第27話 学院二年目③
「マックスはいつまでカレリアを拒むつもりだ?彼女の事が嫌いじゃないなら子供くらいくれてやればいいじゃないか」
学院が始まったある日、カレリアが肌身離さず持ち歩いている愛人雇用契約書をマクシミリアンに出して拒絶されるといういつもの光景をみてベルンハルトがそういった。
「あら、いいこといってくださいますわね。さすがは次期国王様♪」
ベルンハルトに兄弟はいるが、長子であり特に問題なく学業を修めているため継承権一位だった。
「ひとごとだと思って・・・無責任な」
「相手がいいといってるんだから構わないじゃないか、別に。カレリアだってもう適齢期だし。マックスだって妖精の民なら成熟が早いから普通なんだろう?」
「ですわ」
ベルンハルトとカレリアは学年は違うが二人とも今年で18歳。
二人ともすっかり大人だった。
「ま、まだ学生だし。マリアと結婚してもちゃんと学院卒業するまでは・・・まだまだ」
マクシミリアンは赤くなってもうこんな話題は止めにしてくれとそっぽを向いた。
「ベルンハルトはもう子供いるしね。気楽なもんだ」
ガルシアがバルアレス王家の内情を暴露した。
「えっ、うそ」
「ほんと、それも学生一年目でね」
「手が早いなあ・・・」
マクシミリアン達は呆れた。
「ちゃんと結婚してるぞ、向こうから押しかけて来たんだしとやかく言われる筋合いはない」
「そうだね。でも最近スーリヤさんに目を付けてるみたいだけど」
「うちは二、三人嫁を貰うのが普通だ。そこらの国より王権は強くないし、男達は戦争でぽんぽん死ぬし、決闘だの何だの大時代的な事やってる騎士も多いし」
「うちみたいによく決闘してるような国もまだあるものなんですね」
マクシミリアンは少し親近感を覚えた。
馬上槍試合を決闘手段として人死にが出ないようルール整備は行われているものの、どうしても事故死ややり過ぎて死ぬものは出てくるので国としては徒に有能な騎士が死ぬのを防ぎたい。戦場ではもう騎士の時代は過ぎたと言われてはいるが優秀な戦士である事には変わりない。
「ガルシアはまだいないの?」
「さて・・・僕の場合は父に疎まれているからどうなるかな。いっそ帝国騎士でも目指してみるか。遍歴の旅にでも出るか・・・、帝国で学者でも目指すか」
「ごめん」
ガルシアは長子だが、左利きである事を理由に継承順位が低く、既にガリシア公となることが決められていて無いも同然の扱いを受けていた。
「いいさ。それよりマックス達は今年は二年か、そろそろ講義も専門的になってくるよ」
「楽しみです」
「熱心な事で結構だ。政治や歴史学なんかはだいぶ帝国に都合の良い事を行ってくるから注意した方がいい。煌びやかな帝都に魅せられてここで教わる事は何でも正しいとすっかりはまってしまう学生も多いからね」
ガルシアの語る所によれば、帝国史観、人類を導き蛮族から世界を守るものとしての考え方が随所に出てくる、反対するものは人類の敵であって滅ぼして当然であると。
「世の中絶対に正しい事も、永遠に続くものも無いのさ。カレリアの前でいうのもなんだが。反帝国罪とかでしょっぴかないで欲しいな」
「そんな罪ありませんわよ。確かに永遠に続くものはありませんわ。旧帝国だって一度滅んでいますもの。それにご存じ?あの空に燦然と輝く太陽でさえいつか消滅する日が来るという事を」
マクシミリアンはそんな事は知らなかったが天文官と親しい彼女がいうことなら何か根拠があるのかもしれない。
「神々でさえ神喰らいの獣にやられて消滅してしまった方々も多いしな。神が死ぬなら神がおつくりになったものだっていつか消滅しうるだろ」
ベルンハルトは神話的観点から納得した。
「太陽といえば太陽神モレスの象徴。最初の神々なのに消滅するかな」
「原初の泥の巨人が消えたんなら、そこから生まれた神だって消えるんじゃないか?」
「非科学的ですね。終末教徒みたいですよ。やめてください」
「そうそう、やめやめ」
ドラブフォルトが馬鹿馬鹿しいと口にして、誰かが同意してその話は終わった。
政治問題については第二学年で各国の王政の違いについて習い、一部の都市参事会のような共和制についても講義があった。
もともと帝国支配階級強化の為につくられた学院の為、共和制都市国家の住民は招かれておらずガルシアが言ったように帝国の正当性を補完するような理論が多かった。
絶対的な権力を持つ国王もいれば封建領主に過ぎない王もいるし、リーアン連合王国のような選挙王政国家もある。
マクシミリアンも生まれつき王になる事が定められていた為、共和主義者の事については今までよく知らんかった。
この半世紀ほど共和制国家の樹立を求める市民戦争が繰り返された為、帝国でも秩序を乱す悪の理論として若干量の時間を割き始めている。
同盟市民連合のような共和制国家は帝国の覇権とそれによる秩序を認める限り存続が許されていた。講義がある度に学院の大半の生徒である帝国貴族達に隠れて従属国側の王子達は政体論を話し合っていた。
「そういえば、去年帝都で逮捕されて母国に送り返されたツキーロフだけど、受け取り拒否されてうちの国に留まっているらしい」
「ツキーロフ?」
マクシミリアンには覚えが無かった。
リカルドは苦笑して解説してやった。
「ちゃんと新聞読まなきゃ。王政反対を訴えてたやつさ」
「帝国で王政反対を叫ぶなんて勇敢なんだか、間抜けなんだか」
「帝国に対してじゃなくてガヌ・メリに対してらしいけどね。元々自分が生まれた国がガヌ・メリに屈服して同盟市民連合に亡命したんだけど、そこでガヌ・メリに対して過激な武装闘争を繰り返して追い出されたんだ」
「ガヌ・メリの自称大王か。あいつ随分暴れまわっているみたいだね」
「ベルゲンやオジェール達に敗れてからうちにちょっかい出すのを諦めて中原で弱い者虐めして回っているようだ。帝国も沿岸諸国以外にはあまり干渉しないから」
その後マクシミリアンは大使に確認を取ると、ツキーロフはリージン河沿いにある同盟市民連合の一都市マルマトイに受け入れを拒否されて同盟市民連合の依頼でフランデアンで10年間の投獄刑に処されていた。
他の同盟市民連合の都市にも全て拒否されて東方圏行政長官が東方候へ依頼し彼の命令で道中だったフランデアンで仮処分となっていた。
◇◆◇
さて、学院が開かれ世間が夏祭りで毎晩競われる花火や祝祭魔術師が繰り広げる光の祭典に酔いしれている頃、ガドエレ家のギッドエッドに招かれたドラブフォルトがマクシミリアンを誘い、結局ぞろぞろとスパーニア勢や同窓組も集まって彼らも民間主催の祭を特等席から見物し楽しんでいた。
庭園では花火や魔術による光の演出が良く映えるようには灯りを極力抑えていた。
しかしテーブルクロスの足元には目印になるようにうっすらと蒼白く輝く刺繍があった。
「あ、それ」
「そうだ、気づいたか。何でも妖精の民秘伝の夜光塗料が塗ってあるそうでな。当家の技術者達がどうやっても分析出来なかった。どうだ、製法をこちらに託してみないか?量産出来るようになれば、フランデアンにも十分な見返りを用意しよう」
マクシミリアンも王宮や妖精宮で見かけた事がある代物だった。
恐らくディリエージュで販売された物が流れたのだろうが、恐ろしく高値になって帝国では流通しているらしい。昼間の間に蓄えた光が夜になって発光現象を起こしているのだが、優れた技術を持つ帝国でも解析出来ていなかった。
「残念ながら製法は私も知りませんし、そういう事は国の大臣達次第ですよ、ギッドエッド殿」
「ふん、商機を逸したな」
「ギッド、もし解析出来ても技術を盗むのはよくありません」
「特許を申請していなければこっちの自由だ」
「それはそうですが・・・」
ドラブフォルトとしては特許を申請した段階で帝国にも技術流出しているので、西方商工会は時折苦渋を舐めさせられているのが気がかりだった。申請しなければしないで帝国は技術者を探し出して高額な報酬を与えて帝国市民として迎え入れてしまう。
いわゆる『従属国』が不満を抱えている原因の一つだった。
しばらく気まずい空気が流れたが、ガルシアが戯れに各国の考え方の違いを話題に挙げた。
「なあマックス。自分の老いた両親や妻子が増水した川に流されているとしよう。君なら誰を助ける?どちらもという答えはナシだ」
「父」
マクシミリアンは迷いなく答えた。
物心つく前からそれが道徳だと教え込まれていた。
だいたいマルレーネが溺れるとは思えない。水精に頼んで勝手に上がって来そうだ。
「ではギッドエッド殿」
「息子だ」
「ストレリーナ」
「母ね」
「スーリヤ」
「丈夫な方」
「ドラブフォルトは?」
「スーリヤさんと同じ」
マクシミリアンは逆にガルシアにも聞いてみた。
「僕なら娘かな。父と答えるべきなんだろうけどね」
「どういうことだ?」
ギッドエッドがガルシアに理由を尋ねた。
「東方では父への孝が何よりも優先される道徳だ。ストレリーナは母系社会のスヴェン族出身だから母を優先した。スーリヤさんは・・・」
「みんな飢えてるから、生き残れるほう」
「ドラブフォルトは・・・まあ市民戦争で人口が減少し過ぎたからだよね」
「ええ、スパーニアには食糧援助でとてもお世話になりました。特にプリシラさんの所には大変な無償援助をして頂いたと聞きます」
「わたくしが産まれる前の事ですもの。礼には及びませんわ。それに今は西方商工会と随分いい取引をさせて頂いていますし」
帝国の政策で西方市民が弄ばれたという認識は従属国間で根強かった。
帝国は分断政策によって従属国が強力になりすぎないよう調整を図っていたのでその一環だろうと。
「それでどんな目的でこんな質問を?」
「いやね、今年はマグナウラ院で比較文化論を取っているのだけれど生徒が少なくてね。できればマックスにも将来はこちらの道に進んで貰いたいと思ったんだ。各国の考え方の違いは実に面白い」
「彼は王になるんだろう。そんなものは学者にやらせておけばいい」
ギッドエッドは下らんと吐き捨てた。
ドラブフォルトがまったをかける。
「いや、ギッド。もし君か君の息子が将来皇帝を目指すなら学んでおいて損は無いと思いますよ。選帝侯の支持が欲しければね。ストレリーナさんやマクシミリアン殿下は将来の有力候補だと思いますし。継承権や相続税などの税制にも大いに関わってきます。女性の王位継承を認めるか否かなど各国のしきたりに対して偏見があれば人類の統率者として相応しいとは思えません」
「現皇帝陛下はまだ若い。俺と10も離れていない。今の時点で次の帝位については話すのは甚だ不遜だ。それにストレリーナはともかくフランデアンは現代文明から遅れ過ぎていると聞く。東方候に選ばれるのは無理だろう」
マクシミリアンは悔しいがギッドエッドのいう通りだと思った。
フリードリヒの時代に経済力はかなり上昇したものの、軍事力や技術力では後塵を帰している。閉鎖的な東方職工会は新兵器の開発に熱心では無くフランデアンでは特にその傾向が強い。同じ東方圏の国でも内海側の国は帝国からの技術習得に熱心だった。
「ガルシア、面白そうだけど私としては国を富み栄えさせる事に時間を使いたい」
「ふうん、なら魔導騎士の課程になんか入らなければ良かったのに」
「そうですよ。来年はもう辞めたらどうです?」
ドラブフォルトもガルシアに同意した。
「・・・どうせ体は鍛えた方がいいんだから続ける。そこまで時間は使っていないし。ここで戦史も学んだけれど、なんだかんだいったって未だに国王が前線まで軍を率いる事が多いようだし」
「マックスの言う通り。帝国みたいに大規模な常備軍や将官を育成する専門の軍大学があるわけじゃない。貴族達だって王が出なきゃいう事を聞かない奴も多いんだ」
ベルンハルトは、自分も魔導騎士の課程を取っている事もありマクシミリアンの肩を持った。
「でも国王が剣を振るうような自体になったら・・・」
ガルシアが反対意見を述べようとするが、ベルンハルトは口を挟んだ。
「ガルシア。そんな事はわかってる。その時点で負けも同然と言いたいんだろうが、弱々しい王に従うのを良しとしない貴族も多い。自分に自信の無い王が指揮をしてもちょっと劣勢になったくらいですぐに撤退しちまうだろう。学問は大いに結構だが、帝国に次ぐ大国のお坊ちゃんの視点だ。机上で学んでもうちみたいな弱小国の事はわからないぞ。実地で学ぶのも考えた方がいい」
「お坊ちゃん呼ばわりは不快だが、ご意見は参考にさせて頂きましょう」
ガルシアは口の悪いベルンハルトを軽くいなし意見は意見として胸に留めた。




