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誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第二章 妖精王子の留学
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第10話 天馬寮監カレリア②

マクシミリアンの怒声に怯える天馬をカレリアはどうにか宥めながらマクシミリアンに再度尋ねた。


「まあ、怖い。あまり怒鳴らないで。天馬はとても臆病な生き物なの。それでサインはこちらに頂けないかしら」

「こちらの意図が伝わらなかったようだが、そんな破廉恥な申し出はお断りする。帰るぞ」


延長の申し出はしない、とだけ受け取ったカレリアは契約自体には同意してくれるのかと思って改めて契約書を差し出したが、マクシミリアンは確認しようともせず、リカルド達に声をかけさっさときびすを返した。


「え、ちょっと待って。どうしてそんなに怒っていらっしゃるの?無礼があったらお詫びしますから話を聞いてくださらない?」

「知らぬ」


マクシミリアンはさっさと丘を下っていってにべもない。


「ねえ、ねえ。お願いよ。プリシラ、貴女も何とかいって」


カレリアの懇願に悲痛なものが混じり始めたので少しばかりマクシミリアンも心が痛んだが、いくら文化の違いといってもこれはないと思って振り返らなかった。

カレリアに頼まれたプリシラも困惑していたが、同窓生の頼みで仕方なくマクシミリアンに話だけでも聞いてやるように説得した。


「マックス、彼女とは三年の付き合いですけれど突然こんな事を言い出すひとじゃないわ。何か理由があるのよ。話を聞いてあげるくらいいいでしょう?彼女に貴方を侮辱したりするつもりはないのよ。・・・そういえば貴女よく一目で分かったわね」

「フランデアン王国の紋章は三つの頭を持つ獅子ですけれど、王家の紋章ではひとつだけと聞いていますし、瞳孔の形状とか雰囲気がやはり違うもの。噂に聞いた通りね。わたくし目がいいのよ」


上空から遠くを見る事が多いので視力が発達しているのだと彼女は言った。


「よく知っているな」

「調べたの。本当に貴方が来るのを待っていたのよ」


カレリアはその場のノリで愛人契約を申し込んだのではなく以前からマクシミリアンを見込んでいたのだと語る。


「何故・・・、いや別にどうでもいい。帝国人は僕に関わらないでくれ」

「・・・どうしてそのようにおっしゃるの?そんなにわたくしの申し出が気に入らなかったのなら保留でも結構ですのよ」

「昨日から次々となんのつもりなんだ」

「どうかしたの?マックス」


マクシミリアンはプリシラ達に昨日からの出来事を話した。

厚遇があり歓待されたのだが、その後であった帝国兵は横柄だった。

そこから妙な違和感を感じていた。


「それは気持ちが悪いわね。わざわざ政府高官が三人も出向いて歓迎してきたのに、一方で従属国呼ばわりしてくるなんて、さすがに不愉快だわ」

「わたくしはそんな人達と関係ありませんわよ」

「信じられるか」

「まあ、誤解を解く為にももう少しお話しましょう?そこの喫茶店でも」


丘の上にはオープンスペースのテラス付き喫茶店があった。

そこらの草地では観光客や地元の人がめいめいにピクニックを楽しんでもいる。

ここは見晴らしがよく、帝国の地元人も空を飛ぶ乗り物を仰ぎ見るだけでも楽しんでいた。

丘には鉱山で使われるようなトロッコの観光列車もあり短距離だが軌道上を魔術による動力で運行されていた。空を飛んだり、自動で運行する列車に乗ったり一般人には珍しい魔術の奇跡を体験でき、魔術師も研究の傍ら安定した収入を得る事が出来た。


 マクシミリアンはまだ不快な気分だったが、プリシラと来たばかりで彼女の友人を嫌って帰るのも今後の付き合いに差し障る。

イーネフィール公家はウルゴンヌと領土を接してもいるのだ。


彼らが悶着を起こしているのをよそにエリンは天馬が気になってそろそろと近づいていった。だが、天馬はふわっと飛び上がってエリンから少し後方へ飛び退って着地した。


「ちぇっ」


残念がるエリン。


「天馬が気になるの?でも彼らはそう簡単には近寄らせてくれないのよ。ルナリス!しばらく好きにしていいわ」


カレリアが合図を送ると天馬は羽ばたいて上空を旋回し始めた。



◇◆◇



喫茶店に入り、席に着いてからカレリアは語り始める。


「わたくしは皇帝陛下から天馬の牧場を預かるヴァフレスカの一族。カレリア・ソレル・フロステル・ヴァフレスカ、プリシラと同じで学院3年目の17歳よ。学院には入るのが遅かったの。定員でね。帝都でなければ空いてるところはあったのですけれど、わたくしはここで天馬の世話をしなくちゃいけないし」

「別に貴女だけで世話してるわけではないでしょうに」


プリシラが苦笑する。


「あら、わたくしは人生をあの美しい子達に捧げているのですもの。少しでも別れるなんて嫌だわ」

「何でもいいけど、僕には関係ない。プリシラの友人だというから時間は割くけどさっきの話を続けたら即、帰るからな」

「仕方ないですわね。わたくしも一年は様子をみる計画でしたから今は諦めましょう」

「計画?」


話を続けるつもりはなかったマクシミリアンだが、つい自分から尋ねてしまった。


「そう。まず学院で劇的な出会いをするの。学院に天馬で乗り付けてさっきみたいに貴方の目の前で舞い降りてね。それから貴方を誘って共に天馬に乗ってずっとお会いしたかったって恋心を打ちあけて・・・、でも貴方は婚約者がいらっしゃるからって断るわ。それでわたくしは一度は諦めるのですけれどプリシラに紹介して貰ってひとまずお友達としての交際から始めるのよ」

「諦めてないじゃないか!それに僕には知っての通り婚約者がいるんだ」

「ええ、ですから先ほどの契約書には期間を定めておいたのよ?」

「い・・・意味が分からない」


これが帝国人の女性の流儀なのだろうか、マクシミリアンにはどうもそうは思えなかった。いくら文化が違うとはいえここまで理解しがたいものなのだろうか。


「たぶん・・・そうね。カレリアは学院にいる間だけ交際したいと思っているのよ。マックスは不実と思うかもしれないけれど、学院には若い男女が集まるのだもの。時折東方の女性でもいるのよ。留学期間中だけ母国に内緒で帝国貴族の男性や他の留学生と交際しているような方も」

「そ・・・そうですか。ご本人達が幸福なら僕には関係ありませんが婚約者がいる人間に構わないでもらいたい」

「婚約者がいてもいいのよ、留学期間だけの事ですし。わたくしにも婚約者候補者はいますし」

「初耳よ、カレリア」

「ええ、まだ決定では無いですし。ちゃんと子を産める女かどうか気にする方もいますしね」

「どういうこと?」

「女の方から離婚は可能といってもやっぱり何かと面倒なの。東方では奥さんを何人も貰う男性がいるそうですけれど、こちらでは妻帯は一人だけですからね。妻が子を産めないとわかってから離縁するのは外聞もあります。裁判所の裁定が下るまでは時間かかりますし、東方みたいに借り腹の習慣もないですし」


東方では正妻に子をが望めない場合、離縁して新たな妻を迎えるという選択肢を取ると相手の父親が激怒して攻め込んでくる場合もある。その場合複数の妻を迎えたり、代理の女に産ませて跡を継がせる場合もある、そういったケースは借り腹といわれる。

フリードリヒもマルレーネに子がなかなか出来なかった時、大貴族達から誰かに産ませるようにせっつかれていた。


産めや、増やせよ、世に満ちよという大地母神の教えが廃れても文化として色濃く残る帝国では子をちゃんと産める女の方が価値が高い。


「だから学院を出て結婚する前に一人くらい産んで来いとおっしゃったの?貴女の婚約者は」


そう聞くとプリシラは少々形の良い眉を吊り上げた。

いくら三年いて慣れた彼女にとっても帝国人の価値観は理解しがたい所がある。


「まだ候補者に過ぎませんわ、プリシラ。怒らなくてもいいのよ。ところで殿下、わたくしもプリシラのように親愛を込めてマックスとお呼びしても構わないかしら」

「構う。お断りする」


マクシミリアンは明らかに未だにカレリアに対して苛立っている。


「そう、残念ね。ところで先ほどのお話ですけれどわたくしは本当に帝国政府のちょっかいとは無関係ですのよ。天馬を管理する一族は代々政治とは無縁ですわ。天文官達とは親しいですけれど彼らも昔とは違って政治に関りありませんからね」


昔の天文官は占星術師を抱えていて、政策に口出し今日は日が悪いと公布を取り下げさせたりもしていた。現在では完全に天文学は学問として迷信は排除されて研究活動、航海学や軍事学への協力、記録、気象の予報などの実用的な業務に専念している。


「でもトゥレラ家は天文官達と親しかった筈。今の皇帝だってそうでしょう?」


マクシミリアンも皇帝の出身一族とその業務は知っている。


「そうね。でもそれなら陛下が政府に支持基盤を持っていない事もご存じではないかしら」

「そんな事まで知らないから君の言葉を信じる理由は無い」

「残念だわ、わたくし貴方を怒らせてしまうつもりは無かったの。ちゃんと時間を置いてから口説くつもりでしたのに。そうして告白しても迷惑と今のように怒られて帝国人は不実だと断じられてしまったかしら。わたくし達帝国人だってそれなりの家柄になると自分の意思で相手を決められない事はあるの。今だけなのよ、わたくしも・・・好きな相手と付き合えるのは」


カレリアは切なそうにマクシミリアンを見た。


「い、いや。貴女方の男女づきあいの仕方にまで口出しする気は無いけど僕には関わらないで欲しい。僕は婚約者を裏切る気は無い。神に誓って」

「ええ、裏切らなくてもいいわ。わたくし、交際を申し込むにあたってちゃんとあなた方の文化は勉強したのよ。ほら、この通り肌の露出も無いでしょう。嫌われるかと思って」

「それは上空が冷えるからじゃ・・・」

「黙っててプリシラ」


カレリアは突っ込みを入れてきたプリシラをぴしゃりと黙らせた。


「わたくしは東方の方々を卑下したり侮辱したりする意志は一切ないのですけれど、殿下やプリシラは複数の妻を迎える男性をどう思われます?不誠実だとは思われませんか?わたくしは殿下や東方の方々の事を調べたからこそ尊重し契約期間を設けてもいるのです。婚約者の方を裏切ってわたくしを取って下さいというつもりはありません」


帝国では一夫一婦制。

東方では一夫多妻制。


帝国でも、もちろん不倫もあれば娼婦もいて、身分が高ければ愛人の一人二人はいるが社会的に認められた妻の立場としては一人だけ。

東方でも複数の妻を迎える者はそれなりに財産があり地位も高くないと難しいので大半の人間は一人だけだが、複数の妻を迎える事は制度として許容され妻の立場も社会的に認知され敬われる。


「僕の父は母以外愛した事は無いからわからないな。父は亡くなる時まで幸せそうだった。僕もマリアだけを生涯愛するつもりだ」

「立派ね、マックス。わたくしの夫もそうだといいのですけれど」

「プリシラはまだ婚約者がいないのよね」

「ええ、イーネフィール公家はそこらの国家よりも大国といって差し支えありませんからね。後継ぎはお兄様と決まっているし、わたくしが嫁ぐのに相応しい家格の相手などそうはいません」


それからカレリアが留学で来ている他のスパーニア大公家はどうかと聞いてみたが、スパーニアのお家事情はかなり血生臭いようでプリシラは彼らの事は嫌いではないが何処か遠い国へ嫁ぎたいらしかった。



◇◆◇



「ところでマクシミリアン様は犬や猫はお好き?」

「え、まあ。普通に好きですが。それが何か」


突然の話の変化にマクシミリアンはついていけない。


「そこらで楽しそうに走っている仔達がいるでしょう。誰かが連れてきたんでしょうね。番犬もいれば愛玩犬も狩猟犬もいる。いろんな品種がいるわ。馬もね」

「それが何か?すまないが話が見えない」

「自己紹介の続き、よ。殿下」


くすくすと鮮やかな唇で踊る蝶にマクシミリアンはつい見惚れてしまう。

カレリア・ソレル・フロステル・ヴァフレスカは健康的な美人だった。

帝国の女性にしばしばあることでスカートを穿かずズボンとブーツを穿き、上着は乗馬服で身を固めている。鞭の代わりに魔術用の小さな杖をベルトに挟んでいた。


「自己紹介?」

「ええ、話を続けるわね。殿下はあの仔達の品種をどう思います?特に足の長い狩猟犬や、賢い番犬の事を」

「それぞれの役割があっていいんじゃないか?」

「そうね、でもあの仔達はみんな品種改良の産物。騎士が乗る軍馬も、わたくし達が日常的に食べる牛や豚も・・・いいえ麦や米、その他の多くの野菜も何もかも目的に合わせてより良いものへと改良されたもの」

「カレリア殿はそれがお嫌いと?」


神代の姿をそのままに留めるという神秘の生物を管理する人間だけあって、歪な品種改良の産物が嫌いなのだろうかとマクシミリアンは思った。


「いいえ、とんでもない。わたくしも改良し、改良される側の人間ですし」

「改良される側?」

「そう、天馬が背に乗せてくれるほど相性のいい人間はこの世に非常に少ないの。知りうる限り現代には20人ほどね。昔は何百人もいたそうですけれど、今や約6億まで膨れ上がった人類のうちたったそれだけなのよ」


人口増加とは裏腹に天馬に騎乗できる人間はめっきり減ってしまった。

天馬はかなりの確率でヴァフレスカの一族が管理している牧場と山地に現れるが、まれに他の場所でも目撃例がある。秋に行われる終古万年祭では天馬の競争も披露され全大陸から乗り手が集まってくる。


「それで、貴女方の一族が改良される側というのは?」

「改良される、というか自らの意思でそうして来ただけなのですけれどね。天馬の乗り手を夫に迎えたり、或いは妻に迎えたりしてきたのですけれどどうにも安定しなくて。わたくし以外の家族も世話をするのは許して貰えるけれど、乗せて貰えたのはわたくしだけなのです。それで我が一族は何千年も色んな地方から伴侶に迎えてきて天馬と相性のいい人間を作り出そうとしてきたわけなのです」


カレリアの説明でようやくプリシラにも彼女の目的がわかった。


「なるほど。それで妖精の民から伴侶に迎えて子を為してみたみたかったわけね」


だが、マクシミリアンはその理由に激高した。


「僕は種馬じゃない!」

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2022/2/1
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