第15話 後継者③
ティラーノは日が変わる前にすぐに行動を開始した。
相談役のアルコフリバスは兄弟の師だった事もあり、どちらにも加担せず面会を断り傍観を決め込んだ。ラウルには蛮族との戦いで苦楽を共にした将兵の集結を命じ、自分は軍の実力者に会いに行った。
「ベリサール、軍を掌握し俺の指揮下に入れ」
「兄君と争った事は聞き及んでおりますが、何故私が貴方に肩入れをしなければならないのですか?」
「ベリサール。お前は何十年我が家に仕えた?何故、安楽な暮らしを送れた筈の王都から離れて蛮族との戦いに出向いた?このままネーヴェラの地位が確立すればお前はまた地位を失うぞ。駆け引きなんぞしている場合ではない。今晩中に決めて後宮を封鎖しろ。あの女と子供を人質に取りエイラマンサ家を掣肘する」
「ペルセペラン様の許可は?」
ベリサールは昔からストラマーナ家の忠実な家臣である立場を貫いている。
「必要無い。母上もこちらについた。ストラマーナ家も私が制する」
「では、仕方ありませんな。部下を集めましょう」
ベリサールはリークが王位についた内戦でエイラマンサ家の当主と子供達を殺害している。ペルセペランの命で。
リークの治世では、やり過ぎだったという声が高まり批判を逸らす為、蛮族戦線送りとなっていた。やはりペルセペランの命で。
ベリサールは重い腰を上げてティラーノに忠誠を誓い深夜にも関わらず、部下を率いて共に王宮を制圧した。
◇◆◇
「ティラーノ様、これは謀反ですぞ!」
「黙れゾロ、ギルディオ。貴様らはストラマーナの騎士でありながらエイラマンサの臣下の如く振舞い、ネーヴェラが求めるままに民衆に過酷な税を課す兄上を止めなかった。おかげで民の王に対する評判は地に落ちている」
「それは・・・エイラマンサ家とは手打ちが済み共にスパーニアを統治する同志ではありませんか」
王宮で兵士に取り囲まれた騎士達は口々に抗弁する。
ティラーノは彼らの反論を一蹴した。
「くだらん。これは我が母、太后の命でもある。もはやエイラマンサ家につくか我がストラマーナの騎士に戻るか、どちらかを選ぶ時だ」
「ユアナ様の・・・」
騎士達は顔を見合わせた。
「ネーヴェラを守ってこの俺と戦い裏切者として処分されるか。或いは勝利してエイラマンサのラミローが玉座に君臨するのを待つか。好きにしろ」
騎士達は近衛兵を率いていたが、ベリサールとラウルを引き連れたティラーノに勝てる自信が無かった。
「へ、陛下はどうなりますか?」
「しばらく療養生活を送らせ、頃合いを見て譲位して頂く」
「ネーヴェラ様は?何か罪があるわけでもなし、エイラマンサとまた戦争になりますぞ」
「幽閉しておけばいい」
「これ以上事を荒立てないと約束して頂けますか?」
「抵抗しなければ誰も殺したりはしない」
「分かりました。ティラーノ様に従いましょう」
こうしてティラーノは王宮を制圧し、エルドロの部下を奪い実質的な権力者になった。
◇◆◇
ティラーノは騎士達と約束した手前、エルドロを抱えて後宮に籠るネーヴェラにそれ以上の事は出来なかった。
民衆の反応を伺うとやはり贅沢な暮らしを送っていたウシャスとネーヴェラには批判的だった。そこでティラーノはエルドロが療養生活に入り、ティラーノとユアナが王の代行を務める事を公表させた。ネーヴェラは妻としてエルドロを助けて表向きの仕事から退くと。
宮殿のさらなる増築は取りやめ、増税も当然無くした。
エルドロがウシャスの為に集めた財宝は競売にかけられウシャスは建設中だった塔に幽閉された事も伝えられた。愛妾の分際で王妃に対抗し、エルドロを翻弄し贅の限りを尽くしていたと。もともとネーヴェラが幽閉したのだが、ティラーノにとっても民衆の憎しみの象徴であるエルドロの妻たちは幽閉を続けざるを得ない。
とはいえティラーノはウシャスについて引け目がり厳しい措置を躊躇った。
こうしてストラマーナ家に対する批判は和らぐ事となり、圧政から救われた民衆のティラーノへの支持は絶大となった。
もともとティラーノは神童の誉れ高く、スパーニアの名誉を帝都でも知らしめて人気があり、蛮族戦線に追いやられて民衆の同情を買っていた。
王都から離れたストラマーナ家の本拠イルレスにいたペルセペランはそれを追認することしか出来なかった。だが、ティラーノがマルガレーテと離縁する事は認めずそのまま産ませて、ティラーノもマルガレーテを孕ませるよう命じた。
ティラーノに従ったクーデター派の騎士や兵士達も後ろ盾となるストラマーナあっての事であり現状では祖父に従わざるを得なかった。
そしてティラーノは腹心の部下を集めた。
「ベリサール、お前には一つ頼みがある」
「何でしょうか」
「他の者には言えん事だ、ラウルとアルコフリバス老師とお前だけに打ち明けるが・・・ネーヴェラは蛮族の女が化けている可能性がある」
「は?彼女はエイラマンサから嫁いできて長年彼女に仕えてる家臣までいるんですよ。何を根拠に」
「俺は見た。あの女の人ならざる瞳と服から覗く狐のような尻尾をな」
「私はそんなもの見た事ありません」
後宮を封鎖したもののティラーノはペルセペランの命で未だネーヴェラに手を出す事は出来ない。迂闊にネーヴェラの疑いを誰かに相談する事も出来ない。
魔術に長けたイーネフィール公の部下ならばネーヴェラの正体を明らかにさせる方法が見つかるかもしれないが、その場合王家は蛮族を娶り子を為した事が露見して人類の敵となる。イーネフィール公と何らかの取引が出来たとしても、王権を譲り渡さざるを得まい。
下手をすればティラーノの命も危ない。よくて帝国追放刑に遭いかねない
「情報が漏れれば我々もスパーニアの民衆も、帝国から懲罰を受けて悲惨な結末を迎えるぞ」
「しかし、本当なのですか?」
「何度か後宮を訪れて確かめたが、この護符を握っていると奴の正体が見える。老師も確認した」
ティラーノはフランデアンの兵士から受け取った護符をベリサールに見せた。
「では、これを貸して頂けますか。私も一度王妃殿下にお会いしてきましょう」
そしてベリサールも食料や生活必需品を後宮に納品する召使に紛れてネーヴェラの正体を確認してティラーノに報告した。
「確かに殿下のおっしゃる通りでした。うっすらと人外の姿が見えました。・・・これが何らかの魔術装具で幻術を私に見せたという疑いはありますが」
「疑り深いな。嘘をついても俺に利益は無いぞ。どう転ぼうと事が明らかになればこちらに被害が及ぶ。これは蛮族戦線に出た者にしかわからん事だ」
「確かに・・・ではクラウディオを呼び戻しましょう」
「あいつか、だがあいつは今帝国軍に所属している」
「私よりも蛮族に詳しく、帝国からの評価も高い。帝国に事が露見した場合でも助けになってくれるやもしれません。彼もイルエーナの出身。スパーニアの不幸を喜びはしますまい」
◇◆◇
客将に過ぎなかったクラウディオだが、少々出世し過ぎたようで帝国に居づらくなっており、スパーニアの全軍を任せる総司令官の地位を約束されると召喚に応じて帰国した。
「思い切ったな、ティラーノ」
「お前が王を倒せと煽ったんだろうが」
ベリサールはそんな話は聞いていないと抗議する。
「初耳ですよ、殿下」
クラウディオは帰国するとティラーノとベリサールと会合を設け善後策を協議した。クラウディオは後宮を封鎖しただけと聞くと手緩いと評した。
「殿下が送って来たこの体毛。確かに人狐族のものに違いない。魔術評議会が所有している剥製と比較してマナを調査させた」
クラウディオは軍に所属している魔術師の協力を得て剥製や新しい捕虜の物とティラーノが送付した体毛の残留マナを調査させて帰国を決めたらしい。
「ではやはり・・・」
「ネーヴェラが何処かで蛮族と入れ替わっていた可能性がある。エイラマンサ家が蛮族と与するとは思えんし、事を明らかにすることは出来ん」
「だが、ネーヴェラを放置すれば何か企てるやも」
「何が目的で輿入れしたのかわからんが最悪、自分が蛮族だとスパーニア王は知っていて結婚したと民衆の前で告白するだけでこの国は終わってしまう。・・・やはりエイラマンサが自滅覚悟で送り込んできたと考えるのは無理があるように思う。連中には内々に伝わる様に使いを送り、間髪入れず一気に王宮内のネーヴェラが引き込んだエイラマンサ家の勢力を粛清するのが良い」
クラウディオの献策でエイラマンサ家には決行直前にネーヴェラが既に蛮族に殺されて魔術で姿を映しとられていたと伝えさせ、何の関係もないのであれば罪には問わないと当主のラミローに使いを放った。
そしてティラーノ、クラウディオ、ベリサールは腹心を率いて後宮に乗り込み邪魔をしたエイラマンサの家臣を皆殺しにした。エイラマンサの家臣達は乗り込んできたティラーノに命乞いをしたが、口封じに全てその場で処刑し後宮の召使は太后の管理下でもある事からユアナとストラマーナ家で調査して処分する事にした。
ティラーノは最後の一人となって子供達を庇うネーヴェラに投降するよう促した。
ネーヴェラは狐の獣人の正体を明らかにして牙と長い爪を剥き出しにして威嚇し、いかに幻術を使ってももはやティラーノには通用しなかった。
「次はお前の番だ。大人しく降伏しろ、ネーヴェラ」
「妾に何の罪があるというのじゃ。幼い子供達まで殺す気かえ?」
「降伏せねばお前の子供も処刑するぞ」
「殿下・・・まさか本気で降伏を認める気ですか?」
ベリサールはティラーノに本気かと問うた。
「まだ何の目的でこんな危険な潜入をして、どうしてエルドロと子まで作ったのか。どうやってここまで辿り着いたのか聞いていない。ネーヴェラ、大人しく情報を吐けばお前の子供はウシャス同様幽閉するだけで済ませてやる」
「信じられるものか」
ネーヴェラは助命してやるという言葉を信じず獣人の本性を露わにしたままだった。
「クラウディオ、お前はどう思う?ここで皆殺しにすべきだと?」
「いや・・・そうだな。不可解な点は多い。魔術師拘束用の鎖で捕えて子供は分散しておこう。それならばよかろう」
「ベリサール」
「仕方ありませんね、しかし蛮族の子は成長するのも早い。同じように魔術が使えないようにしておくべきでしょう。もし本当にエルドロ陛下との子であればそこまで早くないかもしれませんが。こうなると陛下もご存じだったのかどうか興味ありますね」
エルドロは未だに意識不明のままだった。
将軍達も逮捕に留める事に同意した。
「さあ、どうするネーヴェラ?」
「子供達の将来はどうなるのじゃ?一生幽閉されたままにされるくらいなら、妾と共に殺された方がマシじゃ」
「もう少し育てば兄と同じような魔力の波長が現れるだろう。宮廷術師が確かめたら何処かに神殿に預けさせる。兄とは敵対したが子供を殺す気はない」
「確かじゃろうな?」
「我が守護神に誓おう」