第5話 リカルドの帰還
「陛下。遅れましたがご結婚とご即位おめでとうございます」
「リカルド、ありがとう。しかしいままでどうしてたんだ。その火傷の跡は?」
シャールミンは帝国が転移陣を封鎖している為、いずれ陸路で帰国するだろうと思っていたがギュイが山門を封鎖していたせいで帰国出来なかったんだろうかと思っていた。
帰国したリカルドは顔に火傷の跡があり、もう暑くなってきたのに外套をまとったままで、連れているご婦人もフードをつけている。その為アルトゥールが警戒して距離をとらせた。
しかしどうしても内密の話がというので執務室では無く、自室に通す事をシャールミンが許可した。
「実はヴェッカーハーフェンの爆発に巻き込まれました。これはその時失いました」
リカルドはそういって外套を脱いで自分の右腕をみせた。
その腕は上腕までしか無かった。
「なんと・・・」
「ご心配なく、もう痛みもありません。かゆいくらいです。それとこちらの連れですが・・・ほら」
そういったリカルドは婦人にフードを取らせると、露わになったのはプリシラの顔だった。
「何故、君がここに?」
「申し訳ありません、陛下。リカルドの怪我はわたくしの責任なのです。わたくしを庇って彼が・・・彼が・・・」
そしてシャールミンはリカルドが腕を失った際の事、そしてフォールスタッフが彼女に術を授けてイフリキーヤから彼女への求婚が取り下げられたことを知った。
「そうか。だが、リカルドの傷はプリシラのせいじゃない。君が無事でよかった。私も友人が騎士として立派な行いをしたことを誇りに思う」
「でも、腕が・・・」
「腕があろうとなかろうと、彼は僕の騎士だ。うん、泣かなくていいよ。僕らは友人じゃないか。それにどうやら二人も結ばれる可能性が上がったわけだし」
シャールミンはプリシラを慰めた。そしてリカルドは自分の騎士にすると請け合った。
「陛下、私はこの腕ですよ」
とても務めは果たせないとリカルドは固辞する。
「ガルシアは左利きで立派に戦えていたじゃないか。そんな事くらいで騎士を辞めるなんて許さないぞ。お前は僕の何だ?」
「貴方に仕える忠実な騎士であります」
「ああ、そして友人だ。お前が側にいる限りアルトゥールに斬られる事もないだろう」
シャールミンとアルトゥールの間の誓約を知らないリカルドは眼を白黒させ、後で話してやるとシャールミンは笑った。
「それで、フォールスタッフ老師は何故そこへ?今は何処に?あとエリンやジェンキンスは?」
シャールミンは帝都に残してきた皆が心配だった。
「はい。老師はマイヤー・・・イザスネストアス老師の使いで爆破事件の調査に来て私達と接触しました。なんでも使い魔で速報を受けたそうです」
「あいつ・・・私達と一緒に旅しながらそんな事をしていたのか」
「偽装とかの魔術に長けているそうですから。気づかれないよう動くのは得意でしょう」
「ああ、おかげで酷い目にあった」
シャールミンはしみじみと頷いた。
今頃はリーアンの王宮で監察隊と小王達をいびっていることだろう。
「それでエリン達ですが・・・」
「どうした」
言いよどむリカルドをシャールミンは訝しんだ。
「その・・・爆破事件の際、彼女は船酔いで船に残っていました。ガルノー達も船に残って看病をしていて倉庫や船に積載された火薬が爆発した際に巻き込まれて船も沈没」
リカルドは辛い報告をしなければならなかった。
何と言ってもエリンは生まれた時からシャールミンの世話をして、同年代の王宮の子供達の姉であり、母であった。
「死んだっていうのか!?」
「いえ、ガルノーとジェンキンスは無事です」
「エリンは!?」
「行方不明・・・でした」
「でした?」
リカルドの答えはなかなか埒があかない。
「ヴェッカーハーフェンは爆破による被害が大きく、市長たちも混乱していました。帝国海軍が救援に来ましたが沈没した船が邪魔で接舷できずいくらかの物資と船員を置いて戻っていきました。そこへウルゴンヌから次々と難民が来て市内の物資を奪い始めた為市民達と争いになり、ますます治安は悪化。市長は難民の強制退去を命じて難民や帝国兵と争いの中、彼は何者かに暗殺されました。難民への迫害はますます悪化して、奴隷商人まで来て難民や爆破事件の被害者をどさくさ紛れに連れ去りました。エリンもその中の一人でした」
シャールミンは椅子に座っているのに、そのまま椅子も床もなく、体が暗黒の世界に引きずり込まれていくような錯覚を覚えた。
ひじ掛けを掴み直し、その時爪ががりっと嫌な音を立ててひっかいた。
「エリンが、奴隷商人に?」
「救護テントの名簿に名前があり、当人が居なくなっている事に気が付いた者が知らせてくれました。ガルノーやジェンキンス、そしてフォールスタッフ老師も協力して探してくれています」
「見つからないのか・・・手が届かないのか。彼女が僕にとって大事な・・・姉のような人だと知っているだろう!」
「申し訳ありません。私が皆から離れてしまっていた為に」
「わたくしが悪いの、マクシミリアン。御免なさい・・・、御免なさい」
妖精の民の特徴を濃く残して、まだ若い彼女は高値で売られたであろう事は想像に難くなかった。シャールミンは吐きそうな気持ちでマルレーネにも報告した。
マルレーネはヴォーデヴァインにも報告したが、妖精の民が時々攫われるのは今までにも会った事で諦めるしかないとの事だった。
シャールミンはべべーランの密偵網に奴隷商人の追跡を指示し、アスパシアにも伝えるよう厳命した。