第三章・終幕③
「リカルド、リカルド!?目を覚ましたの?」
「プリ・・・シラ?」
ヴェッカーハーフェンで、崩壊したホテルからリカルドが発見されていた。
彼は大きな柱が壁になって運よく火にまかれずに済んでいた。
力を出し切って早々に気絶し、高温にさらされた火傷はあるもののあまり煙を吸い込まなかったのが幸いし、彼は命を繋いだ。
爆発が止むとプリシラはすぐにホテルへ戻り、水の魔術で火を消してリカルドを発見した。マルティンと共に彼を掘り起こして救護テントに運びこんだ。
大きな被害がでたヴェッカーハーフェンだったが、誘爆しなかった地域もありそこから医師達が急いで駆けつけて救命活動を開始した。
数日経つと帝国軍や他の自由都市からも急ぎ人々が救助活動に参加すべくやってきたが港が沈没船だらけの為、小舟に乗り換えて入港する必要があった。
「そうか・・・君に怪我は?」
リカルドは火傷の苦しみに呻きながら状況を理解していった。
「私は平気、貴方のおかげよ。ありがとう」
「泣かないで・・・っ」
リカルドは泣きながらリカルドに感謝するプリシラを慰めようと右手を伸ばした・・・が、ある筈の物が無い。
「御免なさい、御免なさい、御免なさい・・・」
「僕の腕が・・・腕が・・・」
リカルドの右腕は倒れた時に柱に潰されていて、マルティンが切断して助け出した。全身に負った火傷の苦しみを和らげる為、リカルドは麻酔効果のある薬を飲まされており右腕の状態に気が付くのが遅れていたのだ。
「マルティン・・・私、もう国には戻らないわ。絶対に」
「何をおっしゃいますか、姫」
「知っているでしょう?私と彼は愛し合っているの。もし強引に連れ戻すなら、自分の命を絶つわ。お父様が何とおっしゃられようと、イフリキーヤなんかに嫁ぐのはイヤ!」
「もう父君は承諾しているのですぞ」
「私はもう死んだ事にすればいいじゃない、マルティンがそう言って。ねえそうおっしゃって。父に、貴方の娘はもう亡くなったって」
「無理でしょう、こうも人に知られていては」
負傷者達はある程度距離を置いたベッドで敷居が設けられていたが、十分な広さは無い。野次馬が耳をそばだてていた。
「皆さん、黙っておいて下さいませんか?」
「「いいぜ!お姫さんには世話になったし!」」
爆発によりインフラが絶たれたこの状況では清潔な水が貴重であり、プリシラは魔術でそれを抽出して人々に分け与えていた。プリシラが死んだ事にするという話の流れになりつつあったが、それを否定する声があった。
「しかし、亡くなったというのは無理があるでしょう。目撃者も多いですし、すぐばれるような嘘はつくべきでない」
「どなた?」
「・・・フォールスタッフ老師?」
リカルドの聞き覚えのある人物はリカルドがいる寝台までやって来ると傷の具合を見た。
「我が師から使い魔の連絡がありましてね。まさか貴方がここにいるとは思いませんでしたが」
フォールスタッフは使い魔の鷹のような鳥を連れていた。
この使い魔は鸚鵡のように言葉を覚え、隼のように速い。
魔獣の一種で調教されていてかなり知能も高く言葉を選んで囀る為、覚え込ませた範囲内なら会話の真似事も出来る。
フォールスタッフはマイヤーから即座に爆発事件を調査するよう指示を受けてやってきた。ツヴァイリング公が街道を封鎖しているといっても帝国軍は協定によって小部隊なら通過する事が可能であり、それに便乗した。
「何者ですか、そんな使い魔を連れているなんて普通の魔術師ではないでしょう」
プリシラが美しい眉をしかめて問いかけた。
使い魔の調教術についてはプリシラにも心当たりがあったが、作り上げるにはかなり難しい魔術でスパーニアでも王弟の家庭教師だったアルコフリバスただ一人しかいない。アルコフリバスは己の精神を使い魔に移し、離れていても感覚すら感じる事が出来るというほどの魔術師だ。
「ただの魔術評議会の議員ですよ、はぐれなので気にする必要はありません」
「評議員・・・」
プリシラの知る限り魔術師達の最高峰の集まりで数十人しかいない。
様々な部門に分かれて魔術の発展を促し、弟子達は各国にも影響力を持つ一門を築く。はぐれというからには帝国にいる部門長達とは関係ないのだろう。
プリシラは気を取り直して再度尋ねた。
「それで、何の御用ですか」
「勿論爆発事件の真相解明に。ですが弟子のその有様を見てはこちらを先に片付けないとなりませんね。リカルドはもうプリシラ殿に求婚を済ませているのですか?」
「あ、いや・・・それは」
フォールスタッフに問われてリカルドはしどろもどろになる。
彼は諦めるつもりだったから。
今も彼女の命を救って犠牲になり、自分の怪我に対する罪悪感につけこんで彼女に求婚するのはずるいと思い、作法にもかなわないと躊躇う気持ちが強かった。
プリシラは彼のそんな気持ちに気が付いた。
「リカルド、もう家のしがらみなんて気にしなくていいの。わたくしは個人で貴方の下へ嫁ぐから、ね?どうか本心をおっしゃって?」
プリシラはリカルドの左手を握って求婚して欲しいとねだった。
「わかった。わかったよ。プリシラ、こんな横になったままで実に情けない気持ちなんだ。後でもう一度やり直させてくれ。どうか僕の妻になって欲しい。君が家を捨てるなら僕も捨てよう」
プリシラは感激してリカルドに抱き着いて口付けを交わした。
野次馬達がいっせいに盛り上がる。
◇◆◇
熱狂が冷めるのを待ってからフォールスタッフも若い恋人達を祝福し、今後彼らが不幸に陥らないようその姿を変えてみせる魔術を授けた。
首飾りをつけている間は効果を維持できる。魔力を定期的に注ぎ足さねばならないがイーネフィール公の長女であれば容易だろう。
「これをわたくしに?」
「ええ、水を差すようですが帝国人であっても実際に家を捨てるというのは難しいものです。求婚者に取り下げさせた方がよろしいでしょう。とくに貴女の容姿目当てであるならば。イフリキーヤの王が持参金目当てという事もないでしょうし、この事件で醜く焼け爛れた姿になったという事にすればよろしい。それで駄目なら逃げる先でも紹介してさしあげましょう」
「まあ!感謝します。老師」
こうして、ヴェッカーハーフェンにいる間プリシラはフォールスタッフに師事して偽装の魔術について学んだ。
イーネフィール公の騎士マルティン・マルティネスはイフリキーヤの使者がプリシラの状態を確認して求婚を取り下げるとその報告を持ってイーネフィール公の下へ帰還しプリシラをリカルドに託した。
これで第三章も終わりです。
次章は戦争だ!