第15話 戦費調達
ナーメン伯べべーランは自分の領地がガヌ・メリに襲われているとは露にも知らず鉄鎖銀行の本店を訪れていた。この鉄鎖銀行とはもともと聖堂騎士団の金融部門だった。
聖堂騎士団は大陸中から訪れる巡礼者保護の為、巡礼者の旅の間の財産を保証し何処の国を通過しても銀行から預金を引き出す事が出来た。これによって巡礼者達は大金を持たずとも長い旅に出る事が出来た。
この金融部門が旧人類帝国が崩壊した際に聖堂騎士団の手を離れて鉄鎖銀行として独立している。15世紀の現在、金融業界においてはアルビッツィ家と双璧を為す巨大企業となっていた。
鉄鎖銀行は帝国本土ではなく、主に自由都市連盟で業務を行っているが、ツェレス島から近いキブリス島に本店を置いて今も巡礼者だけでなく世界各国に構築された銀行組織網を支配していた。
べべーランとハンスが頭取達の待つ部屋に入ると後ろで扉に鎖が巻かれた。
厳めしい顔をした傭兵が斧槍を持って警備につく。
誰であっても踏み倒しは許さないという意思の表れで、帝国の財務官であろうと大臣であろうと同じ対応をする事で文句は一切受け入れない鉄鎖銀行の掟だった。
そういった話を知らないハンスは驚いてべべーランを頼った。
「は、伯爵さま」
「慣例だそうですよ。不安にならなくても大丈夫です」
「そ、そうですよね。これから借りるんですし。客なんですから」
そして頭取のリュジーニャンとべべーランの交渉が開始された。
「さて、フランデアンのべべーラン殿でしたかな。戦費調達の為、私共から融資を受けたいとの事でしたが、返済の当てはあるのでしょうか。むしろ賠償金支払いの為に融資を受けた方がよろしいのでは?」
「フォル・サベルの戦いで我が軍が破れたのをご存じのようですが、それは気が早いというものです。我が国にはまだ10万の兵力を動員する能力があります。スパーニアからウルゴンヌを防衛するには十分です。所詮彼らはツヴァイリングを突破して我が国を攻略するほどの能力はありません」
べべーランはスパーニアとはまだ狭いウルゴンヌ内でなら五分の戦いが出来ると主張し、それ自体は頭取も理解した。
「それで戦費が必要と。それは分かりましたが少々誤解があるようです」
「誤解?」
「ええ、どうやらまだご存じないようですがフランデアンには中原諸国も侵攻を開始しています。リーアン連合も再びウルゴンヌを目指しています。あなた方に勝ち目はありません」
「・・・どうやってそれを私よりも早く?」
「私共は世界中の物資と資金の動きを把握しています。開戦する前から承知しているのですよ。全て」
べべーランは自分が情報戦で負けていた事を理解した。
どうやら出直しが必要なようだ。べべーランは一旦交渉を中断させようとしたがその前にハンスが口を挟んだ。
「でも銀行さんはそれでよろしいのでしょうか?」
「そちらは?」
「ああ、フランデアンの国王陛下の忠実な僕です」
「ハンスといいます」
「それで、何がおっしゃりたいのでしょうか」
頭取はハンスに先をうながした。
「だってこのままでは貸倒れになるのでは?」
「と、いいますと?」
「ウルゴンヌの運河建設で莫大な資金をカール様に貸していらしたのでしょう。それはフランデアンの後ろ盾あってこその信用だったのでは?」
「確かにそうです。よくご存じですね」
公表はされていないがマクシミリアンとマリアの婚約時期と工事の開始時期からして想像はつく。フリードリヒとカールの秘密会談も王宮で行われている。
「スパーニアが勝った場合、ウルゴンヌが借りた費用なんて返済しないでしょうし。ガヌ・メリだって関係ないでしょう。フランデアンが勝たない限り返済してくれるような国はいませんよ。運河も完成させなければ元は取れないし、スパーニアからしてみたらバルドリッドの商売敵になりそうな地域の運河なんて絶対完成させませんよ」
「だからフランデアンを支援せよ、と?フランデアン王が返済してくれる保証は?」
「うちの王様は律儀な事で有名なんです。何せ7つの時の誓いを守り、全てを捨てて大国に攫われたお姫様を一人で助けに行ったくらいですから。マリア様と結婚して王様を二国で共有すると宣言されている以上財政だってそうです。必ず契約を守る事は今や世界中が知っています」
頭取は他の部門長や監査役と相談する為に一度退出し、夕方遅くに再度べべーラン達を宿から呼び出し回答を伝えた。
「スパーニアとの戦いに対しては融資をしても構いません」
「・・・つまり、ガヌ・メリとリーアンを何とか出来れば融資して下さると」
「ええ」
べべーランはハンスが作ってくれた好機に忙しく頭を働かせた。
「わかりました。ガヌ・メリ程度どうにか出来るでしょう。我が国は5000年以上の歴史を持つ国、東方候とも親しい。あれは外交でどうにでも片付きます。ゆえなく攻めて来たガヌ諸国はいずれ諸外国からの非難で撤退せざるを得なくなるでしょう。リーアンについても上王が蛮族と組んでいたという証拠があり、皇帝の宮廷魔術師長も証人です。リーアンは帝国軍が追い払うでしょう。我が国の民衆の王に対する愛情と尊敬の念は神に対するそれに匹敵します。外国が我が国を制圧することは不可能です」
一度時間をおいた事で気を取り直したべべーランはよくよく考えれば徹底抗戦の意思さえあればあの二国はさほど脅威ではないと思い直していた。ガヌ・メリは力づくで他の国を従属させて強引に支配していた。リーアンも選挙王政での連合国であるためどうせ長くは戦い続けられない。帝国もこの状況で放置しておくわけがない、となればいずれ連合王国は崩壊する。
「しかしスパーニアにはどうやって勝つおつもりですか?おっしゃる通りスパーニアよりフランデアンの方が東方候には親しいでしょう。その分スパーニアは帝国政府と結びつきが深い。西方商工会からも大量の兵器を購入して進んだ軍備も保有しています。正直これまでフランデアンが善戦してきたのが不思議なくらいです」
「私は国の財務を預かる者です。軍事ではありません。もしスパーニアに確実に勝てる方法を知っていれば高値であなた方に売りつけているでしょうね。逆に頭取殿におかれましては投資されるのであれば、確実に勝てるようにその方法を我々に売りつけてみてはいかがでしょうか」