第48話 湖の姫と妖精王子-帰還-
黒い木々ばかりの神々の森を抜けて妖精の森との間、イコイド伯爵領の辺りでシャールミンは降ろして貰った。
<<ここから先は大丈夫だ。有難う>>
<<?>>
樹人との意思の疎通はかなり難しかったが、時間をかけて説得を試みた。
この辺りからは人目につく。
樹人は目立ち過ぎるし現代社会の情報伝達速度は早い。
帝国の学者がどうしても研究したいとかいって押し寄せて気かねない。
シャールミンはそれは避けたかった。
その説得をしている最中にクーシャントが戻って来た。
クーシャントが来たのをみてどうやら樹人も小さな妖精が自分で家に帰れると察し自分の棲み処へ戻っていった。
「本当にお伽噺の国なんですね」
「君もなかなか豪胆だな」
「私だってこんな経験初めてですよ」
シャールミンはクーシャントの背中に乗せて貰ってマリアも一緒に乗せた。
アルトゥールの方は軍馬が一緒だった。軍馬は樹人の後をしっかりついてきていた。シャールミンの馬は神々の森ではぐれている。
「あいつも無事だといいんだが」
シャールミンが乗っていたものは何処にでもいる普通の馬だったが、長く乗って来て意思の疎通も可能な賢い馬だと気に入っていた。
「神々の森ではぐれた以上無理でしょう」
「可哀そうに」
一緒に乗せて貰って、自分でも世話してやった馬が魔獣達に襲われてしまっているであろうことをマリアも悲しんだ。
◇◆◇
背中の小さい者達が落ちないようにクーシャントはゆっくりと歩き、アルトゥールは背のシャールミン達を見上げて会話をしている。そこへイコイド伯領の狩人が通りがかり、クーシャントとシャールミンに気が付いて平伏した。
「私は妖精宮へ戻る。ツヴァイリング公に伝えよ。すぐに一人で妖精宮まで来い、と」
へへーと平伏した狩人は急いで走り去った。
一直線に妖精宮へ向かった為、途中何度か平原を通過する。
そこへ連絡を受けたイコイド伯が部下を連れて追跡して来た。
「これはこれは、マクシミリアン様。まさか本当に神々の森を抜けられたのですか?」
「見ての通りだ。お前たちは私が妖精宮に逃げ込んだと思ったらしいが、クーシャントに帰りに迎えに来てくれるよう頼んでおいただけだ」
「あ、いや。私はその様には思っていませんでしたが・・・」
「お前はギュイの旗下の者だったな。お前も私を王と認めないつもりか?」
シャールミンはイコイド伯の言葉を遮って問いかけた。
「とんでもございません。時期がくれば殿下を王と仰ぎアンヴェルスへ参上つかまつりましょう」
「この通りマリアも一緒だ。父や神々との誓約通り彼女を私の妃として、私が王となるべき時が来た。時期とは今だ。途中であった狩人にも言ったがギュイに伝えろ。妖精宮へ来いと」
シャールミンはイコイド伯に叛意があるかどうか警戒していたが、伯にその意図はなく大人しくその場を去った。
「実の所一発殴ってやりたかった」
「まあ、何故ですか?」
マリアには分からないが、昔から王宮に仕えていたアルトゥールには心当たりがあった。
「アスパシアを追放したからですか?」
「・・・そうだ」
アルトゥールの言う通りシャールミンは個人的な恨みで彼が嫌いだった。
しかし、王となる身がそんな事情で有力貴族を敵に回すわけにはいかない。
娘をどうするかは彼の裁量権の範囲内で王でも介入すべき事案ではなかった。
それでもつい口に出して側近に不満を漏らしてしまったのは彼の未熟。
「ああ、オルヴァンで密会していたという諜報員の」
マリアが事情を察し、シャールミンに掴まる手に少し力が入った。
「彼女とは幼い頃、王宮で共に育った。あのイコイド伯の火遊びで産まれた娘で私にとって頼りになる姉のような存在だった。君への手紙の文面にも相談に乗って貰っていた」
「まあ、そうでしたか。済みません、つい嫉妬してしまいました」
「言うべきじゃなかった。忘れてくれ」
シャールミンは急いでくれるようクーシャントに頼み、それ以降は舌を噛むからと黙った。クーシャントは樹人のように魔術で会話する事は無かったが意思はかなり通じるようだ。
イコイド伯にはああいったもののクーシャントに頼んだのは気休めくらいのつもりだった。まさか本当に来るとは思わなかったが、クーシャントは単に匂いを嗅ぎ取ってやってきたのかもしれない。
しかし今クーシャントは飛び跳ねて背の二人が吹っ飛んでしまわないよう気遣いながらも頼まれた通り急ぎ足になっている。こちらの言葉は完全に通じているとしか思えなかった。
5000年間共にあった妖精の民でさえこの神獣の真価は未知の領域にあった。
そして年が明け、1413年新春にシャールミンは妖精宮に帰還した。