第6話 制圧完了
コブルゴータ侯爵が帰還して和平失敗を正式に告げた。
「少々、賠償金に不満があったようですが和平成立がならなかったのは根本的にスパーニアの新王がまだ諸侯を抑えられていない事に端を発します」
「こちらと似たようなものか」
「我々は陛下のご命令に完全に服しますとも」
「そうか。有難いな」
そうはいったがシャールミンは自分にまだ王としての実績が何もないので、諸侯が完全に命令に従ってくれるとは考えていない。
「では、我々も出陣しても?」
「いや、皆功名に逸っているようで十分な数の兵力が集まった。ウルゴンヌを取り戻すだけならこれ以上必要ない。後はパスカルフローとも連携して追い詰めていけばいい。卿は待機せよ」
「少し騎士を派遣するくらいは構いませんよね?」
「命令に完全に服してくれるのだろう?侯爵殿」
シャールミンはコブルゴータ侯爵を退出させて、次にリカルドの入室を許した。
ヴェイルが慌ただしく取次をしている。
「私も騎士として出陣したく・・・」
「お前もか。いい加減にしろ。父上の跡を継いで市政の勉強でもしていろ」
リカルドの父も市長の身だが、志願して出撃している。
不在中は副市長が行政の任を請け負っている。
「でも功績を立てないと」
「いいから、プリシラは名前を変えてお前の妻になるんだろう?もう功績は必要ない。彼女にちゃんと市民権も与えるし、お前にも時期がくれば適当な爵位を用意する」
プリシラが家を捨て一人の女性として生きる決意をして身分を隠すのであればリカルドの地位は問題にならなかった。
「プリシラは自分を使ってイーネフィール公とだけでも講和して欲しいっていっているのだけれど」
「駄目だ、人質に取っていると思われるだけ。交渉するならプリシラを返してからになる。そうすればもう彼女は帰ってこないかもしれないぞ。彼女と添い遂げる事を誓ったのならその選択はない。私も友人の妻を政略に使う気はない!」
「でも彼女の生存をイーネフィール公は知っている。彼は火傷を負った娘がイフリキーヤの王から捨てられた事を知ってその後何の連絡も寄越さなかったけれど」
「騎士が真実を知っているのなら、イーネフィール公にいつか真実を明らかにし娘を助けてくれたお前に感謝して、スパーニアを裏切って講和を申し出てくれるといいな」
それはかなり望みが薄そうだった。
◇◆◇
続いてマリアがシャールミンの執務室に訪れた。
「エリンさんの事、伺いました。私の国の難民が自由都市にご迷惑をおかけしたことも。これでは私の国に同情が集まらないのも無理はありません」
「それか、エリンの事は忘れてくれ。思い出したくもない。難民も大方運河の工事に集まった工夫が大半だろう。急に仕事が無くなって帰るに帰れなくなってあぶれたんだ。まずウルゴンヌの治安を回復して家を再建し仕事を与える。それからだ。君はこのまま子供が生まれるまでアンヴェルスに留まってもらわないといけないし、ウルゴンヌの統治を任せられる人はいる?」
「ケンプテン伯がよろしいでしょう。エムゼン男爵やシャルタハル男爵は武人肌ですから」
当面ウルゴンヌの回復した地域の監督はギュイに任せられている。
実際の政務はウルゴンヌ貴族が良いとしてマリアの推薦でシャールミンはケンプテン伯に任せると書いた命令書をギュイとベルゲン将軍に送った。
シャールミンはこの時期ほうぼうに手紙を送っていた。
皇帝と帝国政府、東方候、東方行政長官、自由都市連盟、同盟市民連合の近隣各都市、中原諸国。こちらの正当性を訴えて国際世論を味方につける為だった。和平交渉が失敗した以上、あからさまにスパーニアを非難する事も辞さない。
そしてパスカルフローにも協力関係を結ぶ使者を送った。
こちらは気を付けないとパスカルフローに付き合っていつまでも戦争が続きかねないので内容はかなり慎重を期さねばならなかった。
「リーアンはどうしているのでしょうか?」
「不思議と音沙汰がない。ギュイに確認するよう使者を送ったが。君の所へは?」
「サンクト・アナンからもまだ何も。小王達の小競り合いが続いているようですが」
シャールミンが政務官達に尋ねたところによると上王が死んだため、選挙が開かれる筈だが、そうなっていないのなら実力で上王を決めようとしているのだろうという。
◇◆◇
新帝国歴1413年8月。
エトンに続いてリッセント城もフランデアン軍が制圧した。
リーアン方面で小王の侵入があり、ギュイはそちらの警戒に移動してベルゲン将軍はオルヴァンに入り主力はグランドリー橋を確保した。
べべーランはこれで戦争は終わりだと安心して祝賀を述べに来た。
「おめでとうございます。陛下、王妃殿下。これで我が軍はウルゴンヌ全土を奪還致しました」
「有難うございます。ナーメン伯爵閣下。それで、これまでどれほどの犠牲者が出たのでしょうか。我が国の為に申し訳ない思いです」
「死者は三千ほどです。敵は一万は越えておりますから我が軍の圧勝ですよ。何という事はありませんでしたなスパーニアも。捕虜の話では大公間の内輪揉めで命令が錯綜していたようです」
「そうでしたか。それでも被害が出ている事を残念に思います」
「仕方ない事です。それより、やはりウルゴンヌに出没する野盗が厄介のようです。武器を捨てて投降するよう命じても聞きません。商人達が襲われるので護衛をつけてやらざるを得ず、復興もままなりません。特にヴェッカーハーフェン方面に多く出ています」
「ケンプテン伯に取り締まりを厳命致します」
「よろしくお願いします。女王陛下」
べべーランは恭しく頭を下げて自分の執務室へ去って行った。
「申し訳ありません、旦那様。私の国民が・・・救援に来て貰っておいてこの始末」
「時間をかけて信頼関係を構築していくしかない、スパーニアに田畑を焼かれて統治者を失って自力で生きて行こうとしているんだろう」
「永遠に野盗で生きていけるわけもないのに」
「ああ、それよりグランドリーを回復した事だしカール殿殺害の件を調べさせよう。しまったな。さっきべべーランに言えばよかった」
「あの方、密偵の長なんですよね。ベルベットさん達の」
「・・・ああ」
「大丈夫ですよ、別に浮気していたなんて疑っていませんから。でも愛を証明して頂きませんとね。ふふ」
「ま、また今度で」
マリアは二人きりになると時々お姉さんぶるようになってきている。
シャールミンとしては同じ年齢なのにどうも不愉快だった。
彼女は夜の生活もだんだん慣れてきたようで大胆になってきた。
マルレーネは顔を合わせる度に、まだなの?まだなの?と聞いてくる。
ヴォーデヴァインまで同じことを聞いてくる。
どうにもこうにも不愉快である。
こんな時に近くにジェンキンスもエリンもいない。
何もかもが非常に不愉快だった。
に、逃げてー