第8話 再会②
「お久しぶり、マックス」
「あーうん。よく来てくれた。また会えて嬉しい」
シャールミンはあまり嬉しくなさそうな顔でアスパシアを執務室に通した。
「何よ」
久しぶりにあったというのにつれない態度でアスパシアは気分を悪くする。
「もうこの国には戻ってこない約束なんじゃなかったのか?」
「べべーラン様の許可は取ったもの。それに今回は作家ベルベットとしてやって来たの」
「イコイド伯は?」
「一発引っ叩いてやったわ、アルシーナも」
「なんでシーナまで」
「あの子が私を売ったんだもの」
「・・・」
どうやらイコイド伯爵家内の争いがあるようだった。
姉がいると自分の持参金が減り、良い嫁ぎ先が得られないと考えたのだろう。
貴族の家ならよくある事と、シャールミンはそれ以上知りたくなかった。
「戻って来るなら誰かいい男を探そう」
子供の頃からの友人なので、彼女には幸せになって貰いたかった。
「じゃあマックスがいいわ」
「駄目だ」
「なら諦めてベルベットとして生きるわ」
「それで出版か。勘弁してくれ」
「どうせもう吟遊詩人達が歌にしているもの。いずれ誰かが本にするわよ。というかもうしちゃった。新聞社なんだけどね。買い取ってくれたの」
「どこの新聞社だ」
「オットマー社よ、知ってるでしょ」
「ああ、どうせなら帝国系にしてくれれば良かったのに」
シャールミンは帝国留学時代に時々、新聞を何紙か読んでいた。
帝国系の新聞社に味方がいれば帝国政府に影響力を及ぼせたかもしれないと残念がった。
「自由都市連盟なんだから似たようなものよ」
「それでこっちに少しは報酬があるのか?各国に売りさばいて稼ぐんだろう?」
印税という概念は既にある。
印刷術が普及し、国をまたいで商売が行われるのが当然になった以上必要なことだった。
「あら、お金以上の利益が出るでしょ。外国じゃ結構人気出てるみたいよ。今時珍しい本物の騎士道物語だって。帝都の貴婦人達にも人気らしいわ。暗い時代だしね」
「帝国は蛮族に随分押されているみたいだが」
「帝国がその気になれば何百万って軍隊が湧いて出てくるのよ。蛮族なんて下らないわ」
「リーアンの件もある」
シャールミンは淡々と話し続けた。
「リーアンがどうかしたの?」
「ん?知らないのか?我々は機密にしていたが、外国ではとうに報じられているものだと思っていた」
「だから何がよ」
「リーアンの上王は蛮族の女と子を為していた」
「え?嘘でしょ?」
アスパシアは一言では信じなかった。
「マイヤーも共に見た。ああ、そういえば迂闊にしゃべるなとかいってたかな」
「そんなの民間人に喋らないでよ・・・べべーラン様も教えて下さらなかったのに」
シャールミンはべべーランやギュイ、ベルゲンには伝えている。
国家戦略上考慮せねばならない繊細な問題だったので。
「じゃあ、忘れてくれ」
「無理でしょ。でもそうね、知らなかった事にしておくわ。帝国が未だに懲罰部隊を送ってないなら公開しないって決めたんでしょうから」
「これから、ウルゴンヌに戻るのか?」
「ええ、マーシャ様にもまた取材したいしね。マリア様と無事結婚された事喜んでたわよ。またマックスに会いに来て欲しいってさ」
「なんでさ」
「そりゃあ、隣の国の王子様が自分を救いに来てくれたんだから惚れもするでしょ」
アスパシアの話ではマリアだけでなくマーシャの方もシャールミンに惚れこんでいるらしい。男勝りな女性だったのでシャールミンは以外に感じた。
「彼女はついでだ。恩に着る必要はない」
「それでも、よ。貴方だってマリア様の代わりに残って城の指揮を取っていた彼女に感心したんでしょうに」
まあ、確かにそうだ、とシャールミンは内心ひとりごちた。
包囲された城の城壁で彼女がリーアンの軍勢相手に怖じ気づきもせず言い返している光景を思い出した。そして彼女が説得しなければマリアはサンクト・アナンから逃げるのを良しとしなかったかもしれない。
「旦那様、お茶をお客様にお持ちしたのですが・・・」
二人が話していた所にマリアが入室してきた。
マルレーネもそうだったようにフランデアンでは割と王妃も雑用や王の世話を自身でこなす。特に今は戦時で王宮に手が空いている使用人が少ない。
厨房も保存食の生産に常時利用されて使用人も手が空いてれば駆り出されている。
「もう帰る所よ。じゃあね、マックス。愛してるわ」
アスパシアはシャールミンに投げキッスを放って退室していった。
「今のは?」
「吟遊詩人さんだ。外国でフランデアンの宣伝をしてくれるらしい」
「実はマーシャお姉様からベルベットさんがそちらに取材に行くと手紙が届いたのですが」
シャールミンは観念した。
「今のがベルベットさんだ」
その日マリアは激しかった。