第13話 窮地②
「ガルドが死んだ?本当なのかヴェイル」
「はい・・・なかなか出仕されないのでお部屋に伺ったら、首を吊って自死されていました。陛下にはこれを・・・」
ガルドは遺書で一族の失態を詫び自分の命を懸けて王に償うと書かれていた。
「あの馬鹿・・・なんてことを。生きて復讐してやればよかったものを」
ヴェイルも俯いて何も答えられなかった。
ガルドは王の側近として将来を期待されていたのに、自ら命を絶つとは・・・シャールミンの心に失望と虚無感が漂う。
だが、王としてどんなに衝撃的な知らせが寄越されても心を失い、活動を停滞させることは出来ない。組織が未熟なこの国では王が行動を止めれば国も止まる。
「リカルドを呼んでくれ、もうこうなったら動ける人間は一人残らず使う。私はもうスパーニアと講和をする気はない。あの蛮行をしでかした連中を一人残らず地獄へ送ってやる」
「僕も戦います!」
ヴェイルも預けられているクーシャントの剣を握りしめて力説する。
彼の兄代わりだった王宮の幼馴染達の部隊も全滅しているのだ。哀しみより復讐心が上回っていた。
「馬鹿をいうな、お前はまだ11歳だろう」
「陛下だって12歳でもう成人だって戦える年齢だって王様になれるっていってたじゃないですか!少ししか変わりませんよ!」
「むう・・・」
シャールミンは唸った。
自分の過去の言動を思い返すと、確かにもうそろそろヴェイルに初陣を許さないといけない年齢だった。
「私が前線に出る時が来たらついて来てもいい。それまで待て。私の槍持ちとしてついてこい。それでいいだろう?」
「う・・・わかりました」
前線の危機を知った諸侯が次々と登城してきてシャールミンに次の行動を尋ねた。
ギュイに代わって次のツヴァイリング公となる予定の分家出身サルヴェールもその一人。
「この危機如何致しましょうか。憤激のあまり攻撃をしかけたベルゲン将軍の旗下部隊も全滅し、残るはギュイ殿と軽騎兵団長のメルゲン殿のみ」
「コブルゴータ侯が増援に出た。ひとまず西部諸侯に可能な限り増援を出すように命じる」
「では私も出撃しても?」
「お前に何かあると西部全体が動揺する。待機して貰いたい」
ツヴァイリング公が前線にいる以上、その後継者まで前線に出すわけにはいかない。サルヴェールはシャールミンの説得に無念そうに頷いた。
フランデアン軍はスパーニアの蛮行に憤り戦意を高くする者もいれば、逆にベルゲンらまで世を去った事に意気消沈して脱走する兵も続出した。
◇◆◇
フランデアンの凶事はまだ続いていた。
今度は東部国境が侵された。
ヴェイルが伝令と共に飛び込んで来て報告する。
「アルドゥエンナ公から伝令です!ガヌ・メリが侵攻してきました!ギムニッヒ城が陥落とのこと!」
「オジェールはどうした!?」
「わかりません、既にアルドゥエンナ公も敗れて東部はかなり押されています」
その後一日に何度も伝令が着いた。
既にいくつも都市が落とされている。
しばらく前にあったガヌ・メリからの魔獣狩りの知らせを受けて国境を越えて逃げてくる魔獣を警戒していたのが災いした。
薄く広く部隊を展開させて国境を監視させていた為、一ヵ所に穴が開くと後方に予備部隊が無く、戦線を塞ぐ事が出来なかった。東部諸侯は次々と敗退して降伏していった。
ガヌ・メリはフランデアンと比べると遥かに国力は劣るが昔オジェールに敗北して以来近隣六カ国に侵攻して傘下に収め勢力を拡大していた。
リカルドがガルドの部下達を代わりに統率して報告を整理し地図に示して戦況を整理した。
「昔の敗北の復讐というわけか」
「しかし機を見るに敏というか、早すぎる。クンデルネビュア山脈がある以上、そうすぐには向こうに情報は伝わらない筈です」
「転移陣は帝国が封鎖しているし、そもそもガヌ・メリには置かれていない。どうやってこちらの苦境を知ったのか、偶然か?」
「いえ、陛下。こんな偶然は都合が良すぎる。使い魔を使ったのかもしれない。フォールスタッフ老師が使っていたような」
「ああ、なるほど。・・・とにかく進撃速度が速すぎる。軽騎兵団はウルゴンヌに送ってしまっているし、ここはどこかで城壁を頼りに迎え撃とう」
シャールミンは地図を見て向こうの目的を検討したがさっぱりわからない。
ガヌ・メリ傘下の六カ国が全て敵らしく、ほうぼうから侵入して来ている。
「どこに出てくるかわからないんじゃ防衛の準備もはかどらない。ひとまず動かせる部隊を王都に集結させて連中の狙いがどこか見定めよう」
「はい、それにしても退却してきた兵の話だとガヌ・メリは我々を馬泥棒とか罵ったり、アル・ダラスの住民を皆殺しにした悪逆非道なフランデアンを義憤により討つとかいっているらしいです」
「何だそれは馬鹿馬鹿しい。動かせる兵力は?」
「1万もありません」
「敵は?」
「少なく見積もっても3万、多ければ7万・・・10万になるかもしれない」
幅が大きいのはどこまでガヌ・メリに服属した中原国家がどこまで従順か不明だからだとリカルドは言った。
「東部諸侯に自分の領地を捨ててここに集まれといった場合どうなると思う?」
「まあ、分かってると思いますけどガヌ・メリについてこちらを裏切ると思います。多くはウルゴンヌの為に当主か代理の息子達が出征して全滅しているわけだから」
重臣が世を去り、あるいは増援の為王都を去った今、経験の浅い若者達には敵の狙いを絞り切れないまま手をこまねいて徐々に東部領域が落とされていくのを見ているだけしか出来なかった。
そして東部地域の制圧に専念しているかに見えたガヌ・メリが突如方向転換した時、一気にリージン河間近まで侵攻され援軍に送った部隊を急いで戻さなければならなくなった。
「まずい、このままだとナーメン伯の領地ブランネンも落とされる。そうなるとべべーランの商船隊も向こうに渡り、王都も攻撃範囲に入る。妖精の森も」
リカルドの報告に遂にシャールミンは決断した。
「私が行く。王都の守備兵も連れて。リカルドにはアンヴェルスの城主を命じる」
「そんな!」
「もう時間が無い。命令だ。ここを任せる。西部から何か連絡があれば、お前の判断で決断していい。アルトゥール、ガルノー、出るぞ!」
「「はっ」」
新帝国歴1414年9月。
スパーニアとの戦争が始まってから既に1年半が経っている。
いよいよ妖精王が自ら騎士を率いて出陣する時が来た。
相手はスパーニアでなく中原諸国連合。
父王とも争ったガヌ・メリの大王が相手だ。
戦争の時代の大半の期間は行軍に費やされます。
もう一年半、あるいはまだ一年半か。
大国間の争いで移動距離が長いのでどうしても時間は必要です。