第12話 東ナルガ河防衛軍⑦
防衛軍司令部は第17砦に救援を出さなかった。
他の砦にも三方から敵軍接近との報がもたらされていて、即応部隊を出す方向が決められなかった。
「ベリサール、もう付き合いきれん。私は部下を率いて第17砦に行く」
「問題になりますよ」
「知った事か。司令部からどう思われようと真の戦友を救いに行く。お前も軍人なら戦友を大事にするがいい」
ティラーノは自身が率いて来た残存兵力650を率いて第17砦に向かった。
砦は包囲されて人狼や人虎族が押し寄せていた。
「くそ、近づけないぞ。ラウル、何かいい手はないか?」
「あそこに飛び込んでも無駄死にです。テイルラレックやトリンペトスもいます」
それらは岩竜などともいわれる魔獣で被甲系に属する。非常に硬く弓矢や銃の弾丸でも倒すのは難しい。特に丸まって転がってくるトリンペトスは木製の砦の壁を簡単に突破してくる。
「歩兵は待機、私とラウル他騎兵だけで敵の後方を突く、いいな!」
「はっ!」
ティラーノは中隊長に歩兵指揮を任せ、自身は騎兵を率いて蛮族の後方を攻撃し砦への圧力を減らそうと試みた。しかしながら、蛮族の機動力は馬の速力に匹敵して途中で引き返さざるを得なかった。持続力においては馬の方が勝り追撃は免れたが、砦への圧力は大して変わっていない。
砦の壁が破られ侵入され、もはや壊滅かと思われた頃援軍が来た。
ベリサール率いるスパーニア軍一万とクラウディオ率いる即応打撃部隊だった。リーアンの有翼騎兵団にガヌ・メリの騎獣砲兵隊が混ざっている。
リーアンの有翼騎兵団は楔形陣形で蛮族に突撃し、ガヌ・メリの騎獣砲兵隊は荷車に搭載した弩砲や木砲で岩竜の固い鱗を吹き飛ばし第17砦を襲っていた蛮族は蹴散らされた。クラウディオら即応部隊は勝敗が確定するとすぐに他の砦の救援に向かっていった。
◇◆◇
砦に戻ったティラーノは内部の惨状を目の当たりにする。
魔獣の突撃にあった兵士は体が押しつぶされて原形を留めていない。
鋭い牙に腕を噛み千切られた者、爪で革鎧ごと内臓まで貫かれた者、蛮族が連れていた狼や虎に食い殺された者までいる。
第十七砦に援軍に来ていたフランデアン軍も多大な損害を受けていた。
「ああ、畜生。ハンス、ハンス、ハンス」
「どうした、エンケン。しっかりしろ、しっかりしろよ。今まで生き残ったんじゃないか。頑張れ、頑張るんだ!」
ハンスと呼ばれた兵士は必死に相棒を励まして血まみれの手を握っていた。
相棒は握り返す力さえ残っておらず、最後の力を振り絞って口を開いた。
「ハンス、頼みがある・・・」
「なんだ。何でも言ってみろ」
「親父への手紙・・・これを頼む」
「わかった、渡してやるからしっかりしろ!」
ハンスは相棒から渡された血まみれの手紙を受け取った。
「違う・・・そうじゃない。書き直してくれ・・・、畜生、親父に送る手紙が俺の血で滲んでるなんて申し訳が無い。こんなの見たら親父は、苦しむ。俺は親不孝者になっちまう・・・頼む、せめて親父に・・・まともな手紙を・・・書き直してくれ、ハンス・・・畜生、畜生、あいつら・・・俺のはらわたで親父への手が・・・み・・・」
エンケンは泣きながら父親に謝罪して死んでいった。
ハンスも涙を流し相棒の頼みを聞いて手紙を受け取り戦友を看取った。
ティラーノは砦の生き残りで旧知の兵士達を探し回った。
ニコルもカイサーンも死んでいた。昔馴染みの兵士達はまた半減していたのだ。
「せっかくここまで生き残っていたのに・・・馬鹿野郎が。退役したら諸国に巡礼にでて神の愛を説くのでは無かったのかカイサーン。資金を貯めたら独立して人を雇い帝都で弁護士活動を始めると言っていたじゃないかニコル・・・。馬鹿が・・・馬鹿共が。ファドラーンもアルカディウスも無能だ、馬鹿野郎だ。さっさと決断していれば、彼らは死ななかった。くそう・・・くそう、馬鹿野郎が・・・」
ティラーノは砦を再建する気にもなれず哀しみに沈んでいた。
救われた兵士達は代わる代わる彼を慰めに行った。
「騎士様、おかげで助かりました。私達の部隊はもう部隊の体を為していません、もう国へ帰ります。助けて下さったお礼にこのお守りを受け取ってください、霊験あらたかなものですよ、こうして私が生き残ったんですから」
フランデアンの男はそういって戦友たちの所へ戻った。
「なあ、誰かなんか明るい話でもしてくれよ。なあ、頼むよ」
「こんな時にそんな話出来るかよ」
「じゃあせめて胸がすっとするような話をさ」
沈んでいる兵士達はそんな気になれないと断ったが、一人だけじゃあ俺がと口を開いた。パン屋のヤンだ。
「この前妻から手紙が届いたんだが、例の粉引き屋が横領で逮捕されたんだってよ。嫁さんにも逃げられてざまあないぜ!」
「誰だよ、そいつ」
◇◆◇
「殿下、これまでです。国へ帰りましょう。もう満足したでしょう?帝国に嫌われてまでこれ以上部下を危険にさらす必要はありません」
「わかったよ、ラウル。もういい、私の意地で皆にも苦労をかけた。国へ帰ろう」
ティラーノはこうして失意の中、白の街道を通って帰路についた。
北上する新編成の部隊は希望に満ち溢れ人類の敵を狩り殺すと燃えている。
彼らは高潔な騎士道物語に憧れたり、戦記に登場する華々しい軍団兵の活躍に憧れてやってくる。吟遊詩人も劇作家も講談師も皆人々を戦争に煽る。人類を、家族を蛮族の脅威から守る為だと。神官でさえ神を捨てた蛮族を正義と神の愛の為に殺せ、と煽る。
義勇兵は人類を守る大義に燃えて地獄へ向かう街道を北上する。
だが、帰り道には神への愛を捨てて憎しみと罪悪感を旨に家族の下へと逃げるように南下するのだ。多くの戦友を失い、彼らの手元に残ったのはわずかな退役慰労金と家族への愛だけだった。