第11話 東ナルガ河防衛軍⑥
新帝国歴1411年、新春早々にティラーノ達は北岸に戻った。
重傷のガルガンチュアはブリアルモンで療養生活を送りアルコフリバスも前線勤務させるには惜しい高齢の魔術師だった為、そのまま治療中の部隊と共に残った。
アルコフリバスはこれまで黙ってティラーノを補佐してきたが、とうとう彼の方針に口を挟んだ。
「殿下、亡命する気はありませんか?」
「老師、何をおっしゃる。私は兄の為にスパーニアの力をこの地に示すつもりです」
「兄君はネーヴェラに唆されて貴方を疑っていらっしゃる。いかに兄弟といえど家庭を持てば己の家族を優先するのは当然です」
「・・・ですが、亡命すれば兄の不信を買います。老師がいうように己の家族を思うなら、いずれ王位を奪いに来ると恐れて暗殺者を差し向ける事だってありえます」
「戦死した事になさっては?友人に偽装魔術に長けたものがいます。殿下が望むならば新たな人生を送る事もできますよ」
「老師・・・、お心遣い有難うございます。しかし、私にはマルガレーテがいます。私が死ねば彼女はどうなりますか。私は生きて武勲をあげ、兄の不信を解き、国家に尽くします。そして誰に恥じる事もない幸せな家庭を築いて、生涯国の盾となり矛となるでしょう」
ティラーノの意志は固く、アルコフリバスは説得を諦めた。
◇◆◇
砦を再建していくのは今年も変わらないが、今年は司令部が派遣した魔術師もいるので工事は手早く進んだ。
失った兵力はアル・アシオン辺境伯の増援が来て一時的に回復しているが、帝国本土では新規に編成された軍団が準備中であるという。彼らの訓練が済めば東方軍に配属され当面は安全な任地につき、代わりに東方軍から適当な部隊がナルガ河へやって来る。正規兵が補充されるのはもうしばらく先の話になる。
再建工事中にひと休みしてティラーノは戦友たちに問うた。
「それで、シャボウスカ、ガイ。お前たちはそんなに王が憎いのか?」
「いやあ、ティラーノ様。憎いのはうちの王だけですから虐めないでくださいよ」
「何故そんなに憎い?」
「うちの王が隣の王の奴隷になって、我が身可愛さにうちらから酷い搾取をするもので」
「あまりに酷ければ東方行政長官に申し立てを行ってみればよい」
従属国間であまりに紛争が大きくなると帝国の経済活動にも影響するので行政長官と東方軍が介入する事もある。
「紛争ってほどの大きなもんじゃあないんです。中原は無駄に広いですから。帝国がわざわざ介入するには面倒なんでしょう」
「中原か、中原といえばツキーロフの噂を聞いた事がある。帝都でうさんくさい演説をしていた連中の指導者だとか。シャボウスカは知っているか?」
ツキーロフとはティラーノの記憶にある限りだと確か中原の強国ガヌ・メリで破壊活動を繰り返し、同盟市民連合に流れそこでも追い出されそして帝国にまでやってきた男だ。留学時代に聞いた事があった。
「ええ、まあ」
シャボウスカは僅かに目を逸らした。
「ガイは?」
「聞いた事ありますよ。確か鉱山技師だった筈で同郷の男です。私は会った事ありませんけどね。火薬についても詳しくてその技術で破壊活動やってました。ありゃあ駄目ですね。いくら王様を倒したくても誰彼構わず喧嘩売ってたそうですから。関係ない通りすがりまで巻き込まれて大勢犠牲者が出ていました」
「そんな事は証拠があったら逮捕されて処刑されてるだろう。言いがかりじゃないのか?」
シャボウスカが気色ばむ。
「だから追放されたんじゃないんですか?銀行強盗までやって火薬の材料を手に入れる資金調達をしてたって噂ですよ」
ガイは無邪気に答えてシャボウスカは不機嫌になった。
「まあ、我が国に関係なければいい。で、ガヌ・メリの王というのはそんなに酷いのか?」
「はい。酒飲みで酔っては街の女を手籠めにするような男です。いちど大臣が酒を慎んで昔の武人に戻ってくれるよう諫言しましたがね。そしたらあてつけに樽一杯の酒を飲んでから大臣の息子を呼び出して、弓箭を取り玉座から遠い入り口まで鋭く正確な一矢を放ち射殺しました。で、大臣に『これで衰えたと思うか、俺は今も十分に武人だ』と言い放ったんです」
「それで大臣はどうした」
「黙って引き下がり、引退しました」
「なんだ、不甲斐ない。我が子を殺されておいて」
話を聞いていた他の兵士達が憤った。
ティラーノも不甲斐ないとは思ったが、大臣も短慮であったと思う。
残酷な奴には違いないが、それだけ酔った状態でも腕が確かでそれを証明されたのでは大臣に反論する余地はない。
◇◆◇
工事に勤しむある日、偵察部隊が巨人の足跡を発見して戻って来た。
ティラーノは守備隊長と共に偵察部隊から話を聞いた。
「巨人?」
「はい、既知の魔獣の物ではありません。巨牛や巨馬の部族の物とも違います。冬の間うろつきまわっていたようです」
「ふうむ、どう思うティラーノ殿。学者の派遣を要請するべきかな。未知の敵がいるなら全軍に知らせねばならん」
「そうすべきでしょう。学者の護衛に帝国騎士の手配もいるでしょうし早めに依頼した方がよいかと」
「よし、では貴君が行ってくれ。足跡が残っているうちに。ラクシュならばグランミセルバまでひとっ飛びだろう」
「承知しました」
ティラーノはラウルを置いて単身グランミセルバに辿り着いた。
しかしながら第33軍司令官のファドラーンも防衛軍司令アルカディウスもティラーノの報告を信じず、ティラーノの部下をグランミセルバに戻らせた。
代わりに第17砦にはフランデアン軍団を派遣した。
ティラーノはこの動きが解せず要塞に駐屯しているストラマーナ家の将軍ベリサールに問うた。
「ベリサール、これはいったいどういうことなんだ。何故、司令官は調査しない?」
「さてわかりませんが、それよりも我々は本国に戻る事になるようです」
「お前もか?」
「ええ、司令官からは今までの協力に感謝するといわれ帰還準備をするよういわれました」
「信じられん・・・お前の部下は一万、帝国軍は去年も大勢の兵力を失っているというのに一体なぜ?」
「我々の代わりにイルラータ公が増援を派遣するそうです。去年の行動が嫌われたのかもしれません」
ベリサールは司令官の意に反して戦線を離脱した事が総司令部で問題になっていたとティラーノに説明した。
「カウラス隊長の許可は取った」
「証明出来ません。第17砦のアルワリード隊長も戦死しています。帝国正規軍の兵士は皆隊長に従って死にました。司令部にとってはっきりしているのは第17砦の偵察部隊を救いに行ったと言い張る殿下が一日行方不明になり、その間に砦は陥落し隊長は戦死。退避先の第16砦の隊長も戦死して守備部隊は壊滅」
「何が言いたいのだ、ベリサール」
「要するに殿下は疑いをかけられているのです。殿下が蛮族を誘引し味方を全滅に追い込んだと。私も殿下の為である以上に本国の名誉の為、国民の為に司令部で殿下の行動を擁護しました。が、正直言って私も殿下が名誉の戦死をされる事を望んでいました。スパーニアが人類の敵と認定されれば帝国との戦争になります」
「そうか・・・そうだったのか。私は疑われていたのか。味方に、戦友だと思っていた帝国軍に」
ティラーノの心に傷がまた、ひとつ。
そして再び第17砦に敵軍来襲との報がもたらされた。