第3話 傭兵女王の戦い
幾多の島を領し、世界各地へ傭兵団を送り出すパスカルフロー王国。
その王は東方圏に数少ない女王で名をアイラといった、既に治世は5年に及び安定している。
建国王はもともとスパーニアの貴族ギョーム公であり大陸側の領土帝国に放棄させられたが、アイラは今も自分はギョーム公爵のつもりである。
対立しているスパーニアを弱体化させる為にウルゴンヌ公カールと生前から協力関係にあり、カールの子供達を救援する為傭兵団を手配した。
それを都市ごと無残に虐殺された彼女は団長達に至急帰国してスパーニアとの戦に備えるよう命令を出し、善後策を協議する為、島主議会を開催した。
1413年新春、アイラから封土として島を預かった24の諸侯が都のあるアードヘッグに集った。議会ではアイラが議長席にあり、議員である諸侯は円卓を囲む。
進行は最も大きな島であるカー・スクォール島の主オランタンが務めた。
即時開戦すべきか、議員達は何カ月もの間、激論を戦わせている。
そこへ密偵として活動させていたアル・アシッドがアイラに報告へと戻って来た。彼はアイラだけに報告を行いフランデアンと同盟締結の特使派遣を求めた。
アイラはひとまず国内の意見を統一すべく長い議論に終止符を打たせた。
「オランタン公、結論を」
「フランデアンが開戦するのであれば、海賊を装いスパーニアの沿岸部の都市へ焼き討ちを開始するのがよろしいでしょう。上陸するのはフランデアンがグラマティー河を渡った後にのみとし、まず同盟を締結するのが先決かと存じます。いまだ我が艦隊は十分に集結しておらずスパーニアとの海戦に確実に勝てる保証はありません」
自由都市や各国の商会に派遣している傭兵団の契約破棄が思うように進んでおらず、パスカルフローには傭兵団も海戦に使う戦闘艦の帰投も遅れていた。
海賊に対抗する為パスカルフローは武装商船団も運用し海上交易にも手を出していた。そちらも年間契約があり、各国や帝国にも発注された荷がある為やはりまだ帰投出来ていない。
パスカルフローは代わりの傭兵団を手配して違約金の全額支払いをせずに済むように進めていたが、それに失敗。
「いいでしょう。陸軍を投入するのはマクシミリアン王子が王位につき条約を締結してからとします。ただしバルドリッド、フィエル、イルレスへの攻撃は許可しません。それらの地域を避け海賊に金をやって襲撃させなさい」
「はい、あとは造船所については如何致しましょうか」
「稼働率を上げなさい。いつまでも契約解除を引き延ばされる可能性があります。足りない人手は他所から回して奴隷を雇いなさい。船から投射する油壺の備蓄も増加させるように」
「承知致しました」
アイラの決定で何ヶ月も続いた会議はようやく終わり、諸侯は自分の領地へ戻って戦支度をした。アイラも黒衣を纏った精兵5000にいつでも出撃できるよう待機させている。アイラが居住する城の塔の窓からアルシッドがそれを眺めていた。
「『声なき軍団』ですか。陛下」
「ええ、いざとなればバルドリッドに忍び込んでスパーニア王の首を取って来てくれるでしょう」
この『声なき軍団』はパスカルフローの王家が買い上げた奴隷を子供の頃から鍛え上げた精兵で、幼児の頃から王にのみ忠誠を尽くするよう教育され傭兵として海外に行く事もない。大人になって軍団入りする際に同僚の戦士と決闘を行って勝利した方が舌の先端を切って女王に忠誠を捧げ、敗者を殺す。
反逆した諸侯の暗殺や危険な任務でも臆さず行う事でパスカルフローの国内で恐れられていた。
アルシッドは冷たい雨の中でも鍛錬を行う彼らに身をぶるっと震わせた。
「それでアル・アシッド。リーアンの件については他言無用です」
「蛮族女の件でしょう?この際リーアンやスパーニアが蛮族と組んだ人類の敵だと喧伝してウルゴンヌ側の陣営は人類の守護者として戦っているのだと明らかにした方がいいんじゃないですかね?」
アルシッドは密偵の職務としてまず女王に報告を行った後、自分でもそうするつもりだった。しかし、アイラはそれを止めた。
「ツェレス島の亡者騒ぎの時、多くの風聞が流れました。愛の女神シレッジェンカーマの信徒は虐殺され、慈愛の女神ウェルスティアの信徒までが対象となりました。理由を知っていますか?」
「エイラシルヴァ天爵を爆殺したとか、風紀を乱したとかでしょう?」
「いいえ、それもありますが帝都では蛮族の女が人間に化けているという噂が広がり皇帝の妃でさえ疑われて蛮族でない事を証明する為にナーチケータの祭壇に、燃え盛る火の中に身を投じるよう要求されたといいます。それらは全て無実でした。危険な噂をばらまけば人類は内部から崩壊します。アルシッド、貴方は自分の目で確かめたのですか?」
「い、いいえ。自分はその場にいませんでした」
「ならおやめなさい。ある日、目が覚めたら帝都の悪名高い五法宮の地下牢で監察隊から拷問を受けているかもしれませんよ」
アイラは帝国が裏でそういった危険な情報の真偽を確かめる調査を今なお続行していると教えてやった。人々が疑心暗鬼になって隣人たちが殺し合い、貶め合う魔女狩りのような事態が横行するのを恐れた。
「わかりました。この件は忘れます。ではあくまでも正攻法でスパーニアを攻めるってわけですね」
「ええ、もちろん。これは正義の戦いなのですから、神々に恥じる所はありません」
奴隷貿易や海賊事業も行っている彼らにとってスパーニアの沿岸諸都市の略奪、人身拉致やスパーニア商船への襲撃は正攻法の範疇だった。