第14話 留守居のリカルド
リカルドはリージン河沿いの諸都市へ緊急警報を送り、防衛準備を急がせた。
マリアもプリシラも退避させたかったが二人とも身重で動かせない。
特にプリシラはもう出産が近い。
凶報続きで王都の雰囲気は暗く沈んでいて犯罪も増えて来た。
町の衛兵が必要最低限になってしまい、取り締まりもままならない。
籠城に備えて兵糧の買い占めを行っている為、食料価格も高騰しつつある。
そして、シャールミンが出撃した後さらなる凶報もあった。
今度はリーアン連合王国がサンクト・アナンを襲ってきたという。
本来、スパーニアと全面戦争に踏み切るのであればリーアンと同盟を結ぶか最低中立条約を結ぶのが条件だったほどなのに、今はスパーニアとリーアンに加えてガヌ・メリら中原諸国とも戦争状態になってしまった。
フランデアンは兵力の過半を失い大国三つと同時に戦争状態に入り絶体絶命の危機となった。
昔馴染みで城に残っているのはもうスパーニアから戻って来たルードヴィヒくらいしかいない。ヴェイルもシャールミンについていってしまった。
ルードヴィヒは仲間をおいて自分だけ生き延びてしまったと自分を責めていて話し相手にもならない。リカルドが頼れる者もおらずに必死にシャールミンの代理を務めていると、一人の来客があった。
一度別れた筈のフォールスタッフだった。
「老師、どうされたのですか?」
「爆破事件の件はこれ以上調査が難しくなったのと、イザスネストアス老師からの知らせがありましてね」
「その事でお聞きしたかった。リーアンで一体何が?陛下から聞いた話ではリーアンはもう片付く筈だったのに」
「それがですね。法務省の監察隊を呼ぶ筈だったのですが、連絡が届いてなかった事がわかりまして・・・途中で暗殺されたのかもしれません。それで再度使者を出しましたが、今度はナルガ河の防衛軍団が蛮族の攻撃に遭ってしまいました。もはや監察隊を出せる状況ではありません。そしてリーアンでも群雄割拠の状態が続いていましたが、東西に二分されて勢力は固まりつつあります。イザスネストアスは中立勢力のホルドー王の下へ身を寄せて東側の勢力と共に西側に対抗するそうです。西軍はフランデアンを敵と見定めました」
西側のリーアン勢力がフィアナやベルタだった為、ウルゴンヌとは間違いなく敵対すると踏んでホルドー王達は中立を維持する事を諦め東軍と連携を取り始めた。
「それで、またサンクト・アナンが襲われたのですか?」
「ええ、辛くも撃退はしていますがウルゴンヌに再び危機が訪れました。それでフランデアン王に協力するべくやって来たのですが行き違いになったようですね」
フォールスタッフは残念そうに魔術師の杖の魔石をいじくった。
「老師、この状況をどう解決すべきでしょうか」
「師としてはいきなり答えを教えるものではありませんが、もう勿体つけているわけにはいきませんね。現実を認める事が肝要です。軍事力で全ての方面を打開する事は不可能です」
「では何ができるでしょうか?」
「外交とこちらも何か策が必要です。敵の最大戦力を弱め、こちらの戦力を最大限に生かすのです。そして敵に内紛を起こして二分します。そしてスパーニアの蛮行を非難し国内のみならず国外からも義兵を募るのです」
リカルドとフォールスタッフは協力してフランデアン王の名で檄文を飛ばし、各地に使節を送りスパーニアの蛮行を訴えて東方候に協力を依頼した。そして国内に侵入した直近の脅威であるガヌ・メリの情報を集めた。
すると、リカルドが市長代理をしている所から上申があった。
「リカルド様、ガヌ・メリの事で一つお知らせしたい事が」
「お前は?」
「へい、河沿いでパン屋を営んでおりますヤンといいます。実はガヌ・メリのことはガヌ諸国内でも結構恨んでいる奴が多いんです。昔蛮族と戦っていた時戦友からそう聞きました。なんでも向こうの王様はとんでもなく嫌な奴だそうでそんな奴が勝ってうちらの王様になるなんてとてもとても耐えられないですよ」
パン屋の話自体は大したものではなかったがリカルドはそれでガヌ・メリと敵対しているあちらの活動家の事を思い出した。
そしてフランデアンはそのうちの一人を逮捕して軟禁している事も。
◇◆◇
「お前がツキーロフか」
「どちら様でしょうか」
「誰でもいい、お前はガヌ・メリの王政を打倒したいのか?」
「いいえ。違います」
なんだ、とリカルドは失望した。
幽閉生活で闘志を失ったのかと。
「私はこの世の中を入れ替えたいのです。・・・いいえ、違いますね。時の流れを少しだけ早めたいのです」
「世の中を入れ替える?」
「ええ、この偽りの時代を終わらせて王を民とし民を王とします。そして神を人に、人を神に、天地の理をひっくり返します」
ころっとね、とツキーロフは手振りで天地に模した手のひらをくるっと円を描いて入れ替えて、さかさまになるよう振舞い微笑んだ。
「お前・・・狂っているのか?」
リカルドはこれは駄目だと諦めた。
「狂う?わかりませんか?今、王達が被支配者たる民の為に奔走している。ウルゴンヌで苦しむ民を救おうと、自国の民を中原の民のような目に遭わすまいとフランデアン王が自ら出陣したように。民が王に支配されているのではなく、王が民に支配されている事を理解しなさい。この現実を全ての人間に認識して頂きたい。そしてこの欺瞞に満ちた哀れな中つ時代を終わらせましょう」
「何を言ってるんだ、お前は。そんな話はどうでもいい。お前はガヌ・メリの王を倒し奴に支配された中原六カ国を解放する気があるのか、無いのか?」
「もちろん、人々を解き放ちましょう」