第12話 窮地
グランドリーから先に一歩も進ませまいとするギュイとベルゲンの部隊とスパーニア軍は一進一退となって膠着している。その間に招聘された三伯十一公は国王と戦争継続について話し合うべく次々と登城してきた。
その中で紅一点、女性がいた。
シャールミンが会議の開始を告げると、開口一番、次期ツヴァイリング公として指名されているサルヴェールが場違いだ、と言いたげな顔でその女性に言い放った。
「なぜ、アンネがここに?」
「わたくしの家は当主である兄や夫、息子達をシエムやアロッカで失いました。他に陛下にお目通りが叶う男がもう我が家には残っていないのです」
「お悔やみを言わせて貰おう。スフォルツァ家を担う重責は辛かろう。私が君の分も請け負うから故郷に帰って喪に服すがいい」
「お悔みだけ受け取っておきますわ。三伯十一公の権利を奪う事が出来るのは陛下のみ」
アンネ・ベイリー・スフォルツァはどうなさいますか、という意思を込めて挑戦するようにシャールミンを見やった。
「アンネの会議への出席を認める。そして彼女はスフォルツァ伯爵家を継ぎ、夫を己が意思で選ぶ権利がある。彼女は王の庇護下にあり、彼女の権利、領地を脅かす者は我が敵となる。皆左様心得よ」
「かしこまりました」
サルヴェールが頷き、アンネも大仰に目を伏せて謝意を現した。
「さて、スパーニアとの戦闘を続行するか否ですが陛下は既にお心を決めておられるご様子」
西部総督ツヴァイリング公が前線にいる為、東部総督のアスカニエン公が会議の主導権を取った。
「当然だ。スパーニアからは降伏を勧める使者が来たが追い返した。連中は私にスパーニアの王宮まで来て敗北を認めて膝を屈しろと言い放った。だが、」
「『フランデアンの獅子は何者にも膝を屈しない』」
三伯十一公の多くが一斉にシャールミンに続いて唱和した。
「それは構いません。大きな犠牲を払いましたが、我々東部の軍は健在です。西部諸侯に代わって我々が戦ってもよい。我が国の独立は決して諦めず戦い続けた事に起因します、先祖の為にも簡単に諦めるわけには参りません」
「その評判が崩れれば、今後さらに大きな敵を招くでしょう」
「そうだ!今度は俺が行こうじゃないか。スパーニア人に嵌められるとはベルゲンの奴も不甲斐ない」
「よさないか」
アルドゥエンナ公が威勢よく立ち上がり、ヴァーヴェン公が諫めた。
東部当主達は意気盛んだが、西部、中部の貴族達で当主が自ら来たのはエイラバント公とベーメン公のみ。父や息子を失ってまだ立ち直っていない者も多い。
戦死したミーミンゲン公の代理として来た甥のクリストフもその一人だった。
「陛下、戦いを継続するのは構いませんがもはや出せる兵士がいません。種を撒き、収穫する者がいなければ。士気があっても腹が減っては戦えません」
「食料は買う事が出来るだろう。我々はまだやれる。騎士の勝負であれば我々の方が上だ」
ティロル伯の代理としてやってきた騎士アンドレアスは軍神を奉ずる騎士であり、当主が帝国に出張している大使であるため、彼が指揮を一任されていた。
「我々は家名と国家の大義の為に殉ずる覚悟はありますが、兵士達はウルゴンヌの為に犠牲になりたくはないと思っています。兵士達には大義よりも家族の方が大事です。そして現代の戦争の主力は兵士達です。騎士や英雄などではありません」
「貴様!」
「現実を見て下さい。我々は10万の兵力を失い敵にはまだ30万の兵力があります。これではフランデアンを防衛するのが精一杯。ウルゴンヌではもはや戦いになりません、長期戦になれば国が傾き、子を失った母達の嘆きの涙で国土は沈むでしょう」
「陛下に我々の失態の責任を取らせて敵に跪いて下さるようお願いしろというのか?王妃に国を捨てろと?この臆病者の反逆者が!それがアンヴァーグ家の御意思か」
当主がアロッカで戦死したアンヴァーグ公家は代理として王の顧問だった魔術師ヴァルデマールを寄越してきた。
魔術師の言葉をアンドレアスは侮辱と取った。彼に同意して諸侯が怒号を上げ、反論にまた大きな声が上がる。中部諸侯の半ばはヴァルデマールに同意していた。
会議が中断された為、アスカニエン公が彼らを鎮めねばならなかった。
「静まれ、陛下の御前だ」
長年国の東半分を守って来た彼の言葉には誰もが一目置いて、いったん静まった。
その静寂を高い声が破った。再びスフォルツァの女伯爵が会議に口を出した。
「どこの母親が泣いているのかついぞ知りませんが、スフォルツァの女が泣くときは戦いに勝利した後です。アンヴァーグに戦う男がいないならわたくしが代わりに参りましょう。子供がいないのならわたくしが産んで差し上げましょう。意気地無しでもつくものはついているのでしょう?産んであげた子供は臆病者とならないようにスフォルツァで立派な男にして返してあげますから今晩わたくしの寝室にいらっしゃいな」
アンネの無礼だが勇気ある挑発にヴァルデマールは恥じ入って顔を俯けた。代わってアルドゥエンナ公が発言する。
「ふはは、言うではないか。よかろう。汝に子を授けてやろうではないか。寝室の扉を開けて待っておれ」
「扉は開けておきますけれど、わたくしの騎士達を倒してからいらしてくださいな」
「ほう、スフォルツァの騎士に挑戦できるのであれば、俺も行って見るかな」
「なんだ、またお前と勝負になるのか」
アンネを気に入って喧嘩公と名高いアルドゥエンナ公とピエモン伯が火花を散らした。彼ら二人はあまりに決闘好きで相手を殺してしまう事もしばしばだった為、フリードリヒから決闘禁止令を出されていた。
話が横道に逸れ始めたのでシャールミンが手を叩いて自分に注目を集め、話を続けた。
「諸君。私は皆に止められて出陣しなかったが、今後は戦う気がない者に代わって私が前線で剣を振るう。諸侯に協力は求めるが、頭を下げてさらなる兵を、どんな犠牲を払っても勝利するまで戦い続けてくれ、などと願うつもりもない。諸君と話し合いたいのはいかに戦うかだ。残存兵力でもしばらくウルゴンヌは持たせられる。我々に正義は有りそれは神々も承知だ。いつかは戦いを止める日がくる。だが、それは今日ではない」
国王の意思を聞いた諸侯は戦争継続に同意して、それぞれの案をだし長期戦に備えた。
「陛下、ヴォーデヴァイン殿。前線で何人かが申していた事ですが、銃撃に対して風神の護符が効果があるようです。量産する事は出来ないでしょうか?」
「君は、ヘクセン公の所の・・・」
「ブリュッヘルです」
「ああ、そうだった。それでお爺様。量産は出来るものなのですか?」
「すまないが、量産は難しいのう。一針一針祈りを込めなければならないし、何年もかかる。だが、少し逸らすくらいの小さなものなら多少は揃える事が出来るだろう」
ブリュッヘルは銃の脅威を力説し、ヴォーデヴァインの言葉に喜んだ。
「お願いしたい所です。大口径の銃弾は当たれば矢よりも致死率が高く、兵士達の怯えも激しい」
「あいわかった。なんとかしよう」
銃兵の脅威を語るブリュッヘルに諸侯は疑問を呈する。
「ふうむ、そんなに恐ろしいものかな。いくつか試供品を売り込みに来た商人がいたが、あまり精度も良くなかった。射程も弓と変わらんか、それ以下だ。撃つのも面倒で手間がかかる」
国の南東部を預かるアルドゥエンナ公は通商路を領していて商人も多く訪れている。中原では売れなかったので彼の所に銃商人が売り込みに来ていた。
「一丁ずつ売り込まれればそんなものでしょうが10人並んで撃たれた場合の衝撃力が違います。弓矢は盾で防げますが、銃は鎧まで貫通して死に至らしめるのです」
「だがツヴァイリング公の盾は貫けなかったと聞くぞ」
「彼ほどの魔導騎士がどれだけいますか?銃は西方では工業製品です。量産可能で今後は次々と戦場に投入されてきます」
「東方職工会の鍛冶師に西方へ学びにいかせよう」
他の貴族達もそれぞれ隣席の者と話し合った。
「西方商工会はこちらを嫌っていて技術提供に熱心でない。買えるものは今後は買っておくとしよう」
「銃弾の口径がバラバラで大量運用が出来なければ弓や弩の方がマシだ」
他の諸侯も議論に混ざり、次々に持論を述べていく。
そんな中またスフォルツァ女伯爵が意見を出した。
「役に立たない銃を買うより兵糧を買って長期戦に備えた方がいいでしょう。そして今こそパスカルフローから傭兵を雇い入れる時。あんな島国に無駄に遊兵を置いておくよりもね」
「ふうむ、だが彼らを参戦させたら自由都市を通る事は叶わないだろう」
「参戦させなければいいのですわ。今後も彼らと同盟を組まずに個々に戦ってもよいですし、中立国を経由してそちらの名義で雇っても良いのではなくて?」
「悪辣な・・・だが違法ではない。東方行政長官の反応を伺いながらやってみるが良いと思う」
アスカニエン公が議論を取りまとめ、ナーメン伯とその息子達に戦費の調達や外国からの銃の購入を委ねる事とした。諸侯らも一時的な増税を行い国庫に収める事に合意した。こうしてフランデアンは屈服せず長期戦の構えを取り始めた。
◇◆◇
時が過ぎ、1414年5月の末に捕虜交換の協定が成立し、ウルゴンヌ国内に残っていた捕虜とスパーニアに取り残されていた兵士1万人が交換される事になった。
グランドリーの平原で捕虜を待機させて、調印式が行われる。
調印に先だって捕虜は全員氏名と出身地域を名簿に書き、この戦争が続く限り二度と従軍する事は無いという宣誓書を契約の神アウラの神官に提出する。両国の神官が名簿を確認した後、協定成立を宣言した。
スパーニアの兵士達は橋を渡って自国に戻ったが、フランデアンの捕虜は残された場所から動かない。全員目隠しをつけられていたので動けないのかと思ったベルゲンが騎兵を向かわせた。
そしてベルゲンは知った。
捕虜全員が両目をくり抜かれていた事を。
ベルゲンは盲目になった一万の兵士の中に息子を発見し馬上で気絶し落馬した。
そして、そのまま二度と意識を取り戻さず憤死して世を去った。