第8話 東ナルガ河防衛軍➃
ティラーノは夜明けまでシャフナザロフと話し、その後解放されて出て行った。
砦近くまで見送りにいかせた人馬族のガ・ウル・ナクサスが報告する。
「行カセテイイノ?」
「ああ。彼を殺せば西の作戦に影響が出るかもしれない。なにせスパーニアの王族だ。帝国に次いで強力な軍隊を持つあの国がその気になれば30万以上の大軍を送り出してきかねない。王に嫌われていても彼を慕う者は多いからね。もともと彼らの兄弟仲は良かったのだ。政敵が死んで憂いが晴れれば急に昔の友誼を思い出してエルドロも怒り軍を起こす可能性は十分にある。世論も後押しするだろうから今はよそう。ナクサス、彼の匂いは覚えたかね?」
「オボエタ」
「よろしい。ところでブリトゥ、いつまでいじけてるんだ。そんなでかい図体をして」
牛人が座り込んで失った角を哀しみ、折れた斧で地面に絵を描いてしょげている。
「仕方ナイ、彼ハマダ3ツ」
「しょうがないな。ブリトゥ。お前には新しい武器を用意してやろう。次は勝てるさ。神剣とただの巨大な斧では勝負にならなくても仕方ない」
「ホント!?」
「ああ」
◇◆◇
ティラーノの愛馬ラクシュは無事だった。
人馬族は暴れるこの猛馬をなんとかなだめすかし、ティラーノに返却した。
マグナウラ院を3年で卒業し、魔導騎士としても優れていたティラーノには二つの大公家の血が流れていて他者を凌ぐ圧倒的な魔力がある。意識せずともその体は強力な魔力に包まれており、戦いの際には乗馬も彼の強い魔力の影響を受ける。
騎手が魔力の扱いに長けて自然体でいれば影響は受けないのだが、ティラーノはまだ若く暴れ勝ちな魔力を抑え込めていなかった。
結果、並大抵の馬ではすぐに潰れてしまい、魔獣の血が混じり竜馬と綽名されるラクシュでなくてはとてもティラーノの乗馬は務まらなかった。
さて、そのティラーノとラクシュが第17砦の戻った時、そこはすでに焼け落ちていた。襲った蛮族は撤収しており、守備兵も近隣の砦に撤退している。
ティラーノの騎士ラウル・ディアスだけが彼の飼っている鷹とわずかな生き残りと共に待っていた。
「ご無事でしたか、お怪我は?」
「無い。だが済まないラウル。お前の従士は皆やられてしまった」
「御身が無事であれば彼らも職務を全うしたというもの。遺族には名誉ある戦死を遂げたと伝えましょう」
「我が軍はどうなった?」
「守備隊長アルワリード殿は偵察部隊救出の為、砦の半数を割いて出撃されましたが伏兵に遭い討ち死に。私もその時我が軍を連れて副隊長殿に従い撤収しました。しかし追撃に遭い砦も陥落し、隣の第16砦まで撤退。残存部隊はそこで再編中であります」
「生き残りはどれくらいだ?」
「我が軍の生き残りは500ほどかと」
ティラーノが祖国を出発した時には1000名だった。
昨年でも被害は30名も無かった。苦楽を共にした兵士が一気に失われてしまった事でティラーノは自分の心が折れた音が聞こえた気がした。
「敵は?」
「不明です。まだ近くに潜んでいると思われます。急ぎ、部下と合流しましょう」
「わかった」
ティラーノは合流した後16砦の隊長の制止も無視して、部下の捜索活動を開始した。幸い、逃げ散っていただけでいくらかの部下は生き残っていた。
ガルガンチュアもその一人で大盾を二つ駆使して蛮族を叩き潰しアルコフリバスを守り切った。休暇で後方や本国に戻っていた兵士と合わせるとティラーノの部下の残存兵力は650名ほど。
着任からこれまでに死者は300、復帰出来ないほどの重傷者は50。
その後も蛮族の襲撃は活発化しじりじりと兵力を失っていった。
第16砦の守備隊長も要塞へ救援を求めたが、今年はこのまま要塞まで帰還するよう命令が出た。
各砦は東ナルガ河北岸要塞グランミセルバへの帰還準備を進めたが、そこで降雪があった。いまだ10月で今年の降雪は例年より一か月も早い。
すぐに止むだろうと思われたが、その年ははなかなか降りやまず危機を感じた部隊長は雪の降る中で帰投を開始した。
帰路でラウルの鷹が蛮族を発見し、甲高く鳴いて、二度旋回し主に危機を知らせた。
「殿下・・・敵です」
「やはりそうか。この機会を待っていたな」
ティラーノは第16砦の守備隊長カウラスに伝えたが、彼はこのまま行軍を続けてマルギット橋まで行くという。砦と要塞までの間にはナルガ河の支流があり、橋を越えなければならなかった。
「皆凍えています、今の速度では間に合いません。直進して要塞に向かうより、ナルガ河の本流に出て艦隊の迎えを待つべきです」
「馬鹿な!艦隊がこちらを都合よく発見できるものか。狼煙をあげれば敵にも気づかれる」
「この雪です。要塞司令や艦隊司令が無能でなければ救援を差し向けるでしょう。ここからなら第11砦に向かう事は可能です。そこで寒さをしのぎ一部の部隊をナルガ河まで派遣して艦隊への救援連絡を出しましょう。かならず停泊地に連絡船がある筈です」
河岸は帝国の安全な勢力圏だった為、休暇中にグランドーンや南岸砦で釣りをして楽しむ者もいる。そして北岸への緊急通達の為にところどころ停泊地が設けられていた。大型船が停泊できるようなものではないが、小型船はある筈だった。
「駄目だ。この状況で部隊を分けるなど自殺行為。そもそも貴様は我々の部下ではない、救助されておいてこの私に指図するな!」
カウラスはティラーノの献策を聞かず、直進に拘り意見が対立すると勝手に何処にでも行けと言った。ティラーノは許可が得られた事で自身の部下とと第17砦の残存部隊の一部を率いて第11砦へ向かった。
◇◆◇
他にもティラーノと同じ考えをした者がいたようで、第11砦の本隊が放棄した砦には近隣の砦からも兵士が集まっていた。
ティラーノはその中でもっともまとまった兵力を持つ為、彼らを統率しラウルが補佐を行った。
「北方圏の出身兵がいないのが惜しいですね」
「彼らは北ナルガで同じように苦労している。まず寒さに強い高山地域出身のものと操船技術がある者を集めよう。それと戦利品で毛皮を持っているものに供出させろ」
「は」
可能な限り防寒具を集めて50名ほどを停泊地へ向かわせた。
一気に蛮族の勢力圏となった北岸部で取り残され怯える兵士達の為にティラーノは砦に残っていた物資を使い、酒もある程度許可した。
「どうせ蛮族には発見されている。気にせず飲んで騒げ。蛮族の大族長が現れようとこの私が斬り殺してやる。敵が押し寄せてきたらお前たちは狩りだと思って矢を射かけていればいい。もともと奇襲さえなければこちらの方が強いのだ。怯える必要などない」
人間より身体能力において上回る蛮族も魔導騎士には劣る。
兵士達は数多の魔獣と蛮族を打ち倒してきたティラーノの言葉に安心して士気を取り戻した。
「ラウル、銃はどれくらいある?」
「120丁ほどです。弾も十分あります」
「それは良かった。連中はまだ銃に慣れていない。なまじ聴力が発達しているから馬のように銃の轟音に怯えるだろう」
ティラーノは放棄された砦の備品を接収して部下に与えて銃の訓練を施した。
一週間その砦で待機していると、とうとう蛮族の群れが現れた。
人狼族だ。狼の群れも率いている。
地を埋め尽くすほどではないが、狼も含めれば3000はいるだろう。
「停泊地まで回り込まれると厄介だ。挑発してでも戦うべきか」
「はい、仕方ありません。やりましょう」
ティラーノ達が相談し、兵士達にさらに大きな音を立てて包囲する蛮族に対して嘲りの言葉を投げさせ挑発すると、応じて一体の蛮族が何やら丸い物をもち遠投してきた。
「げっ、カウラス殿」
その首の切断面は乱れに乱れていて、かなり切れ味の悪い物で切られたのであろう事が伺えた。カウラスの死に顔も苦悶に歪んでいる。
不敵な面構えの蛮族は嘆く帝国兵を笑い、残った胴体を放り捨てそれに小便をかけてみせた。ティラーノは蛮族の挑発に対し、ラウルに待機するよう命じて単騎ラクシュと打って出た。たった一人なので蛮族の側も何かと思ってその場を動かない。
砦周辺の雪は戦闘の邪魔になるのである程度どかされている。
残雪をものともせずラクシュは突き進んだ。
風の神の加護があるかの如く快速を誇る駿馬は、カウラスの頭を放り投げた蛮族の元まであっという間に到達しティラーノはその首を一刀の下に刎ねた。
「さあ、聞くがいい蛮族共よ。我こそはもっとも優れたる太陽神モレスの下僕ティラーノ。神獣に恥じる所が無いのなら、戦士の誇りを知るのなら我と一騎打ちを行え!」
ティラーノの挑発によって蛮族は一人一人出てきて一騎打ちを行い、狩られた首が10を越えた所でティラーノは疲労により引き上げたが、復讐に燃えた蛮族が追いすがって来た。
砦の兵士達は銃と弓矢でそれを追い返したが、特にマナを帯びた強力な矢が何発も放たれて魔獣も蛮族も正確に射殺していった。
ティラーノは砦に戻って早速その神弓の主に会いに行った。
「助かった。貴方は?」
「アルテュールといいます。ウルゴンヌでシャルタハル男爵位を我が君から頂いております、ティラーノ殿。こんな所で奇遇ですな」
「カール殿の家臣か」
「ええ、困りますね。こんな所で命を落とされては。我が姫との間にまだ子もいらっしゃらないようですし高貴なる血筋を残す事は王族の義務でしょう。祖霊を祀る子が絶えた時、先祖は地獄に落ちるといいます。我が姫も子がいなければ生き甲斐もなく寂しく過ごしている事でしょうし」
「済まないな、アルテュール殿。国へ戻ったら貴方が生かしてくれた命が新たな命を創り両国の絆を深めたと誇るといい」
「まずは、生き延びましょうか」
「ああ」
夜間に強襲はあったが、砦の壁と防護柵を前に狼達は無力であり、人狼も銃の轟音に怯えて夜襲は長続きしなかった。
翌朝、日が登ると砦の周辺は多数の狼の死体があり、蛮族は撤収していた。
そして停泊地に向かわせた兵士が救援の船が到着した事を知らせてきたのでティラーノは全兵力を統率して停泊地に移動する。
道中に再度蛮族が未練がましく付きまとったが、停泊地まで来ると艦隊に積まれた大砲が援護射撃を開始した。この砲撃は射程外だったが雷鳴にも似た砲声と風を切る音、炸裂する大地に蛮族は怯えて退散していった。