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誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第三章 誓約を守る者
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第46話 湖の姫と妖精王子-五里霧中②-

サンクト・アナンから離れると各地にウルゴンヌの難民が溢れていた。

もう冬も深まりウルゴンヌでは珍しく、あちらこちらで雪が降っている。

彼らに食料は乏しく、寒さをしのぐ家もない。


「マリア。今は彼らを助けない」

「分かっています」

「来年の今頃は彼らは家に帰っている。ウルゴンヌからスパーニアもリーアンも追い出す」


シャールミンはマリアに強く宣言した。

王となって軍勢を率いて彼らを蹴散らしてみせると。


「はい。でもまずツヴァイリングの双子山を抜けないとなりませんがどうなさいますか?」

「アルシッドの帰りを待とう」


ツヴァイリングに近づくにつれてスパーニア軍が設けた関所も増えて来た。

あちらこちらに物見櫓を立てている。

ツヴァイリングの山門から帰国するつもりは無かったが、状況は知っておく必要があった。そこでアルシッドとフアンを偵察に出した。


フアンの方は成り行きで未だ行動を共にしている。十分な報酬を与えられていたが、彼も出来れば自由都市まで行きたいらしい。

北へ向かう時はアル・アシオン辺境伯、帝国軍への義勇兵という偽造証明書を持っていたアルシッドも帰りは同じ手は使えなかった。

退役証明書、辺境伯の感謝状が無ければ関所の素通りは出来ない。


マリアもぼろをまとい、他の一行も鎧の上から見すぼらしい外套をつけて難民に紛れているとアルシッド達が戻って来た。


「こりゃ駄目だ。ツヴァイリング公の軍とスパーニア軍が睨みあってる。とても双子山は抜けられない。冬の雪山登山をしたけりゃ皆で勝手にやってくれ」


国境を封鎖したツヴァイリング公に介入の意思はなくともすぐ隣で何万もの軍を戦闘をしていれば国境に十分な数の軍を置いて警戒する。

そうすればスパーニアも対抗できる兵力を配置せざるを得ない。

両軍に戦闘の意思はなくとも緊張は高まっていった。


「迂回する余地は?」

「無い。そんな事を許すほど両軍無能じゃない。そりゃ少人数ならどっかしら穴はあるだろうさ。だがそんな道なき道の雪山登山なんて馬鹿がやる事だ」

「分かった。やはり神々の森を抜けよう」


シャールミンはこの状況は想定の範囲内であり神々の森を通過すると宣言した。


「本当に本気ですか、殿下。魔獣の森ですよ?」

「古代の王も時折神々の森を通って帝国軍の後背を突いた。私でも通れる筈だ」

「マジかよ・・・根拠はそれだけ?俺は嫌だぞ。魔獣の糞になって人生を終えるのは」

「アルシッドとフアンはヴェッカーハーフェンに行けばいい。私とマリアだけで通る。いいか?」

「シャールミン様を信じます」


マリアも頷いた。


「私も殿下とご一緒します」

「分かっている。アルトゥール、お前は私が道を踏み外した時の為に側にいてくれないと困るからな」



◇◆◇



「炎頂山が噴煙を上げているな・・・」


双子山の北側、炎頂山は活火山で時折小さな噴火を起こす。

南側の凍頂山は刺々しい針のような岩山があり、こちらも登山は困難だった。


「麓に近づくのは無理ですね。もう少し迂回しましょう」


スパーニア軍の偵察部隊を毎日見かけ、彼らはそれをどうにか避け続けて来た。

アルトゥールとマクシミリアンは魔導騎士の修行をしており視力や聴力を強化出来る。フアンも裕福な雇い主のおかげと元々古い魔力を持った家柄だったようで多少の真似事が出来た。


常人で構成された偵察部隊より基礎能力は上といってもやはり熟練の偵察部隊、ある日とうとう発見されて問い詰められ戦闘になってしまった。

偵察部隊は10人もいなかったので戦闘はあっさりシャールミン達が勝利したが逃げた敵兵がすぐに笛を使い周囲に散らばる味方を呼んだ。


「くそ、やべえな」

「構うな、アルシッド。駆け抜けろ!」


マクシミリアンは弓で背中から射られないようにマリアを自分の前に抱えて必死に馬を走らせた。フアンに矢が何本か命中したが、彼の特異な肩当てはその矢を完全に防いでいた。

アルトゥールがわざと囮になって少し距離を取って孤立し一行への攻撃を引き受けた。アルトゥールの軍馬には軽装だが鎧をつけさせているのでうってつけだった。

敵兵はジャール人やリーアンの騎兵のように騎射は巧みでなく命中してもそれで充分に防げていた。


「ああ、畜生!やられた!」


シャールミンはマリアを抱えている為、先行させていたアルシッドが突然声をあげた。シャールミンもすぐに気が付いた。

雪がちらつく中、正面にスパーニアの軍旗が見える。

太陽をかたどった紋章と、石橋と鼠の紋章だった。


スパーニアの偵察部隊は左右から包むように展開しここへ追い込んでいたのだ。


「突破する。マリア。少し槍を抱えていてくれ」


シャールミンは途中で敵兵から奪い取った槍をマリアに預けて馬にしがみつかせた。そして返事も待たずに狩猟弓を取り矢継ぎ早に速射を行った。

馬は射やすいようにシャールミンの意を汲んで少し方向をずらしてくれた。


「かしこい子だ」


守備兵は急いで街道に設置した角柵を閉じようとしていたが、射倒され、他の兵士がやってくる前に辿り着き槍で守備兵を蹴散らして、関所を駆け抜けた。


「待って!待ってください!あいつを殺して!!」

「マリア!?」


シャールミンに抱えられたマリアが身を乗り出して少し高価そうな装飾を施された鎧を着た敵を指し示すが、今はそれどころではない。

シャールミンは無視して全力で駆け抜けた。

アルシッドやフアンも駆け抜けて最後にアルトゥールがひと暴れしてから合流した。


「アルトゥール様、奴は?ズィーヴェンは殺してくださいましたか?」

「ズィーヴェン?」

「グランマース伯です。父の仇の!」


マリアの声には憎しみがこもっていた。


「いや、それらしき男は斬っていません」


アルトゥールの返答にマリアは落胆し、すぐにまた戻ろうと言い出した。


「どうしたんだマリア?グランマース伯の事は知っているが今はそれどころではない」

「父の仇という事もありますが、あれはイルラータ公の息子でもあります。養子に出された男です」

「生け捕りなら分かるが、殺してくれといわれてもな」

「では生け捕りでも構いません」


マリアには昔優しくしてやった男が父を殺したという恨みがあった。

一方シャールミンには以前イルラータ公に見逃して貰った恩義がある。


「駄目だ。戻ってる間に敵兵が増える。このまま行くぞ」

「ま、そうだわな」


アルシッド達も同意し、マリアも仕方なく今はグランマース伯への恨みを忘れた。

さんざん失態を犯したズィーヴェンは今はさして重要でない関所の守備を命じられていたのだった。彼はまた失態を犯してとうとう戦線離脱を命じられて家臣にも裏切られる事になるがそれはまた別の話。



◇◆◇



 冬の霧が立ち込める朝、アルシッドやフアンと別れる時が来た。

神々の森を抜けた後はそのまま妖精の森にはいる。長い旅を共にしてきたとはいえ、どうせそこまでは連れていけない。


「本当にあの不気味な森に入るのか?」

「自由都市まで逃げ込めば少なくとも命は助かるだろうに」


フアンとアルシッドは霧の発生源の不気味な森を見てヴェッカーハーフェン行きを勧めた。


「お前たち傭兵ならスパーニア兵にどうにでも言い逃れは出来るだろうが私やアルトゥールにマリアは無理だ。行ってくれ。パスカルフローの女王によろしくな」

「仕方ない。王位についたら使者をくれ。陛下にも話は通しておく」

「ああ」


シャールミンは頷いてアルシッドに今までの協力の礼を言った。


「フアン様も今まで有難うございました。平和になったら仕官でもして頂けますか。今までのお礼に高給はお約束しますよ」

「はっ、あんたはフランデアンに嫁ぐんだろう?あんたの私財で支払えるのか?」


マリアの申し出にフアンは鼻で笑った。


「その件でシャールミン様とも話し合ったのですが、ウルゴンヌの王族は私一人だけになってしまいました。マーシャお姉様はサンクト・アナンの城兵からは信頼を得ていますがさすがに国の後継者となるのは難しいと思います。それで名目上私がウルゴンヌ女王として舞い戻る事になると思いますよ」


 本来はフィリップかシュテファンが継ぐ筈だったウルゴンヌ公位を継承するのはもはやマリア以外にいない。しかしマリアはフランデアンに嫁ぐ事になっている。

王妃の母国が攻められているというだけでは国民に参戦を促すには今一つ弱い。

そこでシャールミンはウルゴンヌ女王からの委託を受け同君連合を結び、フランデアン=ウルゴンヌ二重王国の両王として君臨する。


「ふうん、だが宮仕えは断る。礼なら金を後で送ってくれ」

「仕方ありませんね」


マリアは改めてフアンに礼を言い、そこで一行は分かれた。

シャールミンはアルトゥールとマリアだけを連れて神々の森へ入っていった。

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2022/2/1
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