第1話 戴冠式
シャールミンは迅速に軍を起こす為、諸侯に対し戴冠式には軍勢を引き連れて祝いに来るよう各地に伝令を送った。詳細な日時は決まっておらず4月の吉日を選ばせていた為、諸侯はお祭り騒ぎに遅れまいと急いで進発を開始している。
この戴冠式にはマリアとの結婚式と出陣式を伴う。
閲兵の為広い土地を必要とし、場所は王都の郊外、エイラシーオの神殿がある丘が選ばれ軍勢を迎える準備も始められた。諸侯の臣下が不満なく人を集めて遠征に協力する口実だった。時期がばらばらであってはならない。王の妻を侮辱し、人々を苦しめたスパーニアの悪行が世に広められた今でなくては。
そして、王の為の衣装も急いで整えられ始めている。
シャールミンは15歳になり体の成長もほぼ止まってしまったので王の鎧を作成するにも都合が良い。戴冠式には間に合わないが魔術師であり鍛冶屋でもある名工に命じて獅子を象った兜には金箔を貼っている。この兜は王の顔を見せる為に面頬が無く、乱戦時には別の兜を使う事になるのだが、歴代の王にのっとって同じような鎧兜を作らせた。盾もクーシャントをモデルに妖精の民が鍛えたもので、瞳には紅玉髄を埋め込ませていた。
そして参集する諸侯は戴冠式で身に着けて貰おうと競って高価な貢物を持ち寄って来た。
次期ツヴァイリング公はダブレットを送ったが、これは宮中で普段着として着る事もできるようにスラッシュに金糸銀糸で装飾をいれており、戦時には胴衣としても使えるように詰め物をしていた。そのおかげで胸部や肩が広く厚く立派に見せていた。小柄な事を気にするシャールミンとしてはこの贈り物にいたく喜んだ。
アンヴァーグ公は若い頃に自ら戦って倒した蛮族、人狼族の王の毛皮から作った手袋を。アスカニエン公は西方から取り寄せた高価なエネクシア羅紗で織った陣羽織を赤く染めた。マルルマトイの染料職工会に発注した染色は発注から何年も待たされていたがシャールミンの戴冠が12歳から今まで遅れた事で運よく間に合った。
アルドゥエンナ公は北部の荒地の高山に住むムーロン羊の角の内部を削って花束や果実を溢れんばかりに入れ豊穣角として何千も贈り王都中を飾った。
ヴァーヴェン公はゴーラ鋼を鍛えた長剣と短剣を送り魔剣として使えるように魔力を封じ込める事ができる宝玉をあわせて贈り、さらに柄にも金泥を塗り彩色してあった。スフォルツァ伯は南方から火喰鳥の鮮やかな羽を取り寄せて、帽子に飾り付けたものを贈った。帽子には七宝が小さく派手過ぎないように付けられて帽子の彩りを深くした。レイヴン公は黒と赤の片マント二種を贈り、金鎖と留め金と飾りとしてやはり七宝を贈った。こちらは大きなもので、リージン河の底から採られた碧玉を代表に金、銀、瑠璃、瑪瑙、琥珀、真珠と言った宝石がつけられていた。
三伯十一公と多くの諸侯が似たり寄ったりの貢物を贈り、フランデアン中の魔術師達も若い王が魔導騎士を持てるように様々な宝玉、魔石、霊薬、秘薬の類を贈ってきた。ナーメン伯の鑑定ではこれらを合計するとアンヴェルフ記念金貨で6989万4018枚にもなった。
三伯十一公が大貴族で王に貢納の義務もなくおおいに蓄えていたとはいえこの贈り物だけでフランデアンの国家予算の二年分にも匹敵した。
マリアの方はまだサンクト・アナンとも連絡が回復しておらずオルヴァンも奪回していない為、準備していた結婚衣装を届けてもらう事も出来ずフランデアン側で用意する事になった。そこでマルレーネが母代わりとなって手配し、マリアの同意も得てフランデアン風の衣装にする事とした。急な事なので刺繍も用意できておらずマルレーネや妖精の民も手伝ってディリエージュで用意した。
妖精の民の服では小さすぎるので、ルブワーデ人の民族衣装がベースだった。
靴に至るまで飾りがついていて、何枚も重ね着をして最後に頭からベールを被せる。誰も見る事がない内着にまで細かな刺繍をいれるので本来なら何年もかけて仕立てるのだが、今回は既製品に追加していって期間を短縮した。
マリアの為にドゥローレメやウェルスティアといった水の女神とウルゴンヌの五大湖を象徴する湖の女神達の聖印を刺繍にする為、ちくちくと針を入れていく。
今まで何年も毎年シャールミンに自分で造った編み物を送り続けて来た為、マリアも手慣れていて作業は捗った。
「急な式になっちゃって御免なさいね。マリアさん。ほんとにあの子ったら女の子にとって一世一代の晴れの日だっていうのにこんなに急がなくてもねえ」
「とんでもありません、マルレーネ様。むしろこちらの事情の為なのですから」
「みんな手伝うから、頑張る!」
「有難うございます、ドラセナさん」
未だ子供のような雰囲気がある妖精の民だが、ドラセナはもうギュミルと結婚していてシャールミンの頼みで今回はディリエージュまで出てきてマリアを手伝っている。衣装を作る小道具が揃っているし、シャールミンも妖精宮にいたままでは指示を出しづらいので皆ここへ集まっていた。
シャールミンはさすがに忙しく王都とディリエージュを行き来している。
「出来るだけ世間一般のものに合わせようとしているのだけど、失礼があったら御免なさいね?問題があったらまた平和になってからやり直せばいいわ。そうね、そうしましょう。どうせウルゴンヌでも女王として戴冠式やらないといけないんでしょ。そうすればいいわ!」
「そんな・・・費用もかかりますし。何度もするわけにはいきません。民も苦しんでおりますし」
サンクト・アナンを出る際に見捨てざるを得なかった民は凍え、飢えて苦しんでいた。東西南北全ての街道が封鎖されて逃げる事も出来ず、薬も届かず、助けられる命も助からなかった。スパーニアもリーアンもウルゴンヌの人々に対して情け容赦はなく、統制が取れていない兵士達の蛮行は段々とエスカレートして女は犯され男と見れば抵抗勢力といわれて気分次第で殺される事もあり、保護者を失った子供、老人は飢えて倒れて野ざらしとなり野犬の餌になった。
シャールミンはその惨状を国中に伝えて物資の供出を命じ、自身も週に一度は食事を抜いて貧しい人に分け与える事を神に誓い、ウルゴンヌの人々に天の施しを、情けを与えてくれるよう願った。
人々も時々でいいのならと若き王に習った。
そうして小国のウルゴンヌの口を満たすには十分な物資が集まりつつある。
「ところでマリアさん」
「はい、何でしょうか?」
「まだ足りない物はある?出来るだけ世間の常識に合わせようとしているのだけど、わたし達そこの辺りちょっと疎くて」
「大丈夫です。十分よくして頂いています」
「そう?それならよかった。あの子も一人くらい侍女さん連れてきてくれても良かったのに」
マリアの侍女はスパーニアによってほとんど殺害されてしまってもう居ない。
サンクト・アナンには少し生き残りがいるがマーシャに必要だった。
道中の困難を思えばいても足手まといになっただろう。
マルレーネは自分が嫁いだ時の事を思い出して息子の嫁には優しくしてあげようと誓っていたのに十分な準備が出来ない事を残念に思った。
それで出入りの商人達から片っ端に世間の常識らしきものを買ってマリアに与えた。中には愛し合う夫婦の手引書『愛の旅路』もあった。マリアはその内容を思い出して赤くなった、彼女もあれが常識にあてはまる事なのか違うのか自信がなかったので全て有難く受け取った。
そのうち商人達がマルレーネがマリアへの祝いの為ならなんでも買ってくれると調子に乗って来た事に気がついてマリアの方からもうこれ以上の贅沢は出来ませんとマルレーネに誤解が無いよう丁寧に断りを入れる事となった。
産まれてもいない子供の服やおもちゃくらいならともかく男女どっちが産まれても大丈夫なように、とかいって7歳までの服まで用意され始めていた。
「ところで赤ちゃんもう出来た?うちは出来たのよ」
ドラセナが無邪気にマリアに尋ねた。