第26話 学院二年目②
マクシミリアン達が学院の修練場へ行くとそこにはガルシアやベルンハルトがいた。彼らは新年早々舞い戻って来たらしい。
プリシラも退屈そうに眺めている。
「やあ、プリシラ」
「ごきげんようマックス」
「もう帝都に戻ってたんだ」
「わたくしは帰らなかったのよ」
彼女は国に帰るのが嫌で病気だ何だと適当に言い訳したらしい。
「ガルシアは長男なのに新年は国にいなくて良かったのかな」
「彼は左利きが矯正出来なくて後継ぎから外されちゃったのよ。国にいても辛いらしいわ、今時大領主が自ら剣を振るう時代でも無いでしょうに」
見れば確かにガルシアは左手で切っ先を潰した細剣を振るっている。
ベルンハルトはやりにくそうだが、一度後退した時に追いすがって来たガルシアの剣を強引に叩き折った。
「やるなあ」
「まあ俺は二つ上だからな」
「でもアレには勝てないだろ?年齢の問題じゃないよ」
ガルシアとしては素直にベルンハルトの腕を褒め称えたつもりだったが、アレを見てそんな事は無いと言い張った。
「じゃ、ちょっと相手して貰おう。おーい、君」
「はい?なんでしょうか」
「ベルンハルトとひとつ対戦して貰えないか?」
ガルシアが腕試しと依頼した相手はヴァルカのシセルギーテだった。
「構いませんが、いくらですか?」
「いくら?」
ガルシアには相手の言葉の意味がわからなかった。
修練場で稽古の相手をするのに金を取るとは聞いたことが無い。
「怪我をした時の為だそうです。私は将来帝国騎士にして頂けるそうで、私にはかなりの投資をして頂いているのです。何があっても文句を言いませんから・・・えーとなんでしたっけ。スーリヤ様」
「保険金よ、シセル」
「そうでした。保険金という奴が必要なのだそうです」
近衛騎士からも注目されているシセルギーテに勝負を挑む生徒は多く、うんざりしていた事もあって彼らは金を取る事にしたようだ。
スーリヤ、シセルギーテの主従はマクシミリアンと同年齢だが、入学が一年早かったので学年は違う。
「うーん、それは知らなかったな。じゃあ止めておこうか。馬鹿馬鹿しい」
「いや、ガルシア。話を振っておいてそれは無いだろう。それならこの宝石を渡すからそれでどうだ」
ベルンハルトはベルトの飾りから宝石を一つ取って彼女達に見せた。
「ふむ、まあいいでしょう」
受け取ろうとしたシセルギーテに対してベルンハルトは直前にすっとずらした。
「惜しくなりましたか?」
「いや、違う。ただの稽古で渡したら俺が金を払って訓練を頼んでいるみたいじゃないか」
「違うのですか?」
「違う!腕試しだ。そうだな。おい、お前・・・スーリヤだったか」
「何ですか、お前だなんて失礼な」
シセルギーテと常に一緒にいるヴァルカの姫スーリヤはベルンハルトの呼びかけに嫌そうな顔を向けた。
「む、すまん。つまりだな、この宝石でおま・・・スーリヤに一つ俺の為に舞を見せて欲しいんだ。これはあくまでもその代金だ。もちろん稽古の相手はして貰うが」
「へえ、ひとさしだけでいいのね。お受けしましょう」
シセルギーテの剣同様に、スーリヤの舞の技も学院の舞踊学の実技でも去年の万年祭でも高く評価されていた。一年生ながら異例の招待でスーリヤは剣闘大会決勝前の余興でその妙なる舞を披露し、本人自身の可憐さもあり熱砂の国の舞姫として注目を浴びた。
ヴァルカは国土の半分を砂漠に呑まれて貧しい国になっており、彼女が成人次第持参金は不要どころかヴァルカに援助を行うのですぐに妻として迎えたいと近隣国から求婚の打診が殺到しているほどだった。
そしてベルンハルトとシセルギーテの対戦となった。
結果からいえばベルンハルトの腕前は水準以上だったが、シセルギーテの敵では無かった。
ベルンハルトは相手の事を突然変異の魔力自慢だろうから、全力で魔力放出しない稽古なら勝てるとたかをくくっていた。
しかしながら、シセルギーテはただの力自慢ではなく剣技に置いても優れていた為ベルンハルトでは勝てなかった。
「くそう!」
「いやはや、意外とやるので驚きました。貴方はバルアレスの王位を継ぐ方でしょう。私は剣技を磨く事以外何もしていないのですから他人より優れていて当然です」
シセルギーテは近衛騎士ヴォイチェフから最低限必要な教養と礼法だけでも良いと言われたので、その言葉を素直に受け取って大抵の講義をサボっていた。
ヴォイチェフは方々に頭を下げて進級を許可して貰うのに必死だったが、シセルギーテに伝わっていない。
「意外とは余計だ」
「失礼しました。剣の相手ならシクストゥスが良いと思いますよ」
「シクストゥス?」
「私と同学年ですが、15の帝国貴族ですので男性の誇りを汚す事も無いでしょう」
紹介されたシクストゥスはシセルギーテの剣の相手を務めている内にめきめきと腕を上げていた。彼は帝国貴族でこのまま帝国騎士になる事をを志望しているという。学院では最高学年の生徒の一部しかシセルギーテの相手にならず、さすがにまだ教師役の帝国騎士には及ばないが、シクストゥスは同学年で最もシセルギーテに近い腕前を持っていた。
◇◆◇
「さて、僕らも腕試しをしようか」
マクシミリアンはリカルドと修練場で年の近い相手を探して鍛錬を始めようとした。
「12歳はシセルギーテしかいないぞ」
「お金を取られるのはちょっと・・・ウルトゥがいればなあ」
ホルドーのウルトゥはまだ帝都に戻っていなかった。
彼の国には転移陣が無いのでリーアン上王の元で借りるか、アル・アシオン辺境伯まで行くか、いっそ陸路で来る事を選ぶ小国だった。
「稽古なら俺がしてやろうか?」
負けて終わってしまったので、戦闘意欲を持て余したままのベルンハルトが提案してきた。彼はもう18歳なので年齢差がありすぎる。
「いや、それはさすがに」
「心配するな、手加減してやるしどの武器を使ってもいい」
「何でもいいのですか?」
「ああ、槍でもいいぞ」
体格差があるのでリーチの長い槍の方がいいだろうとベルンハルトは軽く考えた。
「じゃあ遠慮なく」
武人を目指す者の嗜みとしてマクシミリアンは武器の扱いを一通り学んでいた。
「重いだろうから魔力を全力で出しても構わないぞ」
「そうさせて貰います」
槍を振り回すので修練場は一時貸し切りにして場所を空けて貰った。
ベルンハルトは最初は真面目に相手を務めていたが、途中でマクシミリアンの闘志を燃やさせようと要らぬことを言った。
「どうした、それでもシセルギーテと同じ歳か?故フランデアン王が情けない跡取りだと草葉の陰で泣いているぞ。それとも偉大な清冽王として名高いフランデアン王もこんなもんだったのか?」
「何を!その彼女にボロ負けしたくせに!もう忘れたのか、鳥頭め」
煽られてついマクシミリアンは挑発に乗って煽り返してしまった。
「う、うるさい。アレは突然変異だ、あいつが異常過ぎるんだ」
「だったら僕を煽るのに父上の名を出すな。恥知らずめ!」
「ちょっとちょっと殿下」
リカルドが冷静になれと忠告する。
しかしベルンハルトの方も鳥頭だの恥知らずだのといわれたら収まらない。
つい本気で剣を振るってしまった。振るってから「あ、やべ」と内心で声をあげている。
マクシミリアンはリカルドの忠告で我に返っていてその鋭くも大振りの一撃を槍で受け流しつつ武器を捨てて、驚いて体を泳がせたベルンハルトの腕を取りそのままの勢いを使って地面に捻じ伏せた。
ベルンハルトが抵抗しようとしても突っ伏して右腕を捻られた状態では身動きが取れない。
「なにをっ」
「どんな武器を使ってもいいといわれたからね。肉体も関節技も武器だよ」
「ぬうう、それが王者のすることか!」
「王の在り方は僕が決める事だ。僕がこれぞ王者の証といえば誰にも文句は言わせない」
「おのれ・・・!」
体格差があるのでベルンハルトは強引に起き上がろうとしたが、マクシミリアンは神々に加護を祈った。拳聖直伝の体術と妖精の民の幻力でベルンハルトは堪えきれず悲鳴を上げる。
これ以上やればベルンハルトが立ち上がる目に骨が折れる。
「父上を使って僕を侮辱するな。取り消せ」
それでも抵抗しようとするベルンハルトにガルシアが声をかけた。
「ハルト。今のは君が悪いよ。別に本心じゃなかったでしょうに」
「わかった、わかったよ。俺が悪かった。ちょっとマクシミリアンの本気が見てみたかっただけだ」
ベルンハルトは力を抜いてもう抵抗しないと意思表示した。
それでマクシミリアンも腕を解放して彼の手を取り立たせた。
「謝罪を受け取ろう」
「まさか関節を極められるとは思わなかった」
「槍があの通り折れちゃいそうだったからね」
稽古用の槍はベルンハルトの剣に耐えられずに、最後の一撃で折れてしまっていた。マクシミリアンは受け流そうとしたが、ベルンハルトの剣が鋭すぎた。
「しかしマクシミリアンの魔石は去年の練習用のものだし、俺の方が出力は上げられる筈だが力でも負けたな・・・」
「さすがは世界最古の王家だね」
「ははは」
マクシミリアンは苦笑いをした。
「あ、なんだマクシミリアンの魔石割れているじゃないか。今ので限界を迎えたか。よくそれで俺を捻じ伏せられたな。どこからあんな力が湧いてきたんだ?」
「神様にご加護を願ったんだよ」
「そんなんで強くなれるなら、俺だっていくらでも祈るよ」
「自分が必要な時だけ祈っても駄目だよ」
「それなら神官は皆力持ちってか?ははは」
ベルンハルトも周りで聞いていた他の面子も誰も信じないで謙遜だと笑っていた。
それゆえに魔導騎士の闘法が発展したのでそれも当然だが、マクシミリアンとしては世間ではそこまで信仰が無くなっていたのかと驚いた。
マルレーネにご先祖様はそんな力に頼らなかった、ちゃんと日々神々を敬い、誓約を守っていれば神々からご加護は貰えるのだと説教されて改めて父との約束、マリアとの約束、騎士の誓約を神々に誓い日々祈りをマナと共に捧げて来た。
そして今ちょっと助力を願ったのだった。父の事が絡んだとはいえ、下らない事で神に助力して貰った事について後で神々へ詫びてこようと反省した。
こうした神々の戒律に従い、奉ずる神が喜ぶような誓いを捧げ、苦行を行う事やマナの奉納によって加護や神々から返礼として力を授かるやりかたは古代人はよくしていたらしい。信仰が廃れ奇跡が失われていくと共にそういった方法はただの気休めのおまじないとなり、時代が経つとその認識すら無くなっていた。
「今日は厄日だな。俺が恥をかいただけか」
ベルンハルトはぽりぽりと頭を掻いた。
「まあまあ、私が慰めてあげるから」
「スーリヤ様、私は楽器を取って参ります」
「暇だから私も演奏に参加してあげる」
「プリシラもか、じゃあ僕も何かやろうかな」
皆一度汗を流してから今度は舞踏場へ行って音楽の腕を披露しようということになった。芸人のやることだと蔑む国もあれば、貴族の教養として学ぶ国もある。
彼らは教養として学んでいる国だった。




