第18話 太陽王ティラーノ
ティラーノは家長のペルセペランへの反逆を決意した。
準備を進めるうちにウルゴンヌの姫が勝手に身投げをしたとかいう話が伝わって来たが、今更どうでもいい事だった。もともと厄介なお荷物くらいにしか思っていない。
イルラータ公やイーネフィール公と直接会談を持つ為に最近訪れる事も多かったペルセペランは完全に油断して王宮にやってきた。
ティラーノは玉座に座ったまま来訪者にねぎらいの言葉をかけた。
「よく来た、ストラマーナ大公。忙しい所を済まないな」
「いえ、殿下。ところで何故玉座に?」
ペルセペランは大公とはいえティラーノは王弟、形式上宮廷序列はティラーノが上の為ペルセペランは人前では礼儀を守って敬称をつけた。
そかしその建前もティラーノの宣言によってすぐに剥がれ落ちる事になる。
「エルドロは私に王位を譲ると言い残して世を去った。戴冠式はこれからだが」
「馬鹿を言え。あれはもう植物人間状態で二度と意識を取り戻す事は無い。もし本当に死んだというなら王位を継ぐのはお前ではない、フェルナンドだ」
エルドロとネーヴェラの状態を監督していたのはストマーナの魔術師でペルセペランに状態は通じている筈だった。ペルセペランは王宮についてすべてを把握していると自惚れていた。
「王位は王家のもの、エルドロの遺言なら見せてやろう」
ティラーノはゲイルスーンと魔術師マミカに命じて魔術で記録された映像を再生させた。それは確かにエルドロがティラーノに王位を譲ると宣言している場面だった。エルドロが頭から血を流し、白衣を血に染めたゲイルスーンが傍らにいるのが不気味ではあったが。
「捏造だ!王にはフェルナンドをつける。貴様こそ遺言を捏造し王を僭称した事を後悔させてやる。者ども、ティラーノを捕らえよ」
ペルセペランの命令で引き連れて来た騎士とストラマーナの衛兵が武器を構えた。
「そうか・・・これは大逆だぞペルセペラン。高慢にも天より授かりし王位を操れると考えた愚か者め。我が父リークを殺害した報いを受けよ。王の剣ゾロ、王の盾ギルディオ、お前たちの主君を殺した爺に正義の報いを与えよ」
「はっ」
近衛騎士達はティラーノにつき、伏せてあった兵と共にペルセペランの部下を次々と突き殺した。ストラマーナの騎士が裏切るとは思ってもみなかったペルセペランは生涯で初めて唖然とした表情を浮かべた。
「ま、待て。お前たちはストラマーナ家の臣下だろう。反逆だぞ、これは」
「父の仇を討ちたいというティラーノ様こそが正義。義理とはいえ親子の誓いを為した以上、貴方には子殺しの罪がある。ここで裁きをうけるべきだ」
ゾロはペルセペランの胸に細剣を突き入れた。
この剣は巨大な毒蠍を倒して手に入れた素材から作られたもので、魔剣自体も切りつけると毒を付与する力を持った。
ギルディオは魔力の毒で苦しむペルセペランの首を刎ねた。
こうしてペルセペランは王宮で家臣に討たれて死んだ。表向きは病床に臥せっている事にされ、後に死去が報じられた。
祖父の粛清と共に、ティラーノはエイラマンサとイルエーナの支持を取り付けて軍を起こした。ユアナにフェルナンドの助命を条件にペルセペランの子達を説得させ、従わなかった者は殺しストラマーナの本拠に残るペルセペランの子や孫も討伐してその地位を確立したのだった。
父の仇を討ち、五大公家に君臨し、スパーニアの守護神を信仰する彼を称えて人々は太陽王と呼んだ。
しかしその戴冠式は喪に服している事もあって寂しいものだった。
以前からティラーノを推していた諸侯以外は形式上の使者だけを送って祝し、歴代スパーニア王がまとった気障な長外套は新たな王が誕生する度に豪華な飾りが追加されていたが、今回は緊縮財政に舵を切った事もあり追加されなかった。
ティラーノはストラマーナ家の陸軍をメリベア公に海軍の再建をナルダラ公に任せた。
これが新帝国歴1412年の出来事。
ストラマーナ、イーネフィール、イルラータ連合からなるウルゴンヌ派遣軍はリーアンの遠征軍と遭遇戦を開始した。軍目付はペルセペランについては病床にあるとされていたしユアナからもティラーノこそが正統なストラマーナ家の当主であると指示を受けて当初の作戦を続行していた。
◇◆◇
1412年から1413年の新春にかけてティラーノは軍議を何度も開催しウルゴンヌ派遣軍について議論を戦わせていた。
ティラーノの意思は撤収と決まっている。
北方圏の3割が失われマッサリアが落ちればサウカンペリオンまですぐ、という状況で戦争を続行していいわけがない。サウカンペリオンまで落ちればスパーニアと蛮族領域が接する事になる。
蛮族に対し帝国の増援が押し返して戦況は回復した、いや逆にまた押し戻されたという情報が届くたびに議論は前進したり後退したりを繰り返していた。
「陛下の意思は承知しておりますが、リーアンに負けたまま引き上げるのを良しとしない武将も多いのです」
冬季で大規模な会戦は無かったが何度かの遭遇戦でリーアンに敗北を繰り返していた。騎兵偵察部隊の小規模な遭遇戦ではリーアンに分があった。
ウルゴンヌの大半は既にスパーニアの手中にあり撤退するにしてもどこまでかという問題もある。マリア姫が籠るサンクト・アナンは健在で敗残兵が次々と集結しており、撤退中に追撃を受けると大きな被害を受ける。
参戦している諸侯の中には遠い昔に自家の飛び地で旧領だった地域を占領している者もいて引き上げをよしとしない。
「俺は今まで十分に諸君を尊重して意見を聞いたが、これ以上は待ってられん。利害関係がこうも入り乱れているといくら話を続けても10年経ってもまとまる事は無いだろう。全軍に即時撤退を命じる。撤収の方法は現地司令官に一任するが、即時だ。行動を開始しろ」
イルラータ公を旗頭と仰ぐ諸侯は彼の命で即座にリッセント城まで撤収を開始した。ズュンデンは恐怖公とも呼ばれており、こうと決めたら容赦がないので部下達もよく命令を聞いた。
イーネフィール公も独自に各地から情報を入手しており、エトン城まで引いた。
双方共にいざとなればグランドリーの石橋まで近い地域だ。
それに比べるとストラマーナ家の将軍達は動きが遅く唯一ヴィルヌーヴ将軍だけが早期に撤退した。
◇◆◇
そして1413年4月、ウルゴンヌにフランデアン軍侵入の報がもたらされた。
既にツヴァイリングの麓にある街ムーズにいた部隊は壊滅して敗走しているという。
「クラウディオ、報告しろ。どうなっている。何故急にフランデアンが攻めてくる」
「ツヴァイリング公からは直前に占領地を放棄して明け渡すよう使者が訪れたそうです。が、現地の指揮官ハエン伯は拒否して攻め落とされました」
「何故だ、撤収するよう指示は聞いていなかったのか?向こうからいきなり襲い掛かってきたのならばともかく、交渉で申し出て来たのならば追撃される恐れはなかっただろうに」
「さて、本人が捕虜になってしまった以上わかりません。3000ほど失いましたが、幸いほとんど捕虜になったようです」
フランデアン軍の殺意は高くなかったようで、指揮官が捕虜となって各部隊が降参すると必要以上に殺傷する事はなかった。
脱出に成功した兵士の話ではムーズ郊外の丘でハエン伯はツヴァイリング公との交渉中に彼めがけて木砲を放ち、なし崩しに戦闘が開始されたという。
「馬鹿な奴だ。ツヴァイリング公ほどの大貴族を殺してしまっては力づくで攻め落とされても仕方ない」
「いや・・・それが無傷だったようで。煙が晴れると盾を構えた騎士達が守っており、ツヴァイリング公はそれで交渉を打ち切って攻撃を開始したそうです」
「・・・大筒の直撃を受けて無傷だと?呆れたな。防御に長けた魔導騎士を抱える一族とは聞いていたが」
ここで使われた木砲は砲身が木製で大口径の弾を放つ大筒である。
射程は短いが破壊力は大きい。
軍議に参加している諸侯も呆れる。
それぞれ自分や部下はそれを防げるかとお互い問いかけてみるが、誰もが不可能と答えた。
「それで一体何故急にフランデアンが侵入してきた?ツヴァイリング公の独走か?今まで麓に4万ほどは配置していたから急に撤収して好機と取られたのではないか?」
軍議に参加していたスカダイ公ボルチーノが声をあげた。
キノコのような特徴的な髪型の男である。彼は撤退に反対していた為、それみたことかといわんばかりだった。
そんなボルチーノに一人の若い将軍が説明してやった。
「フランデアンが侵入してきた理由?そんなのは決まってる。フランデアン王子の婚約者はマリア姫だ。バルドリッドに自分の婚約者が長い間捕らえられていたんだから怒って当然だ。まあこれで道が開けた以上、サンクト・アナンまで一直線に来るだろうね」
ぐぬぬ、とボルチーノが唸り、ティラーノが発言の主を尋ねた。
「お前は?」
「ガリシア公爵のガルシアで御座います。陛下」
お久しぶりのガルシア君です。