣クーシャントの爪といわれる宝剣だった。
さて、決行となった月の無い夜。
マクシミリアンがフーオンから馬を受け取り、予定の小門につくと辺りが突然ぱっと明るくなった。中空に浮かぶ魔術の光に目が眩み、片手で遮ってなんとか周囲を見回すとすっかりたいまつを持った兵士達に取り囲まれている。
その中から一人近づいてくるものがいた。
「まさか本気だったとはな、マクシミリアン。そこまで考え無しだったか」
「ギュイ!何故、ここに・・・?」
「所詮まだ子供か、あんな動きが見破られないとでも思ったのか」
マクシミリアンが見回すと兵士の中には見知った顔があり気まずそうにしている。
(すでに王宮を守る王家の兵士まで抱き込まれていたか・・・)
「マクシミリアン。剣とその指輪を渡せ」
「これは王家のものだ。断る!」
「違う。王国のものだ。お前の私物ではない」
マクシミリアンは父から受け継いだ宝剣と秘宝を渡す事を拒否した。
ギュイは控えていた自身の騎士に奪うよう命じた。
「エルマン、回収しろ」
ギュイ同様に60を越えた老齢の騎士はその命令に戸惑った。
王子にそんな無礼を働いていいものかと。
「騎士エルマン・ザルツァ。国家の財産はこのような若造が持つに相応しくない」
「お前なら相応しいというのか、簒奪者め!」
マクシミリアンは憎々し気に吐き捨てた。
今まで大叔父に対してそこまではっきりとは口にしなかった言葉を。
ツヴァイリング家の当主に対して敵意を見せたマクシミリアンに対し、王宮警護の兵士はともかくギュイの直臣であるツヴァイリングの兵士達は槍を構えた。
エルマンも仕方なくマクシミリアンに近づき命じられた通りにする。
マクシミリアンもさすがにここで無謀に剣を抜いてまで抵抗はしない。
詰られたギュイは平然としたまま部下たちに連行を命じる。
「私がよい、というまで地下牢に閉じ込めておけ」
「は・・・」
王宮の地下、宮殿で罪人を一時的に閉じ込めておく地下牢に閉じ込められたマクシミリアンは次にどうするか考えていた。
◇◆◇
朝になると、太后マルレーネが側近や宮廷魔術師を伴ってやってきた。
マルレーネは実際にはかなりの歳なのだが、未だに少女の様な雰囲気を持っている。
「マックス。王宮を抜け出そうとしたのですって?ウルゴンヌ公の姫の事は諦めなさい。お父様の代わりに私が良い相手を捜してあげますから。帝都に戻るのが嫌なら王宮で暮らしなさいな」
マルレーネは新しいお嫁さんは自身の実家に頼んでみます、と言った。
「いや、やめてください。母上。私はマリアと約束したのです。母上だって一度心に決めた相手を親の都合で変えられ振り回されたりしたら嫌でしょう?剣や指輪だってギュイのものじゃない!」
女性の方がそんな事嫌がる筈だとマクシミリアンは思った、マリアとは幼い頃お互いに誓い合ったのだ、マクシミリアンの一方的な想いではない、と母を説得した。
「それはそうだけれど・・・仕方ないでしょう?皆を巻き込んで戦争になるって言われたら・・・とにかくギュイ殿に謝ってここから出してもらいなさいな。いいわね?」
太后は自身の側仕えにマクシミリアンの部屋から上着や毛布を持ってくるよう命じて去っていった。マクシミリアンが閉じ込められたのは地下牢といっても貴人用の部屋で調度品は整っていた。しかし、ここの世話になる人間が長らくいなかったので若干足りないものがあった。
マルレーネは出て行ったが、魔術師達は残って会話を始める。
「大きな子供がいるとは思えないほど可愛らしい方じゃな。あんなにきらきらした輝く瞳を見たのは初めてじゃ」
「建国王アンヴェルフは森の精霊と会話出来たといいますから。あの一族、エイラバント家はその血を強く引いています。妖精みたいな雰囲気の方が多いのですよ。男子を病で二人失ってしまったマルレーネ様は生き残って大きく成長されたマクシミリアン様が何より大事なのです」
「みたいなというか妖精の民じゃろう」
「ええ、『妖精女王』と呼ばれている方です」
彼女は純血の妖精の民だけあって普通の人間よりもかなり背は低い。
マルレーネは男の子を三人産んだが、二人とも大きくなる前に病で死んでしまった。マクシミリアンの帝都行きにも泣いて反対して嫌がった。
今回もマクシミリアンが危険な旅に出てしまうくらいなら地下に閉じ込めておいた方がいいとギュイに説得されてしまったようだ。
「ギュイとマクシミリアン王子が正面から玉座を巡って争う事になったらあっさり太后として、ツヴァイリング家に王朝を譲ると宣言しそうじゃな」
「エイラバント公もそれを危惧しています。ここ数代ツヴァイリング家をはじめとするベルク人から后を取る事が多かったですから」
「お二人とも、私の前でそんな話は止めてください。何用ですか、世間話なら宮廷魔術師に与えられた研究室でも図書館にでも行ってください」
目の前で話し込む老人達にマクシミリアンは口を挟んだ。
「ふむ、では話そう。なんでこんな馬鹿な真似をした。王国の民を個人の意思で戦争に巻き込むつもりか?」
「そんなつもりはありませんでした」
「つもりがなくてもそうなったら取り返しがつかんわ」
馬鹿な子供だ、処置無しとドロッセルマイヤーは呆れかえった。
「殿下、摂政殿にお詫びを申し上げて帝都に戻るべきです。今回の件で余計玉座が遠のきましたぞ」
重ねてフォールスタッフも王子を諭すが、マクシミリアンは頑とした拒んだ。
「ギュイは私に跪くよう要求した。もう摂政として、大叔父として敬う事はしない。詫びるなど冗談ではない」
「はっ、また意地と誇りか。一時跪くくらいなんだというのじゃ。大人になれ」
「フランデアンの獅子は何者にも屈しない!!」
それを聞いてマクシミリアンは烈火のごとき怒りの形相を見せ獅子のような咆哮を上げた。老人達は若き王子の怒りにたじろいだ。
熟練の魔術師としてかなりの自負を持つ二人でさえもその覇気に慄く
「失せろ!クソ爺!!」
「若!」
特に口の悪いドロッセルマイヤーに対して汚い言葉を吐く王子をフォールスタッフは窘めた。
「こちらは礼儀を守っているのに、いつまでもこの頭でっかちの臆病者は侮辱を続けた。もう十分だ。失せろ、役立たず共」
マクシミリアンは様子を伺っている警備兵にも聞えるような大声で言った。
やり返されたマイヤーが反駁する。
「あ、頭でっかちの臆病者じゃと!?」
「知に過ぎれば臆病になる。祖先が残した言葉だ。貴様はさぞ優れた魔術師なのだろう。だが、間抜けな臆病者だ」
「言葉が過ぎるぞ、従属国の王子風情が!」
「だから、どうした。貴様の様な臆病者に何が出来る」
さんざん侮辱され揶揄われたマクシミリアンはもはや礼を捨て去った。
帝国から来た老魔術師は睨みつけるがそれだけだ。彼に王子を傷つける事は出来なかった。
「フランデアンの獅子は何者にも屈しない。貴様が馬鹿にした意地と誇りによって我が国は1000年間帝国の侵入を阻み続けた」
「だが、最後には屈したではないか」
「帝国の権威を認めただけだ。フランデアンの王は皇帝が相手でも膝を屈した事は無い!帝国軍の進駐も許してはいない!!」
建国王アンヴェルフは三つの民族をまとめあげ、ツヴァイリング家が根拠地とする双子の山で帝国の侵入を阻み、後を継いだ王達も皆徹底抗戦を続けた。
遂には帝国も既に征服した地域での内乱に手を焼き、武力での制覇を諦め、譲歩してフランデアンの神話への侮辱を止めた。
ドロッセルマイヤーは言葉も無い。
フランデアンははっきりと独立国である。
「何事ですか」
マクシミリアンの怒声が地下に響き渡り、驚いた牢番がやってきた。
「この竹林の七賢を気取ったマヌケ共を下がらせろ」
「は、はい」
地下牢にあっても王者の威厳を見せるマクシミリアンに牢番は命じられるがまま魔術師達を連れて出ていった。14歳で小柄ながらマクシミリアンは鍛えられた体躯を持ち、古き血族の魔力を発散し、周囲を威圧する。
ただの牢番風情に逆らえるわけもなかった。
その夜遅く、また一人訊ねて来る者があった。
おっくうそうに扉を開けてよちよちと歩み寄ってくる丸々と太った小男を見てマクシミリアンが呟く。
「ナーメン伯、今度は貴方か」
「いまだお冠のようですね。まだ来るのが早かったようです」
ナーメン伯べべーランはたいまつに照らされた禿げ頭を左手で掻く。
「誰に説得されようが、ギュイに頭を下げる気はない」
「しかしですな。せっかく先王陛下のおかげで健全化した財政が破綻するのを見たくありません」
べべーランは王国を東西に区切るリージン河で商船隊を経営する富豪だった。
その才腕を買われて宮廷に出仕し財務を仕切っている。
「当面十分な余裕はある筈だ。戻ってきて帳簿は見せて貰ったぞ。あれは読みづらい。工夫しろ」
「さすがですな」
べべーランは感心する。若いながらしっかり財政にも気を配るとは父の影響が濃いのだろう。
「ギュイも浪費するような人物では無い筈だが」
「ええ、ですが国家指導者が定まらず政情が不安定ですと、各国商人達の足が遠のきます」
「そんなことはいつになったら玉座を譲るのか、ギュイに問え。私にいうな」
「ごもっともな事で。しかし私ごときが口を出すのも憚られます。できればお二人でよく話し合って頂けませんかな」
べべーランも自分から歩み寄れというのだ、マクシミリアンは舌打ちした。
「その気になって頂けないようですな。しかし成人の儀が全て終わるまでには時間があります。まだ摂政殿が玉座を譲らないと決まったわけではありません」
遺言によって摂政がマクシミリアンが成人したと認めるまでは王位につけない。
「申し訳ありませんが、先王陛下がお決めになった事です」
「確かに、銀礼祭と播種祭を終えるまでは完全には成人したといえないかもしれない。だが、それまで待っていてはギュイの権力基盤は確固なものとなっている。別に私が王位についたからといってギュイを追放したりはしない。あいつは権力を失うことを恐れているのだ」
「・・・やはりお二人でよく話し合うべきではありませんか」
「お前が話せ。私ばかりに譲歩を迫るのは不公平だ」
マクシミリアンは自分は今まで十分譲歩してきたと思っている。
伝統を重視するならば十二歳になった時が大人の仲間入りとされている。
マクシミリアンは十分な教養と能力を身に着けるべく帝都の学院へ赴き優れた成績を修めているがギュイはまだ認めなかった。
そして今度の事件だ。
自分が王位についていれば周辺諸国に圧力をかけて手出し出来ないようにして、婚約者を保護していた。だが、ギュイは己の役割を放棄した。
だからマクシミリアンは帰ってきたのだ。
「王位継承問題について、私が介入するのはやはり間違っております」
「お前は誰の味方なのだ!中立などという立場は無いぞ!」
「私は先王の招聘で国家に仕えているのです」
老魔術師達をも圧倒したマクシミリアンの覇気をべべーランは涼やかに平然と受け流した。
古典ファンタジーといえばお髭もじゃもじゃの老賢者、魔術師。
歴史に重きをおいた物語であり、少年少女だけで引っ張るおはなしではない為、要所要所で活躍するのは大人です。
でも賢しげに振舞う老人に一言言ってやりたいという個人的感情からちょっとマクシミリアンの口も悪くなりました




