第49話 湖の姫と妖精王子-戴冠-
マルレーネもヴォーデヴァインも妖精宮でシャールミンの帰りを待っていた。
そしてシャールミンは無事と再会を喜ぶ間もなくギュイを出迎える事になった。
「よく来たなギュイ」
「は」
通常なら外の世界の者は妖精宮に立ち入ることを許されないが、祖父のヴォーデヴァインの許しも貰いギュイだけは通させた。
シャールミンとマルレーネが王宮を去った事で中部、東部の三伯十一公はギュイへの協力を拒み始めていた。
こうしてギュイの求心力も減り、国内はまとめ役を欠いている状態だった。
ギュイは待ち構えていた面々を見、そして傍らのマリアを見て膝をついて礼を取った。臣下の礼を取る彼をみてシャールミンは内心でほっと安堵する。
「国政はどうしている」
「べべーランと将軍に任せておりますので心配要りませぬ」
「情勢は理解しているか?」
「は、スパーニアがムーズに展開するまでは多少密偵を送り込んで情勢を探らせておりましたし、将軍も遊牧民からリーアンの情報を、中原からも帝国軍からの情報を入手しておりました」
「そうか、こんな時に呼び寄せて済まないな」
「いえ、たとえ処刑されるとわかっていても妖精宮に招かれる栄誉を受けたとあっても参上しないわけには参りませぬゆえ」
ギュイも覚悟の上でやってきていた。
彼がすぐに王位を譲っていれば事態は悪化しなかったというのが中部、東部の三伯十一公のギュイに対する非難材料となっていた。
苦境の帝国軍はウルゴンヌ問題に関わっている余裕がなく、傍観は事態の悪化を招いた。先王の時代からウルゴンヌに対して多大な投資をしてきたのに全てが失われかねない、そして正当な次期君主とその后を失う所だった。
ギュイにも理由はあった。
未熟な王子を王にすえても失政があれば、王威が揺らぐ。
王子時代であれば大目に見て貰えても、玉座についてしまえばそうはいかない。
いましばらくはギュイとべべーラン達が国政を仕切るべきだと考えた。
どうせ留学が終わるまではまだ何年もあった、マリアの適齢期が過ぎてしまいかねないが昨今は成人の定義も年々後退していっている。
王妃の事より王が成熟するのを待つべきだと。
スパーニアとの紛争が起きてもギュイの考えは変わらなかった。
安全策を取ったが、事態はもはやフランデアンだけでなく人類の生存圏の問題まで絡んできている。老いたギュイは時代の変化についていけない事を悟り、未熟だった王子が自力で自身の妻となるべき女性を敵地から救い出してきたとの知らせを受けて彼は自分の失敗を悟った。
人々は古代王のように神々の森すら通過した若き王子の冒険譚を王に相応しい偉業だと称えるだろう。そして王子を追放したギュイを反逆者として罵る事になる、と。反逆者には死あるのみ。
「ツヴァイリング公家は分家と入れ替えてお前から爵位を取り上げる」
「は」
「お前は軍勢を率いて山を下り、麓の町ムーズからモーゼルまでを確保せよ。その後は援軍を待て」
「は?」
平伏していたギュイが顔を上げる。
「お前を処刑したりはしない。リーアンでは蛮族が上王と組んで暗躍していた。スパーニアの動きも妙だ。自由都市の事は紛争初期だから知っていようが爆破されて大きな被害が出ている」
シャールミンにはまだツヴァイリング公としてのギュイの協力が必要だった為、出来るだけ旅の間の出来事を細かく伝えた。
「はい、マクシミリアン殿下のおっしゃった通りフランデアンが軍を上げて早期に介入していればこうはならなかったでしょう。帝国に疑われない為、どうぞこの首を刎ねて簒奪者として喧伝し人類の窮地に無用の戦を起こした彼らに対し懲罰を」
ギュイにはギュイの考えがあり、マリアを見捨ててマクシミリアンを責任から遠ざけたが結果は裏目に出た。
マクシミリアンはリーアンで蛮族の計画を未然に防ぎ、窮地の婚約者を救いだして帰還した。世の吟遊詩人はこぞって競い、歌い上げて、大陸各地で詩となり歌劇となり本となって出版され騎士道物語として永遠に語り継がれるだろう。
「ギュイ。我が国の諸侯は世界情勢に疎く軍備も遅れている。お前は失う訳にはいかない。お前から爵位を剥奪するのは戦後の話だ。お前でなくては西部諸侯は従わない。再度命じる。彼らを率いてムーズからモーゼルの一帯を確保しろ」
「しかし、三伯十一公が納得しますまい」
フランデアンは大国だが、王権が低く官僚組織も未熟となると王が全ての貴族を直接支配する事はできず小領主達の管理はある程度の地域に分け統治者を任命している。
王が直接指揮下に置くのはギュイのいう三伯十一公だった。
中部、東部諸侯は王家と結びつきの強い西部総督ツヴァイリング公爵に対して不満を持っている。今回の件でさらに強まった。
「私とマリアの結婚式と即位を同時に行う。彼らには軍を率いて直ちに王都に集結するよう命じる。そこで当主にだけ次のツヴァイリング公を分家と入れ替える事を伝える。ベルゲン将軍に彼らを率いさせてお前とはウルゴンヌ奪還を交代させる。お前は余計な事は気にせず援軍が来るまで現地を確保せよ」
生半可な事では貴族達の即時強制動員の理由はつけられないが、輝かしい武勲をあげた妖精王子が遂に王となり、己の力で救出して来た姫を王妃とするとなれば話は別だ。誰もがその晴れ姿を見たいと思う。そして結婚式にどれだけ大きな贈り物を出来るかを皆が競う風習だ。それで身代を崩してしまうものすらいる。
若き妖精王とその王妃への最大の贈り物はフランデアン王妃を攫い、彼女の母国を荒らした敵を追い払う事だ。
マクシミリアンとヴォーデヴァインは既にディリエージュから混血の妖精の民達を全国に散らして諸侯を招集する準備を進めていた。
「了解致しました。しかし残念ですな」
「何がだ?」
「私が殿下とマリア殿が結婚式を挙げる姿を見れないとは」
「戴冠式よりそっちが大事か。戦争が終わって隠居したら王都に来い」
◇◆◇
「良かったわね」
「はい」
ギュイどの会談が平和裏に終わった後、マルレーネからシャールミンは祝福された。
「お母さんに取ってはあんまり良くないけどね?」
「それは・・・申し訳なく思っています」
「マルレーネ、そろそろ我儘はいい加減にしなさい」
「わかってますー。だから改名も許したんじゃない。せっかくあの人と二人で付けた名前なのに・・・」
マルレーネは絶対に拒むと思われたがヴォーデヴァインの説得もあり改名を許容した。シャールミンとはマクシミリアンの文字の順番を入れ替えただけであり、本来の名前を完全に捨てたわけではない。
「フランデアンが外征するのは5000年振りになる。負けてはいかんよ」
「はい」
ヴォーデヴァインの言葉にシャールミンも頷いた。
戦力的には自国の方が不利だ。しかしウルゴンヌは味方の土地で敵は民衆の恨みを買っている。勝機は十分にあると信じた。
「貴族の皆さんが集まるまでまだ当分かかるわよね?」
「うむ。軍勢も集めるよう伝令を出したからな。しかし戴冠式に間に合わせる為彼らも急ぐだろう」
マルレーネがヴォーデヴァインに確認を取った。
「そう。ところでミー・・・ってもう呼べないわね。約束だし。シャールミン、王様になったら真っ先にやらなきゃいけない事はわかる?」
「勿論。スパーニアに開戦を布告し撤兵を要求します」
「違うわ」
マルレーネはちっちっち、と指を振って否定した。
「え?では何を?」
「決まってるじゃない」
シャールミンの疑問にマルレーネは偉そうに宣言した。
「子作りよ!」