第11話 最前線②
新帝国歴1414年1月。
もう新年祭どころでは無かった。
グランドリー橋はスパーニア軍に再奪還されていた。
「どこから来た?何故フォル・サベル陥落前に落ちた?」
「それがなかなか要領を得ず・・・情報を整理中であります」
「分かっている事を全て教えろ」
ガルドからすればその分かっている事が分からないので報告できないのだ。
シャールミンは叱責して自分で直接前線に行くといって皆から止められた。
前線に派遣したガルノーがハンスを伴って戻って来たのでようやくシャールミンは詳細を聞くことが出来た。
またしても凶報を伝えねばならないガルノーの顔は暗い。
「まず、グランドリー橋が空から降って来た魔導騎士に制圧されました」
「空から?魔術師ならともかく魔導騎士が?」
「はい、陛下も帝都で見た事がある気球を使ったようです。人が乗れるくらいの大きな籠を用意して魔術師が操作しイーネフィール公領側の山岳地帯から夜間に忍び寄って来ました」
「どのくらいの数だ?」
「正確な数は不明です。夜間の間に襲撃に遭い、ベルゲン将軍は後方とはいえそれなりの兵力を置いていましたが、相当数の魔導騎士がいたらしく歯が立ちませんでした」
一騎当千の魔導騎士だ。一般兵では1000人いても体力が持つ限り相手にならない。
スパーニア軍がどれほど送り込んできたのか正確な数は不明だったが、原理としては単純な気球だからその気になればすべての魔導騎士を送りこむ事が出来ただろう。
「フォル・サベルはどうした?」
「グランドリー橋が占拠される前から敵軍接近の報がもたらされて警戒はしておりましたが、グランドリー橋の魔導騎士を確認したオルランドゥが指揮官の命で角笛を吹き全軍に危機を知らせました。ご存じかと思いますが、彼の角笛は魔力を持ち味方に勇気を与える代わりに注意を惹きます。退路が断たれた友軍はフォル・サベルを捨ててグランドリーへ向かう途中に敵軍の襲撃に遭いました」
「それで全滅したというのか?10万の軍が?」
「敵に向き直って一度戦いましたが、指揮が乱れて勝手に撤退するものと戦いを挑むものにわかれてしまい残っていたサムソンが戦死。退却したイルソンはグランドリーの魔導騎士と敵の追撃部隊に挟まれて残った部隊も全滅しました」
「将軍は?」
「ベルゲン将軍は急ぎウルゴンヌ国内の友軍を集めてグラマティー川とリッセントの守備を固めています。無念です・・・」
もともと深入りする事を警戒していたシャールミンだったが、あまりに失った兵力が大きすぎるのでそれ見た事かとは言えなかった。
「グランドリーが占拠されているのでは向こう側の詳細はわからないだろう。この情報はハンスが?どうやって?」
シャールミンはハンスに尋ねた。
「わ、私はコンラート達とアル・ダラス救助に向かう途中にグランドリーが占拠された事に気が付いて引き返す所でした。救助部隊の隊長がフォル・サベルに伝令を送ると同時にオルランドゥに角笛を吹くよう命じました。それから後、しばらくして味方がばらばらに引き返して来て、後ろからは敵がきてて何がなんだか」
「どうやって川を渡った?」
「・・・鎧を捨ててリージン河を泳ぐときのように渡って来ました。最後に振り返った時、コンラートは河岸で敵の騎兵に槍で胸を貫かれていました・・・、済みません、済みません。私は臆病者でした。卑怯者でした。少年達を見捨てて一人だけ逃げ出しました」
ハンスは額づいて泣きながらシャールミンに詫びた。
「では・・・本当に10万人が全滅したのか?」
ハンスは泣いていて答えられなかった。
代わりにガルノーが答えた。
「ハンスのように何人かは渡河に成功しました。しかしごく僅かです。散り散りになった為、ある程度は逃げ延びていると思います」
「だが敵地では・・・」
居合わせた者達は皆、生存を絶望視したが軍神の信徒らしくガルノーはまだ戦意を残していた。
「しかしいくらなんでも皆殺しにするまで戦うという事はないでしょう。今後の行動を考えましょう」
「連中はカールやシュテファン殿を無残に扱った連中ですよ?」
ガルドはもう駄目だと思っていた。
「ガルド、こちらには敵の捕虜がいる。交換取引を申し出てみよう」
「はい・・・」
シャールミンはモーゼルやその他ウルゴンヌ各地で捕え確保している捕虜を思い出した。そろそろ維持するのも困難であったし、捕虜交換を行うに丁度よかった。
「ウルゴンヌ国内に残っている友軍の総数はどれくらいだ?」
「ツヴァイリング公が率いる西部諸侯2万と父の直卒1万足らずです。後はウルゴンヌ各地の守備兵力が僅かに」
「ジャール人が送ってくれた軽騎兵はどうした?」
「あっそうでした。合計6万は健在です。まだやれます」
「よし」
うろたえていたガルドだったが、シャールミンの言葉に気を取り直した。
◇◆◇
ベリサール将軍率いるスパーニア軍はその後も橋を渡って攻勢を仕掛けてきたがベルゲンとギュイはよく守りそれ以上の侵入を許さなかった
ベルゲン将軍の旗下部隊はすっかり意気消沈していたものの、将軍の指揮は的確でジャール人達も戦場に到着すると負けじと士気を回復し徐々に復讐心が滾って来た。
スパーニア軍は浅瀬に橋を建設して侵入路を増やし大軍の利を生かそうとしたが、川沿いに建設させていた砦と物見櫓の為すぐに発見され軽騎兵が殺到して弓矢を射かけて魔術師を打ち倒していった。
徐々に増えていた死傷者に代わって戦線の穴を埋める増援が減り、戦争継続が難しくなっていったが、スパーニア軍の攻勢も衰えた。
しばらく両軍が睨みあっている中しばしば騎士達の一騎打ちが繰り広げられた。
それはフランデアン優勢となり、大軍を失ったフランデアンの士気も少しずつ回復していった。
新帝国歴1414年4月。
バルドリッドを攻撃していたパスカルフロー艦隊が敗北して撤退したとの報がフランデアンにもたらされ、回復してきていた士気も再び下がる。
前線に送れる兵力が心もとなくなると、シャールミンは待機させていたコブルゴータ侯爵にも前線に行く許可を出した。
長く戦い続けている前線の兵士の疲労が激しいとベルゲンから報告があり、シャールミンは軍の大幅な再編を決定した。
「べべーラン、戦費は足りるか?」
「少々増税が必要です、それと軍備増強も。再徴兵するにも費用がかかります」
「何か手は無いのか?」
「大商人から寄付を求め、そして帝国や自由都市の銀行から借りるべきです」
「担保がいるのではないのか?」
シャールミンはいまだ経済の事に関してべべーランに頼るしか無かった。
「はい、我が国が握っている技術や鉱山、リージン河の通行権、港湾使用料などをいささか融通せざるを得ないかと」
「むう、致し方ないか」
「はい、つきましてはヴォーデヴァイン殿に妖精の民が握っている技術についてもお願いして構いませんか?」
「祖父が良いと言えばいいが、そんなに金になるか?」
「希少価値はかなり高いものを持って行けば人によっては交渉の糸口になるでしょう。あとはハンス殿を連れて行こうかと思います」
「ハンスを?というかお前が直接出向くのか?」
ハンスは一人逃げ出して以来、自宅に引き籠っていた。
所属部隊が壊滅している為、逃亡罪にはならず負傷による退役扱いだった。
「国難の時ですから、私が直接鉄鎖銀行まで参りましょう。ハンス殿には商才があるようです。兵士としては役に立たずとも別の生き方もあるでしょう」
「そうか、じゃあ彼の事を頼む」
「はい、お任せください。陛下は諸侯を集めて協力を仰いで下さい」
「分かった」
べべーランはスパーニアが進軍してヴェッカーハーフェンへの道が断たれる前に、と急いで出発していった。
シャールミンも三伯十一公との会議に望んだ。