第5話 聖賢王の戦い
フィアナ神聖王国の王の名をマッカーリルといった。
この国は旧人類帝国の初代皇帝スクリーヴァが作らせた洗礼院を元としている。
すなわち妓楼である洗礼院の娼婦に落とされた古代リーアンの土豪達の妻や娘と帝国兵士の子や奴隷達だ。彼らは帝国人のように大地母神群の信徒へと教化された。
小王マッカーリルはウルゴンヌ公王カールの娘グロリアを后として、彼はリーアン連合からの離脱を狙っていた。彼らはリーアン連合の構成員といっても内部からは売春婦の子孫、裏切者として蔑まされ、ウルゴンヌ建国前はスパーニアと最前線で戦わされていた。
遊牧民ではなく帝国風の装束を身にまとい、信仰を旧来の風神や水神でなく大地母神群に改めた彼らは身内から軽蔑されるも帝国の行政区分制度によって東方圏に留め置かれ、リーアン連合の一員とされていた。
神々の時代には内海の東側であるイレス海からアル・アシオン辺境伯のあるアル・イル・ロワール地方までは大河があり、鮭が遡上していたという。その鮭の一匹に神の叡智を持つものがあり、それを食べたものは現象界に留まる人間には有り得ない叡智と力を授かり神格を得て神に並び称されるという伝説があった。
フィアナの王族は昔は同じように成人の際に鮭を生で食べていたが、ただの迷信で普通に腹を壊すので現代人は単に魚料理で成人の祝いをするだけだ。しかし周辺国は未だにフィアナ人は川魚を生で食べていると思い込んで馬鹿にしていた。
マッカーリルは成人の儀の際に王の地下墓所で発見された燻製らしきものを齧った事がある。彼に嫁いできたグロリアもやはり王族に加わる事で魚料理が供された。
しかし、ウルゴンヌから嫁いできたグロリアはそれを拒んだ。
「野蛮だと!?」
「そうです。魚を生で食べるなんて、有り得ません。しかも両手で掴んでですって?例え焼いた後でも庶民だってそんな野蛮な食べ方は有り得ません」
「愚かな、身の程を弁えよ」
グロリアは昔、病で顔が爛れたそうで国内からは代わりに妹姫のマリアを迎えるようにという声があった。マッカーリルは誠意を貫いてカールとの約定通りグロリアを迎えたが、その女は新しい故郷としてフィアナを全く愛そうとしなかった。
こうして嫁いできたその日の夜に、衆人環視の前でマッカーリルはグロリアの頬を打ち初夜は別々になった。フィアナ王の臣下達もそれからグロリアを王妃としてみなさず軽蔑した。グロリアの方も野蛮なリーアン人を嫌っていた為、それは白い結婚となった。
夫婦仲とは別にマッカーリルはウルゴンヌとアル・アシオン辺境伯との関係を強化していった。彼が保有する魔導騎士達についてもアル・アシオン辺境伯の騎士達から教えを受け蛮族退治の最中に倒した魔獣から手に入れた魔石を元に鍛え上げたものだった。
フィアナが軍備を増強する中でリーアン連合内で他にも同様の扱いを受けている国を巻き込んで独立国を建てる事を検討した。北東部の国々と違ってリーアン南西部の国々は定住化して長く既に遊牧民としての生活を失って何千年も経ている。
彼の治世で16の小国からなるリーアン連合においてフィアナは富強となり、マッカーリルの知恵にあやかりたいという諸侯が増え独立は不可能ではないと思われた。
◇◆◇
1412年の春、騎士カルナインがマッカーリルの執務中に緊急の要件があるとやってきて人払いを頼んだ。
「何事だ」
「陛下、お騒がせして申し訳ありません。謀反であります」
「何者がだ」
「・・・王妃様です。我々の独立の動きを母国と上王に知らせようとしておりました」
マッカーリルは舌打ちし、膝を拳で叩いた。
「何故あの女が機密を知り得た?」
「領主の一人が誘惑されました。上王に知らせて自分を褒美として受け取れば次の王になれると。これが帰郷する侍女に持たせて出国しようとした際押収した書状です」
「殺せ」
「どちらを?」
「両方だ」
騎士は頷いて退室しようとしたが、マッカーリルがそこで待てと声をかけた。
「馬鹿者、少しは止めろ。グロリアは捕らえて牢へ。侍女達は好きにしろ。領主の名は?」
「三兄弟の父です」
「ドゥームか」
「はい」
「三兄弟を呼べ」
「はっ」
マッカーリルの命に頷いて今度こそカルナインが退室した。
しばらく後、カルナインの従士がグロリアを逮捕して自室に拘禁した事を伝え、カルナイン自身も兄弟を連れて戻って来た。
フィアナの豪族ドゥームの息子ヒルミッド、イミディッド、オルドムッドであった。三人とも素質を見込まれて騎士修行中だった為に、マッカーリルの失望は甚だしかった。
深刻な顔をしているカルナインとマッカーリルから何か不都合があったのかと彼らは察して表情には緊張が見える。
「お前達の父の事で話がある」
「は、はい」
三人ともひれ伏して、次の言葉を待った。
「カルナイン、説明してやれ」
「はい。諸君の父ドゥームは陛下を裏切りグロリア様と密通しました」
「まさか、あんなぶさ・・・」
長兄のヒルミッドがうっかり常々思っていた事を口走りそうになり慌てて言葉を止めてひれ伏す。
「気にしなくていい。あれの事はよくわかっている。問題は目的だ、ドゥームは慈善の心からあれと密通行為をしたわけではない。私に代わって王になる為に共謀したのだ」
カルナインは押収した書状を三兄弟に見せてやった。
グロリアとドゥームの印が押してあり、印自体は複製する事は不可能ではないが書状の内容はドゥームら一部の者しか知り得ない情報があった。
「父に確かめます!」
末弟のオルドムッドが叫び出て行こうとするもすぐさま兄二人に取り押さえられた。
「申し訳ありません、考え無しの弟で」
ヒルミッドが謝罪する。
次兄イミディッドが言葉を続けた。
「父の罪は子の罪、どうぞ我々の首をお受け取り下さい」
オルドムッドもようやく事態の重要性が分かり、兄たちに習って頭を下げた。
カルナインは剣に手をかけ王の言葉を待った。
静寂の一時が過ぎてマッカーリルが出した言葉は彼らの予想とは違っていた。
「お前達に帰郷を許す」
「・・・なんとおっしゃる!?」
三兄弟は言葉を失い、カルナインはそれはなりませんと止めた。
マッカーリルは言い含めるようにもう一度声をかけた。
「もう一度だけいう。汝らの帰郷を許す。父の下へ帰れ。一度事は露見したのだ。いずれ誰かが漏らすだろう。どうせ誰かと戦う事になるのならば、お前たちは父への報恩を返して私に挑んでくるがいい」
三兄弟はそれぞれ王の言葉に反して帰郷命令を拒んだ。
「私達は陛下に忠誠を誓いました。叙任はされずとも陛下の騎士として終生仕える覚悟で弟子入りし、カルナイン様から技を伝授されました」
「私達を父の下へ返し陛下はどうなさるおつもりなのですか」
「どうか騎士の誓いを果たさせて下さい」
彼らの嘆願にマッカーリルは嘆息して説得するのは止めて別の言葉を紡いだ。
「主君の命令を拒むお前達を騎士にする事はできぬ。さりとて、お前達の父と戦になった時私の配下として戦った場合お前達は父殺しになる。そのような不名誉を負った者を叙任する事は出来ぬ。どうあっても不名誉な未来しかない」
「分かったか、陛下はお前たちに正面から堂々と挑む機会を与えて下さるというのだ。陛下に代わってもう一度お前たちに命じる。父の下へ帰り一族の名に恥じぬ戦いをせよ」
アナグラムジェネレーターで適当な名前をでっち上げていたらフィアナという名前が出てきたので
そのまま使ってしまいました。