第17話 後継者⑤
「下らん、ああ、実に下らん」
ベリサールはペルセペランの命でカールの遺体を処分して脅しとして使った。
ペルセペランは統治者として優秀だが酷薄で、古臭い手を使う。ティラーノも自分を裏切ったマルガレーテの侍女達に主人の姦通を止めなかった責任を問い、彼女達に法に従って姦通に匹敵する刑罰を執行させる事に同意した。
ペルセペランもユアナもティラーノに断りもなく勝手に宮廷を動かしている。
ペルセペランの方はウルゴンヌ公王殺害の弁明を帝国政府に行わなければならなかったので宮廷には代理人だけ寄越して自らはあちこち走り回っていたが、ユアナの方は宮廷を牛耳っていた。
ティラーノは国を空けていた期間も長く廷臣達はストラマーナ家のいいなりである。ティラーノが独自に動けば今度はティラーノを廃して末の弟フェルナンドを擁立するだろう。見張りのつもりかペルセペランは傭兵やストラマーナに忠実な騎士をさらに宮廷に送り込んできた。
ラウルは主君の身を案じてティラーノに説得を試みた。
「殿下、生き残る為にはマリアを孕ませるしかありません」
「嫌だ」
にべもない。
祖父の命令にしたがって脅しもしたがティラーノはマルガレーテの妹というだけでマリアを心の底から軽蔑していた。
「殿下、我々は殿下と一蓮托生です。殿下がそこまでお嫌というのであれば仕方ありません」
ラウルはベリサールと違ってペルセペランにコネが無い。
蛮族戦線の生き残り、子飼いの650名もティラーノと運命を共にしている。
「エルドロが目を覚ましさえすればいい。あいつに従う愚か者はもういなくなった。あいつが俺に譲位すると言いさえすれば他の連中は全て粛清できる」
「今更目を覚ますとは思えません。あのまま一生を送るか、いずれ衰弱死するのでは?」
「魔術師共が延命措置をしているから容易には死ぬまい。・・・誰か名医を探してこい。頭の怪我や病気に詳しい奴をな」
「はい」
ラウルはティラーノの命でスパーニア中から医者を探し出し、生きたままでも頭蓋骨を割って脳に食い込んだ爆弾の破片を取り除いた事もあるという医者を見出してきた。アル・アクトールの神殿勤めだった医者で名をゲイルスーンといい多少の魔術の心得もあった。
ゲイルスーンはいきなり手術はせず投薬から開始したが、少しずつエルドロの反応は顕著になっていった。
「大したものだ」
「脳の事ならお任せください、殿下」
「そうか、では一人、いや一匹口を割らせたい女がいるが、その前に実験台を用意してやろう。手段は問わん。何としても意識を取り戻させてエルドロに譲位を宣言させろ」
ティラーノはどうせ死刑になるマルガレーテの召使をゲイルスーンにやってその力を確かめた。マリアについても腹心の部下とその家族達の為に口説くことは受け入れたが、彼女が断る度にこちらの召使もゲイルスーンに与えた。
どうせベリサールが同じことをしているのだ。
ペルセペランはマリアの召使をベリサールに処分させていた。
ペルセペランは自分にとって扱いづらいとみたティラーノに悪名を押し付けてフェルナンドを擁立する兆しを見せている。ティラーノも生き残る為にゲイルスーンにどのような残虐な行為でも許した。
宮廷もスパーニアの政治機構もストラマーナ家が抑えていた。
大公達はペルセペランと協力関係にあってティラーノとは繋がりが無い。
そのうちイルラータ公とイーネフィール公は特にペルセペランと関係が深く泥沼になってきたウルゴンヌ公国に深く介入を始めている。
そしてそのイルラータ公が今度はウルゴンヌの第二王子シュテファンを殺害して帰還してきた。彼は大公の特権で、帝国軍でなくとも白の街道を自由に使えている為行動が素早い。
◇◆◇
ティラーノは登城してきたイルラータ公を捕まえて彼を詰問した。
「イルラータ公、落城後に捕虜となったシュテファンまで殺すとはどういう事だ?まだ12歳だった筈」
「もう12歳ですよ。立派な城主様でした・・・と言いたい処ですが、処刑したのはそちらの部下です。わたしゃ、止めましたよ」
「なんだと?」
「実は一か月前の戦闘でそちらが派遣された目付のセルベラ殿が提案した作戦が失敗しましてね。おかげでこっちの部下は尽く殺されてしまって大迷惑でしたよ。で、彼は今回自分の間抜けな失敗で友軍に被害を与えた事を逆恨みしてシュテファン君をその場で殺してしまいました。ま、もう大人ですしね。いいんじゃないですか?どうせ帝国に咎められた時に責任を取るのはあなた方ですし」
イルラータ公はペルセペランやユアナに報告があるといって辞した。
ティラーノは大公に軽くあしらわれて無念に思いながらも、彼はそれ以上何も言えず見送るしかなかった。そしてティラーノはクラウディオに相談に行った。
ベリサールではペルセペランに筒抜けになりかねない。
ネーヴェラの件がある為、クラウディオを排除できないペルセペランはスパーニアの総司令官職を有名無実なものに変えていた。
王が総司令官であり軍の司令官は代行職ともともと法にも定められていた為、エルドロが存命であり、太后が摂政として定められている限りユアナが王家の長だった。
そんな不遇をかこっているクラウディオならばよい相談相手になるだろうと期待してティラーノは会談を行った。
「エルドロを排除した時には決断が早かったのに今度は手をこまねいているのはどうしたことだ」
「エルドロは勝手に滑って転んだだけだ」
「・・・ティラーノ、世間がそんな発表を信じているとでも思っているのか?民衆は信じるかもしれんが諸侯はその振りをしているだけだ」
現場に有力諸侯はいなかったが、大半の者はティラーノが王位を奪う為に害したのだと思っているとクラウディオは告げた。民衆の人気がティラーノに集まっている為、公言は出来ないだけだ。
「エルドロの意識を戻す作業は続けている」
「手緩い。どうせ譲位を強要するならさっさと適当に作った遺言書を公表して王位についても同じことだ」
クラウディオはもうエルドロを死んだ事にしてしまえといっている。
「そんな事をすればストラマーナの兵が離反する」
「今、兵がお前の命令を聞いているとでもいうのか?大体ペルセペランはストラマーナ家の後継ぎを自分の直系にする。養子であるリークの血筋には何も残らない」
「それは・・・それくらいはわかっている」
「いいや、わかっていない。わかっていれば今頃はエイラマンサやイルエーナから自分の手足となって動く廷臣を集め、過去にお前を支持していた大貴族との関係を修復し、后を得て王家の直轄領に蔓延る汚職役人どもを排除して首を挿げ替え自分の権力を得ている筈だ」
ネーヴェラがエルドロを堕落させている間に王家の直轄領には次々と汚職が蔓延り、外国資本に鉱山が買収されたり異常に高額な軍の備品を購入させられたりしていた。そうした借金の肩代わりをしたストラマーナ家に王の直轄領の資産は移っている。王の直接支配が及ぶ領域がどんどん狭まっているのだ。
「出身一族を裏切れ、と?」
「お前の父親はリークだろう。彼にはエイラマンサの血が流れている」
「だが、ネーヴェラを排除してしまった」
エイラマンサ家の当主はネーヴェラの弟ラミローである。
ティラーノはラミローと同盟を結べる気がしなかった。だがクラウディオはそれは違うという。
「むしろエイラマンサの窮地を救ったのだ。昔の部下から伝わってくる情報では帝国軍も今は北方で苦戦していてこちらに当分介入はない。今のうちにスパーニアをまとめあげないと帝国軍が戻ってきたら介入を受けてネーヴェラの件も発覚するぞ。国を救いたければ鬼になれ。お前の父、リークのように」
クラウディオはエイラマンサとストラマーナの双方の血を引く事を生かして両家を手中におさめてその力でスパーニアを治めろと勧めた。
「ウルゴンヌに侵入している軍は止められないのか?」
「ペルセペランはイルラータ公に旧領回復の許可を出したが、イーネフィール公にも利益を約束せざるを得なかった。彼にはエトン攻略の許可を出している」
「ウルゴンヌが取り戻しに動くに決まっている。攻略出来たからと言ってそれで講和出来るものか」
「そうだな、久しぶりの戦争で手柄と名声を得ようとしている者も多い。ストラマーナの将軍メリベア公やナルダラ公も4万の兵を率いてウルゴンヌに向かっている」
「過剰な戦力だな、だがリーアンの介入を防ぐには必要か」
「そうだ、だが三大公の戦力が国内から減っているのはお前には好都合だろう」
ティラーノは悩んだ。
が、手段は他に無いように思えた。
自分の権力基盤を確保する為には弟のフェルナンドも排除しなければならない。
「まだ、悩んでいるのか?ならひとついい事を教えてやろう。お前の父、リークを殺したのはペルセペランだ、操りにくいあいつが邪魔になったのだ。そして幼いお前たちを懐柔してストラマーナの傀儡とする為にな」
クラウディオは父の仇として、たとえストラマーナの家長であってもペルセペランを討つのは正しい行為だと勧めた。
その勧めにティラーノは答える。
「なんだ、そんな事か。その話は知っている。俺が悩んでいたのは別の事だ。お前はイルエーナ大公に協力を仰げ。俺はエイラマンサ大公を味方につけよう。今度ペルセペランが王宮に戻った時が勝負だ」
たとえ祖父でも父の仇を殺す事は鬼にならなくても容易い事だとティラーノは顔を上げた。