第6話 死霊魔術師シャフナザロフ
シャフナザロフは牛人ブリトゥを退かせるとティラーノに自分の庵まで着いてくるよう言った。
「誰が付いていくものか」
「別に取って食らいはしない」
「信用するとでも思っているのか。シャフナザロフと呼ばれていたな。お前の事は知っているぞ」
「私も貴方の事は知っているティラーノ王子。いや、もう兄上が王位につかれたのかな?追放されたか。さもありなん」
奴隷売買や人体実験による亡者の量産を試みたシャフナザロフが帝国追放刑の判決を受けたのは1406年で、リークも同年に他界したがそれはこの悪名高い死霊魔術師が追放された後だった。
「何故知っている?捕虜から情報でも得たか?」
「いや、なにリーク殿を自然死の形で発覚されずに死なせる方法は無いかとペルセペラン殿に相談された事があってな」
「下らん嘘だ。祖父が息子を殺して何になるか。父がいなければストラマーナの大義も地に落ちていた」
「王家を傀儡にするにはほとほど無能な方が良いのでな。リーク殿は無能でも無く、なかなかの武人で扱い辛かった。まあ信じなくても良い。私が貴方を騙した所で何の利益もないし、ただの老婆心だ。ところでこんな所で長話をしても落ち着かないし。皆も飽きっぽい、いつまでも待っていてはくれぬ。重ねて言うがついてまいられよ」
「黙れ。蛮族に懐柔などされるか!」
「ここで戦っても無駄死にだ。貴方が信じる神は自殺を喜ばれるだろうか。むしろ嫌うのではないかな」
シャフナザロフは背中を向け、手で合図してついてくるよう促した。
ティラーノは誇りから無防備な老人の背中を斬りつける事もできず、蛮族も襲い掛かってくる様子がないので戦意を失ってしまい大人しくついて行った。
シャフナザロフが介入しなければティラーノは死んでいた所なので、現時点では命の恩人であるともいえた。
◇◆◇
シャフナザロフの庵にはさまざまな種族の蛮族が集まっていた。
大きな爪を持つ鳥人や猪姿の雄や雌、まるで人間のような容姿を持つ噂の蝙蝠女達。
「オカエリ」「オ帰リナサイ」
「ああ、シーラ、セラ。彼と話がある。また後でな。後で何か茶でも持ってきてくれ」
「「ハーイ」」
蝙蝠女達は適当な理由で追い払われて名残おしそうにしながらもシャフナザロフの顎に指をやってたっぷり情熱的に口付けをして去って行った。
ティラーノは軽蔑した視線を向ける。
「彼女らはお前がかつて何をしていたのか知らないのだろう」
「いや?知っておるよ?別に彼女らに対して何かやったわけではないのでな。ま、座るが良い」
ティラーノが座った椅子は人間用の物だった。
「どこかの砦から奪ったか?」
「一応私も彼らの世話になっている身でな。その辺は伏せさせて貰おう」
「では、私に一体何の話があるというのだ」
「先ほど言っただろう。どうせ死ぬなら実験に協力を、と」
「貴様の邪悪な実験になど協力できるか!人類の面汚しめ。自らの悪行で追放されれば今度は蛮族に協力するか。貴様に人として誇りは無いのか!?」
ティラーノの留学時代、カールマーンの前の皇帝の末期時代から少しずつ死霊魔術師の悪行について噂は広まっていた。実験費用を節約しながら実験体を増やす為、奴隷を買いあさり、最後には多産な蛮族と交配させて奴隷を繁殖させていたという。
「ティラーノ殿がそう思うのも仕方ないが私もそれが仕事だった。私利私欲の為にやったわけでもない。それが命令だった。貴方とて父の、主君の命令なら大抵の事はするのではないかな?獣の民・・・ああいわゆる蛮族の事だが、見せしめの為に惨たらしく殺しただろう?だが私は見せしめの為に無意味に命を奪った事はない。全ては愛の為だ」
「お前のような狂人が愛など口にするな。愛が汚れる。シレッジェンカーマもお嘆きになるだろう」
「ティラーノ殿。貴方のような貴人がそう汚い言葉を使うものでは無いよ」
シャフナザロフは悪名の噂と違って、熊の毛皮を着ていても好々爺然としていた。
「ティラーノ殿は私が真に狂ってあんな実験が出来ると思うかね?あれは勅命だった。先々代皇帝の命令でね」
「そんな事を命令して皇帝に何の得があるというのだ」
「仁徳に溢れ下々にも慈愛の志で接した皇帝陛下はお嘆きだった。この北の地で、故郷から遠く離れて兵士達が何百年、何千年も死に続ける事が。帝国の民が、同盟国の民が今までいったい何百万、何千万死んだだろうか。いつになったらこの戦いが終わるのか、と」
「それで?」
「陛下は使役可能な亡者を量産し対蛮族戦に利用するのが最善とお考えだった。次善は使役出来なくとも川向こうで勝手に増えて蛮族と戦わせる事をお望みだった」
「旧都やツェレス島のようにか」
「これ以上人々の犠牲を無くす為、私も魔術師仲間に頼んで何事にも動じないよう精神暗示の魔術をかけて貰い心を鬼にして評議員の名誉も捨てて勅命に従った。しかし結果はどうだ。皇帝が代替わりするなり私に汚名を着せ、評議会は私を見捨てて研究成果だけ奪い追放した」
シャフナザロフはその言葉ほど国の裏切りに怒りは感じていないようだった。
達観、あるいは諦観している。
ティラーノも支配者側の人間である。
必要があれば残酷な命令を下す事もあるとは理解できるし、それが醜聞になればあっさり切り捨てるのも理解は出来た。
◇◆◇
「待て、ではなぜまだ実験を続けようとする。お前の目的はもうない筈だ。やはり手段が目的になったか」
「気が早いな。私は帝国を追放された後にここへ流れ着いた。全ての法の加護の下にいられなくなった以上、人類圏から去るしかなかった。見ての通り大半の獣の民は温厚だ。音楽を愛し思索に耽り、人間が思う以上に文化的な生活を送っている。この私を受け入れてくれた事でもわかるだろう。獣の民と見れば女子供も種族も構わず殺しつくす人類とは大違いだ。君にそんな度量があるかね?」
シャフナザロフがいうように獣の民は庵の外で楽器を奏でるものもあればそれにあわせて楽しそうに踊る者もいた。
種族の隔たりなく。
「それは・・・そんな事はどうでもいい。お前の目的はなんだというんだ」
「ふむ、答えられないか。正直だね。ティラーノ殿は恥を知っているらしい」
「目的を言え!こんな所で今更死霊魔術を研究してどうするつもりだ。今度は蛮族の為に亡者を作って人類を抹殺しようというのか」
「いいや、神を殺そうと思ってね」
もし神龍が願いを叶えてくれるなら。
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