第6話 聖賢王の戦い②
マッカーリルの慈悲によって三兄弟が帰郷した事は彼の騎士と従う領主達に知れ渡った。マッカーリルは配下に命じて戦の準備を進めたが、いつまで経ってもドゥームは挑んで来ない。
ある日三兄弟は父の死を報告に戻って来た。
「陛下、父は自死を選びました。遺体の処分方法で陛下にご迷惑をおかけするのは申し訳ないと焼死を選びこれを」
ヒルミッドは遺髪を王に差し出してひれ伏し言葉を待った。
「良い。遺髪も弔え。確認するには及ばぬ」
「は、有難き幸せ」
カルナインが三兄弟にドゥームが戦いを選ばなかった理由を聞いた。
リーアンの男であれば当然戦いを挑んでくると皆思って戦いの準備を進めていたというのに。
「それでお前達の父は何故、反旗を翻す事を決めたのに今となって自死を選んだ?」
「はい、父も戦いの準備をしていましたが私達が三人とも戻って来たのが予想外だったと、反逆の見せしめに首を晒されているものと思っていました。まさか、挑戦してこいと言われるとは想像だにしておらず、私達が帰郷を命じられた事で父もリーアンの男の誇りを取り戻しました。陛下のご温情に感謝します、と言い残し自らナーチケータの祭壇に飛び込んで罪を告白しました」
「そうか、彼の魂にウェルスティアの救済あらんことを」
マッカーリルとカルナイン、そして諸侯も三兄弟の忠誠心を褒め称えドゥームの罪が浄化され魂が再生される事を祈った。
◇◆◇
マッカーリルは三兄弟をそれぞれ叙任して騎士の列に加えた。
「さて、我が騎士達よ。この問題が片付いた事は喜ばしいが上王から戦の準備について何事かと詰問状が届いた。如何にすべきか」
「上王には10万の騎兵が従うでしょう。我々が独立戦争を挑むには時期尚早かと」
「然り」「然り」「今挑めば敗北は確実、露見が拡大すれば同志にも迷惑がかかる」
「だが、上王には何と?」「こうなったのも王妃のせいだ」
「そうだ、グロリアの不貞が原因なのだからあの女の故郷に攻め入るべし」
「そうだ!」「そうだ!」「不貞の報いを!」「外国人など迎えるべきでなかった!」
段々と諸侯の声が大きくなり騎士まで声をあげ始めるとマッカーリルが命じて鎮めねばならなかった。
「静まれ!」
マッカーリルが首から下げている小さな水晶は神器であり、その首飾りには所有者の命令を強制的に聞かせる魔力が籠っている。諸侯は王の魔力に反応して発された神器の強制力で一瞬で静まり返りひれ伏した。
「諸君の意見は分かった。カルナイン!」
「はっ」
「兵の半数を率いてエンシエーレ城を落とせ。グロリアは好きにして構わん。あれを使って開城させるなり、返してやってから戦うなり好きにしろ。適当な所で退けば帝国も何もいうまい。シオンは上王の下へ使者として赴け、グロリアに不実な行いがあってウルゴンヌと開戦すると。後は勝手に向こうが判断するだろう。わかっていようがこれは偽戦だ」
こうしてカルナインは報復に燃える三兄弟と巨人騎士ラケイアを率いて南に兵を率いた。ラケイアは巨大な棍を武器として今まで敵にした男達の頭蓋骨を首飾りにしている。
彼は生まれつき異常に巨大な体に生まれついて、両親から奴隷に売られて逃げ出し犯罪行為を繰り返していた。ある日、野盗団を討伐に来たマッカーリルに敗れて軍門に下りカルナインに騎士の心得を習い、恩徳に触れてようやく人生に意義を見出した。
自分を売り飛ばした両親を発見しても復讐せず、今では主君に忠実な騎士として仕えている。
フィアナ神聖王国はウルゴンヌに攻め込んだが、王を侮辱された家臣達の怒りはすさまじくエンシエーレ城では大きすぎる報復を行った。
マッカーリルはそれを知るともう十分だと兵を引き戻そうとしたが、そこにベルタの王子から使者が着いた。
ベルタの王子ネドラフからウルゴンヌに嫁いだ王妃が民衆に暴行にあって殺されたと訴えがあり、元よりリーアン連合に不満を抱える同志だった事から彼の姉に対する行いへの報復のとして継戦を決めた。
ウルゴンヌ側からすればリーアンを連合王国として上王の意思の元に行動を決定していると思われていたが、内情はベルタ側にウルゴンヌ王妃から救援要請があり、時悪くしてフィアナ神聖王国が攻め込んでいた。別口の事件だ。
◇◆◇
いっぽう上王は蛮族と結託しており帝国に討たれるさまを見たシオンは急いでマッカーリルに報告に戻り彼は兵を自国へ戻した。
状況は混沌とし、諸侯は誰が蛮族と結んでいるのか疑心暗鬼となり、王族をウルゴンヌに殺されたベルタの戦士達の怒りと復讐心は止める者がなかった。
新帝国歴1413年、春。
マッカーリルはネドラフがベルタ王国を掌握した事をきっかけにウルゴンヌから完全に軍を戻した。深夜、ピトリヴァータ神の大聖堂にリーアン西部の諸王や実力者達が集まり、香炉から煙が立ち昇る荘厳な空気の中、大神官は神剣マーキュリアルをナーチケータの祭壇に投じた。
通常の剣であれば刀身が溶けて泡立つほどの高温だったが、神話の時代に海神の娘が岩場に縛られて生贄とされた時、その神でも断てぬといわれた鎖を断ち切った剣は高熱にさらされても変化しなかった。
マッカーリルは躊躇わずにその剣を手に取って諸侯に見せた。
マッカーリルの手にはわずかな火傷だけでしっかと神剣が握られて剣は銀の輝きで暗い夜を照らし、諸侯は平伏して彼を盟主として奉じた。
彼らは遂に帝国に押し付けられた神を信ずるフィアナ神聖王国を捨てリーアン西部の小王と共に東方圏に回帰したピトリヴァータ神聖王国として独立戦争を開始した。