第1話 天女の嫁入り
東方圏最大の国家スパーニア王国は太陽神を守護神とする国である。
しかしそれも今は昔、陰惨な宗教戦争を経て信仰と神の権威は地に落ちていた。
そんな時代だが、ある寒村で老夫婦の下に信仰に熱心な妙齢の娘がいると話題になった。月の無い日には断食を行い、朝に夕に神々に祈り、烈しくも恵み深き、輝けるモレスを讃える歌と踊りを捧げているという。
その踊りは天女の舞と噂され苦行者のように天則に従って断食を行い、人々の罪の寛恕を天の神々に乞う姿に信仰心の無い若者も感じ入った。
巡礼中のある神官は彼女の舞い踊った所から天に向かって昇る光を見たという。
噂が広まると村長は老夫婦を問い詰めた。
村長は自分が知らぬ娘、お前たちの娘でない事はわかっている、では彼女は何処から来たのかと。老夫婦は天が授けてくれた娘だと言い張って真実を言わない。
そこで村長は年頃の娘がいる分の税を払えと老夫婦の税の割り当てを重くした。
それはとても彼らが払えぬ額だった為、泣く泣く彼女を手放して村長の後添えとして娘を与えた。
強欲な村長は美しく若い妻を得た事を大いに喜んだが、一週間と経たぬ内に流行り病で死に、その息子も病気にかかって死んでしまった。
◇◆◇
娘は老夫婦の元へ戻り再び天則に従う生活に戻ったが、夫婦は老いて娘を養う事は困難だった。羊毛の如き柔らかな肌、寒村にあって沁み一つ無く輝ける乙女に力仕事をさせる事は躊躇われ夫婦は次の嫁ぎ先を探す事にしたのだった。
幸いにして嫁ぎ先はすぐに見つかった。
噂は行商人から大店にまで伝わっていて彼女への求婚者が殺到し、大量の象牙、金銀細工を積み上げてやってきた。老夫婦はその中でもっとも財宝を多く所有している者に娘をやろうとしたが彼女は嫌がった。
「何という嫌な娘だろう、ここまで育ててやった恩を忘れて」
「太陽は唯一無二の存在。二度と夫を持とうとは思いませぬ」
「お前を幸せにしてくれる十分な財力を持つ男を選んだのだ」
「財宝が私を幸せにすることはありませぬ」
「では何ならいいというのだ。古代の聖者は言った、咎むべきかな、適齢の娘を嫁にやらぬ父、と。お前は私を罪人にするつもりか」
自分達が死んだ後も娘の幸せを願う夫婦に娘も折れて自分と共に苦行を一月続けた者に嫁ぎましょうと宣言した。
娘は一月、普段の苦行を行い、最後に断食した後、三日三晩祭壇の火を絶やさない立ち行を敢行した。何十人、何百人といた求婚者で彼女と共に最後まで立っていた者は若き頃に行商を行い今も自らの足で全国を駆け巡る男ただ一人だった。娘はその男との結婚を受け入れたが、彼もまた祝言の後にすぐ世を去った。
◇◆◇
娘は自分は不吉な女であるし、老夫婦も十分な財宝を得た筈だから金輪際結婚をしないと言ったが、その清らかな瞳に魅せられた男達は彼女の嘆く心を癒したいと群がって求婚者の列が減る事は無かった。
彼女の決心は固く、求婚者達には冷たい瞳を向けて一切揺らがなかった。
老夫婦も諦めていたが相手が権力者ともなると異なる。
貴族である領主までもが彼女を息子の嫁にとやってきた。
兵士達には抵抗できず彼女は領主の元へ連れ去られたがやはりその家でも不幸があった。
娘は世に財力、権力があろうと信心無き者には嫁がず次は自死を選ぶと宣言して寒村に引き籠った。主君とその後継ぎが死んだ騎士の一人が彼女を護衛して寒村に付き従った。騎士の名はフィロストラートといい、白銀の鎧を纏っていた。
娘が自死を選ぶと宣言したにも関わらずまたしても求婚者が現れた。
娘がナーチケータの火壇といわれる炎神に捧げる祭壇の火に身を投げようとするとそれを止め、騎士は求婚者達を殺して彼女を守った。
だが、ある日一人の求婚者を彼女の前に通した。
男は彼女の前に額づいて言葉を放った。
「天女ウシャスよ。どうか我と共に城へ参られよ」
娘が騎士に問う。
「彼は?」
「太陽神の化身ともいわれるティラーノ様です」
「何処から来たの?何処へ来いと?」
「地上にありて燦然と輝く豊穣の都。唯一無二の太陽を崇め守護神とする恵みの土地バルドリッド。我らが王のおわす城です」
「わかりました。彼と共に参りましょう」