第2話 草原王の戦い②
「くそっ、あの若造め!あの獣めが!しつこいバケツ頭共め」
1414年9月、ブランネン会戦でフランデアン王とアルドゥエンナ公に敗れてナーメン伯の領土征服に失敗したヤロスラフはギムニッヒ城まで退却していた。
連戦連勝を続けてガヌ諸国を制覇し、東部諸侯も撃破していたヤロスラフにはまだ少年のような小さい王に敗れた事は屈辱だった。
周囲の者に苛立ちをぶつけて回っている。
それを宥めるように戦士長ウルージが再攻撃を提案する。
「王よ。族長達に集結を命じよう。そして今度こそダニーロに引導を渡すんだ」
リージン河を得る事はガヌ人達の長年の夢だった。
戦士長はその制圧に後一歩だった為、諦めきれない。
「ウルージ、貴様は馬鹿か!そんな事をすれば向こうの思う壺だ。連中を河から引き離して戦え。族長達には略奪を続けさせて敵をこちらにもう一度引き付けさせろ。それからアルバートを呼んであのうるさい銃の対策も学ばせろ」
「しかし、略奪を止めるよう宰相からも指示が」
「戦いが続く限り止める事は無い。河まであと一息だったんだ。敵は少ない、見ただろうが!」
ヤロスラフは怒鳴り散らして座ろうとして冷たい石の床に顔をしかめて従者に座布団を運ばせた。そこへ座ろうとする前に城を固い革靴で歩んでくる音が聞こえて来た。
「誰だ」
「エンカの王カイだ。忘れたか」
「もうお前は王ではないぞ。貴様こそ呆けたのではないのか」
口の悪い彼らにはよくあるやり取りだったが、今回はかなり深刻だった。
エンカ王は強烈にやり返す。
「いいや・・・余はまだ王であるし、今後も王であり続ける。フランデアンの飼い犬如きに負けて逃げ帰って来たお前を我々はもはや大王とは認めない」
エンカ王はクーシャントを一目見て逃げ出したというヤロスラフを嘲笑った。
「俺の前で跪き靴を舐めて忠誠を誓った事を忘れたのか?」
「いつ、誰がお前の靴を舐めた?膨れた腹が邪魔で何も見えなかったくせに」
エンカ王はかつての偉大な戦士の姿と大きく変わったヤロスラフをさらに笑って挑発する。
「いい度胸だ。ここで殺してやる」
ヤロスラフはのしのしと億劫そうに歩いて手をエンカ王に伸ばした。
あまりにゆっくりとして動作だったのでエンカ王は甘く見てその腕を掴んで止めようとしたが、ヤロスラフの腕力は今も健在で、のしかかる様に襲いエンカ王の頭を掴んだ。想像以上の力にエンカ王は青くなった。
「や、止めろ!」
「『止めて下さい、大王陛下』だ」
ヤロスラフはそのままエンカ王の頭を握りつぶして床に叩きつけてプランの実のように粉々に砕いてしまった。
「ウルージ!輿を運んだ臆病者どもを殺せ。大王は二度と退く事は無い!」
「お、おう!」
ヤロスラフは戦場から逃げた責任を全て輿を運んだ奴隷達が勝手にやった事だとしてガヌの王達に示し、フランデアンとの戦を続行するよう命じた。
フランデアンと領土を接しているのはメリ氏族とキョウ、リョウだけ。
戦場にはこれからさらに三国の兵がフランデアンに投入された。