第43話 湖の姫と妖精王子-最後の騎士-
シエムの陥落が知らされるとマリアは中庭に主だったものを集めて宣言した。
兵士達にも聞こえるように。
「明日、城門を開きます」
ざわめく一同。
手を挙げてマリアが制する。
「思えばお父様も、不審な手段で殺害され、その遺体に敬意を払われる事はありませんでした」
父の死に顔は異常だった。
「父を守る騎士達は騎士たる扱いを受けず銃兵によって全員射殺されました」
父王だけでなく、撤退する味方の兵士達を守る殿として残っていたのだ。
捕虜とすることもできただろう。しかし敵は一人残らず射殺してしまった。
「敵は謀略に明け暮れ、親族殺しをなんとも思わず誇りを介さぬ者たちばかり」
スパーニアの王弟は異常な男だったが、とうとう王位を奪うため家族殺しまでやってしまったらしい。
「火砲の発達は目覚ましく、もう魔導騎士の鎧や魔術を凝らした城壁でも防げない時代となってしまいました」
フィリップが籠城していた城は新たに攻城砲が運び込まれて激しい砲撃で城壁は崩れ、艦隊も沈没してしまっていた為、王子は脱出を諦め城兵と共に玉砕した。
「近年の時代の変化の速度は著しいものがあります。人々も利益を追い求め自然を次々と都合よく変えてしまうほどに。戦場からは尊厳が失われ、誇りを介さない銃兵により情け容赦なく多くの命が簡単に失われていく時代が来るでしょう」
スパーニアから戻る際の道中で、グランドリーの領地で、シュテファンの城で彼女は見てきた。
「政治に信義はありません。どの国も条約を守らず、私達のような小国が正義を訴えても誰も話は聞かないでしょう。安全な所から紙切れ一枚書くだけで勇敢な兵士達の死によって得た権利を奪い去っていきます」
勝者が全てを決定する。
事情があっても遵守することを多くの国に誓約していてもこうだ。
条約は大国の解釈次第でどうにでもなる。
帝国がこの戦争をどう始末をつけるのか分からないが、このままでは大勢の兵士の死が、必死の抵抗が無に帰するのは確実とマリアは考えている。
「こんな時代であっても、ここまで私とこの地を守り通してくれた兵士達に感謝します。今やこの世界で何処にもいなくなったと思われた『騎士』ですが、ここにいました。貴方達のような騎士に囲まれて私は幸せです。貴方達が無駄死にしてしまう事に私は耐えられません」
「だから開城するというのですか、まだ私達は戦えます。あんな畜生どもに負けはしません」と兵士達が声を上げた。
マリアは頷いてまた手を挙げて彼らを制する。
「敵兵はさらに増えてきました。エンシエーレの後始末を終えたのでしょう。スパーニアと何か取引したのかもしれません」
リーアンとスパーニアは仲が悪いはずだ。
仲良くウルゴンヌを分割して終わりとは思えない。しかし、外の情勢がわからなくなってしまったので確かめようが無かった。
分かる事は絶望的な状況下にあることだけだ。
それを理解した兵士達の中にはすすり泣くものもいる。城外に家族がいるのだ。今頃焼き討ちにあっているかもしれない。
「ですが、負けません」
「え?」
嗚咽していた兵士が驚いて顔を上げる。
「明朝、城門を開きます。開門と同時に駆けなさい」
マリアは南を錫杖で指し、もう一度宣言した。
「南へ。ムーズへ、モーゼルへ、そしてさらに南へ、自由都市へと」
絶望的な状況でもマリアはまだ諦めていない。
「駆けなさい、騎士達よ。時代に取り残された騎士としてではなく、その高潔な魂を未来へ繋ぐために。貴方達のような騎士がいる限り私達に敗北はありません。ええ、負けるものですか。絶対にあの恥知らず達に屈服などしません」
マリアは断言した。
「私は各国に慈悲を乞い願うような事はしません。民衆もまだ息をひそめているだけで抵抗の機会をうかがっています。共に戦う志を持った人々を集めて戻るのです。我がウルゴンヌは歴史の浅い国ですが、スパーニアやリーアンに服属するのは未来永劫御免蒙ります。あの連中と同郷人と思われたいですか?」
「嫌だ!あいつらとは違う!」と兵士達が絶叫する。
「最後まで戦い抜くと誓いますか?決して諦めず、勝利を掴むまで」
「誓う、戦う、やってやる」と兵士達が吠える。
「では、皆武具を点検し食料の準備をしなさい。明日は決戦です」